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中澤「年俸半減」闘莉王「退団」は正しいのか?Jリーグ選手契約の現実

小宮良之スポーツライター・小説家
横浜で全試合フルタイム出場を果たした中澤佑二(写真:アフロスポーツ)

横浜F・マリノスの元日本代表DF、中澤佑二が「年俸半減」の提示を受けたことが大きなニュースになった。38歳という年齢は、ダウン提示の要因になるのかもしれない。しかし今シーズン全試合フルタイム出場を果たし、JリーグのトップCBとして活躍した選手である。

「1億円という年俸がそもそも高かった」

そんな意見もある。だが、それはこれまでクラブが査定してきた金額であり、フル稼働してきた選手にとって、寝耳に水のオファーだろう。

横浜は他に、不動の右サイドバックの小林祐三を「契約満了」としている。この人事に関しては、中澤の件以上に、理解の範疇を超えている。小林は6シーズン、主力としてチームを支えてきた実績がある。30歳と脂がのっている選手で、そのプレーの質は年々向上してきていた。Jリーグ最高レベルのSBを自ら手放すとは・・・。

横浜の契約更改を一つの例に出したが、なにも彼らに限ったことではない。Jリーグでは冬のオフ、比較的頻繁にこうした騒動が起こる。今後、似たような違和感を覚えるニュースが伝えられることになるだろう。

では、選手査定とはどうあるべきなのか?

契約最終年という分岐点

ヨーロッパの主要リーグでは、選手の契約の最終年はデリケートなものとなる。従って、主力選手に関しては契約年最後の前のシーズンに、メディアが報道で「契約更新を!」と要求する。ファンはその成り行きを注視。そのため、「主力選手がシーズン終盤まで契約を更新できない(しない)」というケースは珍しい。

「選手は財産」という考え方で、その裏返しで「0円での移籍を許容しない」という思惑もある。

事実、アスレティック・ビルバオに在籍していたFWフェルナンド・ジョレンテは、その狭間に立っている。国外のクラブへの移籍を志願したが、移籍金で折り合わず、契約最終年も残留することになった。ジョレンテは交渉が決裂したことで態度を硬化。契約更新を拒否すると、クラブからほぼ1シーズン干されることになった。メディアはクラブ側のマネジメントの悪さを糾弾。移籍金をぶんどれず、0円で手放すことになったからだ(この点、川崎フロンターレの大久保嘉人の移籍も、契約最終年を迎えて契約が更新できてない時点で、欧州なら一騒動になっている)。

クラブにとっても、選手にとっても、契約最終年とは運命的分岐点を意味する。

それ故、選手の契約が切れる年と移籍違約金(移籍金の上限)は、選手年鑑にまで掲載されている。例えばリオネル・メッシなら契約は2018年6月まで、移籍違約金は2億5千万ユーロ。契約は2年近く残っているわけだが、すでにバルサのソシオ(チーム会員)はやきもきしている。ファンが契約更新を選手、クラブに迫り、メディアもその流れを煽っている。ちなみに今月、レアル・マドリーのクリスティアーノ・ロナウドは2018年から2021年まで契約延長にサインした。

契約最終年、それも同シーズン最後まで延長がなかったら、それは「契約満了」と同義となる。それによって、クラブを出て行かざるを得ない選手はいる。出場機会が乏しい選手は、新しい働き場所を自ら探さねばならない。自然の流れだろう。しかしそれが主力であった場合、事情は違う。ビジョンもなく手放したら、チームの弱体化は火を見るより明らかだからだ。

2015年のオフ、名古屋グランパスは田中マルクス闘莉王を筆頭に、主力も含めて10人以上、契約満了、もしくは放出している。そして一度も監督経験のない小倉隆史を招聘。その結果、バックラインの要だった闘莉王が抜けたディフェンスは崩壊し、土壇場で呼び戻したが、時すでに遅かった。「クラブ史上初の降格」で、巻き返しに貢献したはずの闘莉王は、再び「戦力外」を言い渡されることになった。

「チーム改革」

そのお題目は耳障りがいいが、選手を切り捨てるだけでは、むしろ状況は悪化する。

J2に沈む名門ジェフ千葉にしても、同じような轍を踏んでいる。J1昇格を果たせなかった関塚隆監督がチームに居残り、代わりに23人もの選手をアウトにした。監督がリーダーとして責任を取らず、選手丸ごと入れ替え。これで健全な競争理念が働くはずはない。結局、監督は解任され、チームはまたしても昇格を逃している。

いずれにせよ、シーズン終盤の「契約満了」や「年俸半減」は世界標準では奇異に映る。

Jリーグは「終身雇用制」の雇用側の都合のいい部分を切り取って出発している。2009年にFIFAのルールに移行前は、ローカルルールを採用。圧倒的に選手不利で、基本的に一度入団したら、クラブに保有権が預け、しかもほぼ一方的にクビが切られる状況だった。

「日本国内の移籍の場合、あるプロ選手がチームとの契約満了後30ヶ月以内に次のチームとプロ契約した場合、もと所属クラブは移籍先チームに移籍金の支払いを要求できる」。つまり、契約年数という概念すらなかった。言わば半永久的な契約で、これに海外のクラブは鼻白んだ(そのせいで、初期には歪な海外移籍が常態化)。

現在は改善されたが、クラブと選手の雇用関係は前者が有利なままだろう。ヨーロッパのように市場が広かったら、国外も含め、選手が移籍する選択肢も増える。しかし、Jリーグはまだアジアの中での動きも活溌ではなく、国内の市場の動きも鈍い。

選手の受難はまだしばらく続くだろう。

そして、査定に大きな粗漏があった場合、チームは重大な「疾患」を抱えることになる。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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