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背水のタイ戦。ハリルJAPANはゲームオーバーなのか?

小宮良之スポーツライター・小説家
勝利の喜びを分かち合うUAEと本田圭佑。(写真:中西祐介/アフロスポーツ)

2018年ロシアワールドカップ、アジア最終予選の火ぶたが切って落とされた。日本はホームで"格下"UAEを迎え、1-2と逆転負け。唖然とするようなゲームだった。

「なぜ、この選手たちを選んでしまったのか、私にも分からない。選ぶ選手が他にいなかったのだろう。まあ、選んだ監督の責任である」

ヴァイッド・ハリルホジッチ監督は、そう弁明した。

一人のリーダーの言葉として、余りに奔放すぎるし、身勝手だった。たしかに責任は自ら課しているが、選んだ選手も、他に選ぶべき選手をも切り捨てたことになる。敗軍の将に、そんな無礼は許されるのか?会見場では、失笑がこぼれていた。

「優れた監督とは、結果云々ではなく、選手を成長させるもの」

これは伝説の名将、ルイス・セサル・メノッティの言葉であるが、麾下の選手を腐すなど言語道断だろう。

「9試合残っている」

ハリルホジッチはそう言って胸を張ったが、本当に長丁場を戦えるのか?

次に戦うタイは戦力的に負けてはならない相手と言えるが、勝敗の中身も問われる。

ハリルホジッチのメンバー選考、その基準、用兵術・・・。その正体を検証したい。

選手の能力よりも、戦術的な破綻

UAE戦、日本は多くのシュートを打ちながら、なぜたった1点に終わったのか?

答えは簡単だろう。

目に見えて明らかなのは、決定力のあるシューターが乏しかった。岡崎慎司がワントップに入ったが、必ずしもいいボールは供給されていない。実状は、「レスター・シティのFWを囮にMF的性格の選手がゴールを狙う」という形だった。

「清武にはFWとしてのプレーを望んだ。しかし、彼はゴールに背中を向けてしまった。もっと裏を抜け、ゴールを狙うプレーを求めたが」

これはハリルホジッチの説明だが、精肉店で刺身をねだるようなものではないだろうか。清武は、決してゴールの多い選手ではない。キック技術は高いが、シュート技術は低く、「空振り」したシーンが批判されるのは"ないものねだり"だった。

岡崎と交代で出場した浅野拓磨は、将来性のあるストライカーであることは間違いない。だが、今シーズンはわずか4得点、昨季も二桁に届いていない。走力はアドバンテージだが、むしろ持て余しており、そのためにJリーグですらレギュラーを取りきれなかった。

なぜ、Jリーグでコンスタントに得点を取り続けているFWを起用しないのか?

大久保嘉人、豊田陽平の二人はゴールの感覚を知っている。ストライカーに属する選手たちは、器用さや連係でMFのようにいかないこともあるが、ゴールという仕事を果たすために存在できる。ハリルホジッチはJリーグでのゴール数を認めないが、「ゴールはどこでしてもゴール」という格言もある。ゴールするためのポジションを取り、叩き込む、というのは特別な能力なのだ。しかも、二人はセンターバックに駆け引きでストレスを与え、消耗させ、岡崎の得点力をも引き出せる。ツートップも選択肢だろう。

そもそもUAE戦では、7人もの選手が攻撃に関与しながら仕留められず、戦術的に破綻していた。焦りが、狂いを生んでいた。もし相手がカウンター攻撃の精度が高いチームだったら、日本は大量失点で沈んでいただろう。デュエル(ハリルホジッチが好んで使う、球際、一対一の意味)がどうのという話ではない。サイドアタッカーが中央に入り、サイドバックが同時に上がってウィングのように高い位置でプレーし、とことんナイーブだった。奪われた後の守備強度も低いため、ショートカウンターにもならない。

世界トップレベルである欧州チャンピオンズリーグやリーガエスパニョーラのゴールは、その多くが「エリア内に入る選手は2~3人」で決まっている。重要なのは数的優位ではなく、ポジション的優位である。たとえ1対2の状況でも、相手よりも良いポジションを取っていたら、立場は逆転する。今や先進のサッカー指導現場で説かれているのはポジション的優位であって、数的優位ではない。日本は浮いたボールに対して3人が同時に挑みかかるようなシーンがあった。それは言い換えれば、他の場所でポジション的不利が起こっていたことの証左だろう。

「1点を取ったところで、もっと試合をコントロールした方が良かったかもしれない。でも結果として、僕らはリスクを背負って戦い、攻めたわけで。もし日本が得点していたら、また状況は違っていた」

本田は試合のペース配分について語ったが、ハリルホジッチはその点に関しては触れず、なにも有効な手を打っていない。

タイはJ3のUー22代表選抜に近い戦力か

W杯最終予選で日本と同組のタイは、初戦でサウジアラビアに1-0と敗れたが、敵地で堂々とした戦いを演じている。しっかりとブロックを作り、10番のティーラシン・デーンダー、18番のチャナティプ・ソングラシンがカウンターの先鋒となりつつ、好機を何度か作り出した。6番のサーラット・ユーイェンはキックとビジョンに優れ、バルサの下部組織にいそうな選手。侮れないチームと言えるだろう。

しかし、タイが戦力的に日本より上ということはない。ゾーンでの守りは規律正しいが、強度には欠ける。単純な比較はできないが、昨年のJ3リーグ、Uー22代表選抜に近いだろうか。そうやって見ると、10番は久保裕也、6番は大島僚太にも映る。6番は終盤にいくらか軽率なチャージで反則を取られ、PKを与えており、無垢さもどこか似ている。

日本はUAE戦での戦術的破綻を修正できなければ、苦しむことになるだろう。

まず、サイドアタッカーは無闇に中央に入るべきではない。中央に寄る場合は、中の選手と壁パスなどで連係し、逆サイドの裏にボールを入れる仕組みが必要だろう。さもなければ、トップ下の香川真司のスペースが消され、中央にひどい渋滞が起きるだけだ。

本来、サイドの選手はタッチラインでボールを受け、幅を作る仕事がある。サイドを制することで、中の守備陣形を撓ませ、直線的仕掛けで深みも作り出す。

サイドアタッカーという翼をもがれると、プレーメーカーのテンポにも影響する。

UAE戦で抜擢された大島僚太は戦犯のように扱われたが、彼のプレーは悪かったのか、それとも悪く映っただけか。大島は幅と深みを作るようなパスを出したかったに違いない。しかしサイドに人はおらず、前の選手との距離感も悪く、パスのタイミングは何度もずれた。そこで出た迷いは、1失点目のカウンターの呼び水となったし、思うようにいかない焦りが2失点目のPKを誘発することになった。

「大島にはもう少し期待していたが、結果的にシャイだった(個性を出せなかった)。前へのパスでスピードアップを要求したが、国内組の選手でフィジカルも十分ではないし、リズムの変化に対応できなかった。チョイスしたのは私で、ノビシロはあると思っている」

ハリルホジッチは酷評か、弁護か、どちらか分からない見解を示した。大島は未熟だったし、球際で敗れるシーンもあったが、彼を抜擢するなら、それだけの準備も必要だった。言わば、戦術的敗北だったと言える。

しかしながら指揮官は審判の判定に文句をつけるだけで、「フィジカル不足」と敗戦を総括した。

「日本はもっとフィジカルコンディションを上げないといけない。デュエルと言い続ける意味が、皆さんに分かってもらったと思う。何人かの選手はフィジカルの限界を示した」

これで状況は打開できるのか?タイ戦は先発選手の入れ替えがあるはずだが、戦い方が破綻したままなら活路は見えない。フィジカルの弱さを嘆くよりも、戦術的欠陥を修正し、選手の力を引き出すべきだろう。タイに勝つにしろ、負けるにしろ、"日本人のフィジカルを向上させ、世界に太刀打ちする"と本気で志向しているなら――。それはすでに指揮官としての限界である。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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