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ハリルJAPANは劇的勝利も。山口の決勝点を手放しで喜ぶべきか?

小宮良之スポーツライター・小説家
イラク戦で決勝点を決めた山口蛍(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

10月6日、埼玉スタジアム。1-1の同点で迎えた後半アディショナルタイム、すでに5分が経過しようとしていた。その土壇場、山口蛍がFKのこぼれ球に鋭く右足を振った。ボールがネットに突き刺さった瞬間、会場には腹の底から出たような歓声が沸き起こる。お芝居の結末なら、「あり得ない」と鼻白まれてしまうほど、現実は劇的だった。感動的勝ち方だったことは間違いない。

「困難な状況でより良い結果を出せるか。これがW杯予選であり、こういう勝ち方が強い気持ちを作る」

試合後の記者会見、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督は上機嫌だった。

しかし世界での躍進を志す日本が、この勝利をそこまで手放しに喜ぶべきなのか?

山口のゴールという劇場性

ロシアW杯アジア最終予選は3節を終えている。日本はイラクに勝利したものの、4位に転落。4位だったUAEがタイに3-1と勝利して得失点差で日本と並び、当該対戦結果で上回ったからだ。

もし負けていたら、監督の解任は避けられなかっただろう。

日本は(3連敗となった)草刈り場同然のイラクに苦戦した。

「速いボール回しができず、素晴らしい試合をしたとは言えない」

ハリルホジッチも不承ながらそれを認めざるを得なかった。

序盤、まず相手FWに押し込まれてもたついた。その後もボールを持てるものの、パスのずれる場面が多かった。効果的な攻撃が乏しく、タイ戦でわずかに見えた"良い予感"は消えていた。

本田圭佑は、過去の代表戦で最低に近い出来だった。プレースピードがスローで、迷いが見えた。シュートポジションに顔を出す感覚は落ちていないが、決定力の精度は落ちている。また、ボールが収まらず、キープすら覚束ないなど1,2年前では考えられなかった。所属するACミランでベンチを温める時間があまりに長く、試合勘の鈍りは影を落としている。

唯一、チーム戦術のパーツとして精密に機能していたのが、香川真司に代わってトップ下に入った清武弘嗣だろう。

清武はFWやサイド、あるいはボランチの選手との距離感を常に視野に入れ、前線のプレーメーカーとしてボールの流れを潤滑にしていた。彼にボールが入ると、乱れが収まった。連係力が高く、自分のスペースに人を入れつつ、サイドに流れ、攻撃を活性化させた。前半26分の先制点も本田の外を周り、パスを受けるとゴールラインから折り返し、原口元気のヒールキックを誘った。

しかしチームとしては、精彩を欠いた。戦術的に攻守に綻びを感じさせ、パス交換のズレでボールを失った。そして単純な高さ、強さを使った攻撃を跳ね返せない。後半60分にはFKから酒井高徳が空中戦で競り負け、ヘディングで失点を浴びた。酒井高は前半にも同じ選手にヘディングをポストに当てられており、セットプレーの対処は課題が残った。

「相手が空中戦のドゥエル(1対1)を挑んできた。山口は中盤でボールを取れるし、高い位置でプレスにいけ、と指示した」

ハリルホジッチは高さに対して一つの策を打っているが、これはそもそも論理的だったのか。

後半67分に投入された山口は、積極的に相手パスの出所をフタした。あるいは全速力で自陣に戻って、カウンターのピンチの芽を摘んでいる。しかしイラクは中盤を作って、ボールを運ぶスタイルではない。ロングボールを前線に入れ、そこを起点に攻撃するだけに、山口の裏にボールが出る回数の方が多かった。さらに敵は完全にリトリートし、日本は攻撃を能動的にできる時間帯、しかも得点が急務だった。

山口投入後、攻撃のギアは上がっていないし、守備面も何度か外されていた。刻々と時間は過ぎている。

結果として、山口は鮮やかな得点を叩き込んだ。

しかし欧州や南米の有力チームで、「FKにおいてペナルティアークに一人も選手を配置しない」などということはあり得ない。こぼれ球をエリア内でそのまま叩き込まれるなど、初歩的ミスとして叩かれる。「アジアレベル」というのが現実の得点シーンだった。山口のゴールを腐しているのではない。しかし、高いレベルではあまり見られないゴールだろう。

「審判はけが人がピッチに戻るのを認めなかった」とイラクの代表監督は激昂していたが、それよりもペナルティアークに人を配置できない戦術規範の低さに、3連敗の現実があると見るべきだろう。

日本は勝つには勝った。そのシナリオが劇的すぎた。まるで采配が当たったような印象を受けてしまう。

「勝てば官軍、負ければ賊軍」は一つの法則だが、とても危うい。それは人を麻痺させるし、問題点をぼやけさせてしまう。

かつてジーコジャパンは終了間際の逆転など大衆的ドラマ性を帯び、予選では人気を博した。しかしドイツW杯本大会では、化けの皮が剥がれてしまった。どうも同じ匂いがするのだが・・・。

同日、欧州ではW杯出場を懸け、イタリアとスペインがしのぎを削っている。強国のいずれかがW杯に辿り着けない、その緊張感の中で行われた試合はタフだった。GKジャン・ルイジ・ブッフォンの空振りのような呆気にとられるシーンはあったが、戦術的な駆け引きやスキルの高さは目を瞠るものがあって、残念ながら日本対イラクと比べると大きな差があったと言える。

「メンタル、勇気が大事」

ハリルホジッチは勝利の要因を語って、それは的を射ていたが、世界との戦いの前途には不安が増した。

11日、オーストラリア戦は戦捷の勢いをものにできるのか。ときに勝利が戦術的な乱れを修正するのも、一つの真実である。山口のゴールがハリルジャパンを救ったことは、間違いない。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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