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野球の常識を覆す?バントをしない2番の強打者

小中翔太スポーツライター/算数好きの野球少年

送りバントは有効か?

1番が出塁し、2番が送って、クリーンアップが還す。長い間信じ込まれてきた戦術の基本、理想的とされるこの一連の攻撃は数年後には常識ではなくなっているかもしれない。

鳥越規央 (2014年) 「勝てる野球の統計学 セイバーメトリクス」岩波書店.によれば2004~2013年までのNPBにおける得点期待値(ある状況からイニング終了までに何点入るかを示したもの)は以下の通り

状況 走者なし 1塁 2塁 3塁 1、2塁 1,3塁 2、3塁  満塁

無死 0.455 / 0.821 / 1.040 / 1.360 / 1.417 / 1.721 / 1.974 / 2.200

1死 0.242 / 0.499 / 0.687 / 0.919 / 0,905 / 1.158 / 1.335 / 1.541

2死 0.091 / 0.214 / 0.321 / 0.371 / 0.487 / 0.487 / 0.586 / 0.740

これによれば無死1塁では0.821点が期待出来るが、送りバントを成功させた1死2塁では0.687点と期待値は下がってしまう。ただ、期待値は平均値とほぼ同じ意味であるため、例えばある状況が4度出現しそのイニングの得点が0、0、0、5だった場合、その状況からの得点期待値は1.25点となる。バントは大量点を狙うのではなく1点を取りに行く戦法、そこで見てもらいたいのが得点確率(ある状況からイニング終了までに1点以上取れる確率を示したもの)なのだが

状況 走者なし 1塁 2塁 3塁 1、2塁 1,3塁 2、3塁  満塁

無死 25.2%/ 40.6%/ 58.9%/ 81.5%/ 60.4%/ 83.1%/ 83.6%/ 83.7%

1死 14.5%/ 26.0%/ 39.6%/ 62.9%/ 40.8%/ 63.6%/ 65.2%/ 64.7%

2死 6.0% / 12.0%/ 21.1%/ 26.5%/ 22.5%/ 27.2%/ 27.1%/ 31.4%

こちらを見ても過去10年の統計によれば無死1塁から送りバントを成功させても得点出来る確率は40.6%→39.6%とほとんど変わらず、むしろ1%減っている。併殺のリスクを無くせるというメリットもあるにはあるが、2つの表は打たせた結果併殺になった場合も全て含めた上での数字である。もちろん打力の高くない9番・投手の打順なら話は別だが、簡単にアウトを1つ献上する送りバントはトータル的にはチームの総得点を増やす作戦として有効とは言えない。

バントを重視する高校野球では?

いよいよ始まる第96回全国高校野球選手権大会、先頭打者が出塁し無死1塁となった時、攻撃側はどのような作戦で攻めるのか。今夏の京都府大会では、素直に送るよりもエンドランやバスターを仕掛ける場面が非常に多かった。その結果全77試合の内、ロースコアと呼べる両チームとも3得点以下の試合が8試合だったのに対し、どちらかでも2桁得点を挙げた試合は何と倍の16試合。激戦続きで鳥羽、京都外大西、京都成章、京都翔英、立命館宇治といった有力校が3回戦までに敗退し、ベスト8に残ったシード校は龍谷大平安1校のみだった。そんな波乱が相次いだ京都には2番に最強打者を据えるチームがある。

福知山成美打線は2番最強説

今春のセンバツでベスト8入りを果たした福知山成美は2番に強打者を置く打線が有名。2002年には3番と4番の選手がドラフト指名されたが、チームにはその2人と同等の打力を持つ選手がもう1人いた。その選手の打順は5番ではなく2番、無死1塁で打席に立つと「ここはバントでしょう」とテレビ中継の解説者が話した直後、バスターエンドランで右中間を真っ二つに割るという福知山成美らしさ全開の攻撃を披露した。春の近畿大会で優勝を飾るなど歴代の中でも屈指の強さを誇った2008年、2番を打つ選手は前年秋には4番を務めており選手紹介の寸評は「長打力はチーム1」だったなど、最も頼りになる打者が2番を打つことも多い。2番強打者打線を組む田所監督によれば「初回だけは打たせたい。先頭が出て2番に打たせたケースで、ゲッツーになったことってこの18年間でほとんど無い。公式戦では1回も無いかもしれんな。ヒットにならなくてもランナーが2塁行ってることが多い」とのこと。バントをしない前提で2番に強打者を置く。

2012年、春夏連覇を成し遂げることになる大阪桐蔭も夏の大阪府大会の初戦、それまで主に1番を打っていた森友哉(現西武)を2番に据えたオーダーを組んだことがある。西谷監督はその意図について「より攻撃的に。1番が出ればランナーを置いて森、出なければ森が出るように」と説明。バントを重視する高校野球でも攻撃的2番打者は存在している。

和製ジーターは現れるか

海の向こうMLBではヤンキースのスーパースター、デレク・ジーターも主に2番を務め昨季までの通算犠打数は89。18年間で2桁の犠打を記録したのは2004年の1度しかない。

日本のプロ野球で、2番の強打者と言えばビッグバン打線の象徴・小笠原(当時日本ハム)が思い浮かぶ。前任者だった奈良原(現西武コーチ)との成績を比較すると

1998年 奈良原 .280 1本塁打 25打点 36犠打 30盗塁

1999年 小笠原 .285 25本塁打 83打点 0犠打 3盗塁

同じ2番という打順を打ちながらその内容は180度違う。小笠原は2000年にも打率.329、31本塁打、102打点の成績を残し本塁打と打点は2年連続で4番・オバンドーを上回った。

セリーグで2番に強打者を置くのはヤクルト。2006年に2番を打っていたリグスの成績は打率.294、39本塁打、94打点、OPS.901だった。今季も2番に長打力抜群の雄平を据える攻撃型オーダーで開幕を迎えるなど2番強打者の例はいくつかある。しかし、結局雄平は2番定着とはならず、OPSを重視したブラウン監督(当時広島)が前田智徳を2番に据えるも機能しなかった例などもあり主流にはなっていない。実際、打順別成績を見ても2番のOPSは10球団が.700を割る。昔の野球少年の誰もが4番・サードに憧れたように、スーパースターがバントをしない攻撃的2番打者として輝いた時、野球の常識は変わるのかもしれない。

スポーツライター/算数好きの野球少年

1988年1月19日大阪府生まれ、京都府宮津市育ち。大学野球連盟の学生委員や独立リーグのインターン、女子プロ野球の記録員を経験。野球専門誌「Baseball Times」にて阪神タイガースを担当し、スポーツナビや高校野球ドットコムにも寄稿する。セイバーメトリクスに興味津々。

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