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本当にハリルJAPANは強くなったのか?"ハリルを連れてきた"男が語る真意

小宮良之スポーツライター・小説家
UAE戦で先制点を叩き込んだ久保裕也(写真:FAR EAST PRESS/アフロ)

3月24日、ロシアワールドカップ、アジア最終予選。ヴァイッド・ハリルホジッチ監督率いる日本は、敵地UAEに乗り込み、0-2と勝利を収めている。

「この監督では限界なのでは?」

沸騰しつつあった世論を、ハリルホジッチは力ずくで封じ込めた。

抜擢したGK川島永嗣(メス)は、試合の潮目を変えるビッグセーブを見せている。今シーズン、公式戦で試合に出ていないことが冗談に思えるほどの安定感があった。MF今野泰幸(ガンバ大阪)は試合を決定づけるような2得点目を決め、精力的な動きを見せた。今野は2年ぶりの代表復帰だったが、あらゆる局面に顔を出し、「12人いるようだった」と指揮官に言わしめている。また、FW久保裕也(ヘント)はストライカーらしい決定力と献身性を存分に披露した。

そしてハリルホジッチは、招集が疑問視されていた本田圭佑(ACミラン)も交代で用いている。

後半に出た本田は、UAEの「最後のあがき」を封じるだけの戦術適応力を示した。中盤で自らボールを奪い取って、岡崎慎司(レスター)とのワンツーで抜け出したカウンターは迫力満点だった。カウンターの定石である「ボールを奪取した選手がそのままのスピード、推進力で敵ゴールに向かう」という定石を高い精度で体現した。結局、原口元気(ヘルタ・ベルリン)のパスを受けた岡崎のシュートは枠を外したが、世界標準の攻撃だった。

ハリルJAPANは評価を高めた。この勝利は、決して幻ではない。

しかし、本当にハリルJAPANは強くなったのか? 

ハリルを連れてきた男の証言

「引き出しがたくさんあるか。それを大事に、(ザッケローニの後の)監督はリストアップしましたね」

"ハリルを連れてきた男"である霜田正浩氏は、そう明かしている。昨年12月まで代表ダイレクター(技術委員、技術委員長としても職務)を務めた霜田氏は、アルベルト・ザッケローニ、ハビエル・アギーレ、そしてハリルホジッチとの契約に成功。マーケットにたった一人で切り込んで世界的な監督たちと交渉する手腕は、日本サッカー界ではほとんど唯一無二といってもいいだろう。

「ザッケローニの戦いに後悔はありません。夢と希望を持って、戦いに挑みました。ただ、実際は打ち破られてしまった。(ブラジルW杯後は)選手も含めて、"どうしたらいいんだ"と途方に暮れそうな空気が渦巻いていました。そこで自信を持てよ、と励ます監督も考えましたが。あえて、『劇薬』になるような監督のほうを選びました。どんな苦境でも選手をぐいぐいと一つの方向に引っ張っていけるような。システムに当てはめるのではなく、選手のキャラクターを生かせる監督です。その点、アギーレもそうだけど、ヴァイッドはワールドカップも指揮した経験があって、戦いのバリエーションが豊富で」

そして、霜田氏の意図した「戦術的引き出しの多さ」が出たのが、UAE戦だった。

「長谷部誠が故障離脱」

それはハリルJAPANを震撼させる緊急事態だったと言えるだろう。

個人として、長谷部以上の選手はいるかもしれない。局面のプレーを切り取った場合、長谷部はそこまで目立つ存在ではないだろう。しかし、彼は適切なスピードやタイミングでボールをつけ、展開し、正しい角度や場所でサポート、攻守で味方を補完できる。その機転と洞察力によって、周りの選手の力量を1割以上増しで向上させられる。「替えが利かない」(ハリルホジッチ)選手だったのである。

そこで賞賛されるべきは、ハリルホジッチが長谷部の代役を探さなかった点にある。

ハリルJAPANで主流になってきたのは、4-2-1-3という布陣だった。中盤はダブルボランチがバックラインの前で攻守に安定感を与え、トップ下が攻撃精度を高め、アタッカータイプを揃えた前線が得点を狙う(とくに両サイドにストライカー色の強い選手を配置)。

ところがUAE戦、ハリルホジッチは敢然として4-3-3という布陣に変更している。苦肉の策ではあった。しかし山口蛍(セレッソ大阪)をアンカーに、今野、香川真司(ボルシア・ドルトムント)をインサイドハーフに起用し、「正解」を導き出した。

山口、今野は長谷部のようなバランス感覚は欠くが、アグレッシブな性格で局面に強い。そこで中盤に入ってくる相手に激しく詰め寄る戦いを選択し、今野は盛んにエリア内までも侵入した。そして技術精度の高い香川がボールの出所になった。

「ヴァイッドは勘だけで動く男ではありません。データや数値で裏付けをした上で、選手のキャラクターを見極めています。"縦に速く”は代名詞になりましたが、つなげるな、とは言ってません。選手の力を信じ、自主性を促しているんですよ。それによって、引き分けるべきところでは引き分け、リスクも冒せるのです。百戦錬磨の監督ですから」

そう語る霜田氏にとって、ハリルホジッチの戦いの柔軟性は驚きではない。追い込まれた状況でこそ、大胆な采配をふるえる。

「勝負度胸と戦術的手腕」

その二つの要素に、霜田氏は積極的に投資したのだ。

世間では驚きを持って伝えられた川島の先発抜擢に関しても、代表スタッフの間では「経験だけなく、トレーニングで技術レベルが高いのは川島」という共通理解が根っこにあった。今シーズン、プレーしていないGKだけに、勇気の要る決断だったのは間違いない。しかし、無謀な賭けではなかった。

UAE戦、ボスニア系フランス人指揮官は難しい決断を下し、選手の特長を生かして勝利を得た。この点は賞賛されるべきだろう。

しかし、ハリルJAPANは強くなったのか?

短絡的にそう結論づけると、論点がずれる。

絶賛されるUAE戦だが、本質は変わっていない

各方面で絶賛される今野、山口だが、UAE戦は多分にイノセントなプレーも見せている。

例えば前半20分、11番の選手に香川、今野の二人が食いついてしまい、外されて前にパスを出されてしまう。さらに10番の選手に森重真人(FC東京)、山口が二人がかりでいってひきはがされ、ドリブルで抜け出られる。この時点で、山口は素早く森重のポジションをカバーするべきだったが、空白になったスペース(左サイドバックの長友は一つ前のポジションにいた)を破られ、決定機を与えている(川島が股間を抜かれず、ビッグセーブ)。

これは単純なキックミスと違い、世界水準では目を覆う戦術的判断エラーだ。

長谷部がいるチームよりも、危なっかしく、綻びが見え、機能性に乏しかった。前半の後半と後半立ち上がりはあり得ないパスミスでボールを失うなど、相手に易々と主導権を握られた。選手の距離感が悪くなり、バックラインはずるずると退かざるを得ず、クロスへの対処もお粗末で、極めて不安定になった。UAEのエースであるオマルにサイドで起点を作られ、失点してもおかしくない状況だった。相手がUAEでなく、ワールドカップでベスト16に残るチームなら、その緩みは致命傷になっていただろう。

勝利によって手のひらを返したような賞賛が飛び交うが、チームの本質は変わっていない。

戦術面の出来で言えば、オーストラリア戦の前半やサウジアラビア戦の一部などの方が上だった。しかし、決まるべきところで加点できなかったり、逆に一発のチャンスを決められてしまった。結果、厳しい批判が起こったに過ぎない。敵地でのUAE戦は快勝したが、川島のセービングがなかったら――。どうなっていたのか。

勝負は時の運だ。相手のGK、FWが欧州や南米のトップだったら、という想像力も失ってはならない。世界の強豪と渡り合うには、まだ精度が不足している。

もっとも、勝利が選手に自信を与え、状況を好転させるのも真理である。UAE戦は「戦いの幅」を示した。それは一つの収穫だろう。

「しかしタイに勝たなければ、UAEに勝った価値もないに等しい」(ハリルホジッチ)

3月28日、埼玉スタジアムで日本はタイとの一戦に挑む。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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