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バルサ、マドリーをも超える「バスクの古豪」の育成力。

小宮良之スポーツライター・小説家
メッシを追走するレアル・ソシエダの選手たち(写真:なかしまだいすけ/アフロ)

スペインの有力紙「Expansion」は2012年から2015年までの統計で、「サッカークラブの下部組織、育成部門がどれだけの利益を各クラブで生み出しているのか?」という記事を掲載している。

育成選手の売却で最も利益を上げたのは、プレミアリーグのサウサンプトンで9020万ユーロ(約117億円)だった。ガレス・ベイルを輩出したクラブとして有名で、育成には定評がある。カラム・チャンバース、アダム・ララーナ、ルーク・ショーなどを売ることで莫大な利益を上げた。

一方で3位に入ったのが、リーガエスパニョーラで1980年代に2度優勝している古豪、レアル・ソシエダである。6220万ユーロ(約81億円)と7位に入ったFCバルセロナの3880万ユーロ(約50億円)と比較して、その倍近くの利益を出している。2014年夏、エースに成長したアントワーヌ・グリーズマンを3000万ユーロ(約39億円)で売り渡す契約を、アトレティコ・マドリーと成立させたことは大きい。

しかし特筆すべきは、「収穫」された主力の穴を感じさせないほどに若手が育っている点だろう。2015-16シーズンには18歳のミケル・オヤルサバルがトップ昇格し、デビューも果たし、いきなりゴールとアシストを連発。グリーズマンと同じ左利きのアタッカーで、ビジョンとスキルに長け、腰も強い。すでにスペイン代表でもデビューを飾った。また、アリツ・アドゥリスを彷彿とさせる21歳のFW、ジョン・バウティスタも飛躍を待ち望んでいる。

レアル・ソシエダの育成投資

レアル・ソシエダは1980年代後半に、「バスク人だけのチーム」という方針を捨て、外国人を補強するようになった。しかし選手価格が高騰し、獲得競争で太刀打ちできなくなる。そこで、「バスクだけでなく、自前の選手を」という流れに変わった。

「2001年から05年までは育成選手によってチームを強化するため、支出を惜しまない」

当時の会長が改革に着手し、号令を下した。2004年には郊外に約15億円を投じ、7つのピッチと2500人収容のミニスタジアム、トレーニングジムを完備した総合クラブ施設を建設。2011年に完成したバルサの総合クラブ施設「ジョアン・ガンペール」に先駆けての育成路線だった。

スペインでは育成をカンテラと表記する。スペイン語で石切り場。建造物の基礎という意味から転じ、クラブにとっても活動のベースとされてきた。

しかし、カンテラとは「育てる」という長期的な作業であり、瞬発力には乏しい。どうしても、即時的な外国人や有力選手の補強に手が伸びる。本当に育つか、保証はなく、投機的な部分もある。

レアル・ソシエダも、苦しい時期も経験した。莫大な建設費が借金としてクラブ財政を圧迫。有力選手を手放すなど、07年には2部に降格した。

「計画は失敗だ。若手は育たず、借金で有力選手はいなくなって、しかも降格。チームは壊滅同然じゃないか!」。批判の声も噴出した。

しかしチームは110以上のクラブと提携し、人材を広く集め、育成路線を推し進めている。ようやく土台ができあがったのは、2010年のことだった。若手が台頭して1部に復帰へ成功。ルーキーたちは破竹の勢いを見せ、2012-13シーズンにはグリーズマン、アシエル・イジャラメンディ(レアル・マドリーに移籍後、現在は復帰)、パルドらの“カンテラ組”の力で、チャンピオンズリーグ出場権を獲得している。

「カンテラからの長い付き合いだから、お互いのプレーは分かっている。自分が前線のポストワークでボールをキープしたら、周りの2,3人の選手がどう動き出すのか。そのイメージが頭にある。だから目で確認しなくても、たとえ反転しながらであってもパスが出せるんだ」

レアル・ソシエダ一筋のストライカー、イマノル・アギレチェはそう証言している。先発の7割近い選手が下部組織出身というのは連係面で、大きなメリットだろう。暗黙の了解というのだろうか。バルサの選手たちがオートマチックにパス交換ができるのと同様に、彼らも連係力に一日の長がある。また、苦しい場面での結束力も強い。

そしてCIES(FIFAと連係するスポーツ研究国際センター)は先日、「欧州主要5大リーグで、最も育成選手を輩出しているクラブは?」という調査を発表している(15歳から21歳まで3年間以上在籍という厳しい規定)。1位がレアル・マドリー、2位がバルサ、3位がマンチェスター・ユナイテッドだった。ここは、クラブの歴史、巨大さを考えたら不思議ではないだろう。

レアル・ソシエダは、同じバスク地方のアスレティック・ビルバオと並んで5位(25人)に入っている。注目すべきは同じ地方で「バスク人純血主義」を掲げる名門ビルバオの隣町でありながら、それだけ育成で成功している点。スカウティングの労力と精度、そして指導力は目を瞠る。現在トップチームには16人が在籍し、9人が他のクラブでプレー。当然だが、5大リーグ以外や2部や3部も含めると、その数は数倍になる。

「自分自身の力なんてちっぽけだ。フットボールの世界では、身を粉にして働けるか。厳しい戦いを一人で勝ち抜くことはできないのさ」

レアル・ソシエダで育ったシャビ・アロンソは淡々と言う。彼はその共闘精神によって愛され、多くの栄光を手にした。それはレアル・ソシエダにとって、今も共闘を意味する。なぜなら、バスク人MFはリバプールに移籍したとき、20億円以上の恩恵をもたらしたが、レアル・マドリー、バイエルン・ミュンヘンという大型移籍でも、莫大な育成金をクラブにもたらしているのだ。

幸福な連鎖は、幾久しく続く。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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