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非正規の正社員化は、ブラック企業を減らすのか?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

イケアで正社員化

本日、イケアが非正社員3000人以上を無期雇用かすると報道された。いわゆる「短時間正社員」として採用するのだ。短時間正社員は、「限定正社員」の一種。最近ではユニクロも大規模な正社員化を表明しており、安倍政権の雇用改革や、近年の労働契約法改正などの影響から、急速に広がりつつあるのだ。

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限定正社員の多くは、労働時間の他、勤務地や職種が限定されている。企業はこの「限定」の範囲でしか社員に命令できない代わりに、通常の「無限定」の社員よりも給与などの待遇は低くなる。こうした「中間的雇用」が限定正社員のモデルである。

論争含みの限定社員

これまで非正規だった人たちが、限定付きとはいえ正社員になるのだから、これはいいことのように見える。また、働きすぎのブラック企業問題や過労死問題への「対策」としても、労働時間や勤務地、職種が限定された正社員が増えていくのは悪いことではないはずだ。

ところが、こうした動きに対して否定的にとらえる見方もあり、論争含みなのが実情だ。例えば、著名な労働法学者の西谷敏氏は、『労働法 第二版』の中で次のように述べている。

「無限定な配置転換が大きな問題となっている今日、正社員全体の働き方をこうした方向(指揮命令権が限定された正社員)に改革していくというのであれば、望ましいことといえる」(『労働法 第二版』、()内は引用者による)。

ここまでは、「限定正社員」のような働き方が出てくるのが、「いいことだ」という部分。次に、否定的な部分については、次の二点を指摘している。

(1)企業内に階層・競争構造を作り出す

(2)解雇規制の動揺を引き起こす恐れがある

まず、(1)はどういうことかというと、限定正社員が正社員の中の「ランク」のようになってしまうということだ。そうなると、限定社員だからとても賃金が安くてよいとか、限定社員から「本当の社員」になるために、激しい競争が巻き起こってしまうということにもなりかねず、結果的にむしろサービス残業などを増やしてしまうかもしれない。

また、(2)「解雇規制の動揺を引き起こす恐れがある」というのは、勤務地や職種が限定されている分、その地域や職域の仕事がなくなったばあいに、簡単に解雇されてしまうのではないか、ということだ。

確かに、安倍政権の雇用改革の会議には、あたかも仕事がなくなったらいくらでも首にできると誤解している議員も参加していたり、めちゃくちゃな議論がされていたケースもあった。そのせいで「限定=解雇自由」という理解が広まってしまった。

西谷氏や他の限定社員に否定的な論者も、そういう政府の雇用改革の文脈の中で「首にしやすい社員」という認識が世の中に広がっていけば、やがて裁判官も「限定社員は首になりやすいことをわかっていて正社員になっているのだし、簡単に解雇されてもしかたない」などという判決が出かねないと心配しているのだ。

限定社員は運用次第

実際には、限定社員だからといって、解雇が自由になるわけではないし、すでに行われた裁判では、格段に解雇がしやすくなっているというわけではない。だから、限定正社員についての「正しい理解」を広げいくことにまで、反対する必要はないだろうと思うし、適切な運用を求めていく方法もあり得るのだ。

次に、限定正社員制度が企業内の階層分断をより強化するという指摘も、賛否両論がありえる。確かに、企業内での待遇格差は、競争を煽ってしまい、仕事がより厳しくなってしまう可能性は否定できない。

ただ、その一方で非正規社員が無期化することで、より身分が安定するので、労働組合に入るなどして、企業と待遇について交渉しやすくなる。これまで「非正規だから」とあきらめてしまっていた人たちも、意見を言えるようになるのだ。

こうなると、企業内の構図は大きく変化する。従来、「無限定の代わりに年功賃金を保障してください」、「無限定の労働ができない人は、非正規でいくらでも差別されても仕方ない」という雇用差別は日本では当たり前だったし、労働組合もこの構図を支持していた。

限定正社員が増えてくると、この構図を転換し、「多様で公平な働き方を認めてください」と話し合っていく方向に進めるチャンスが広がっていくのだ。これは、ワークライフバラスを充実させ、少子化を克服していくためにもぜひ必要なことだ。

「新しい平等」を求めるチャンス

さらにいうと、こうした「待遇の平等」を求める仕方を、もっと新しくて効果的な方法に変化できるかもしれない。それは、「企業内平等」だけではなく、「産業や職種ごとの平等」を求める方法だ。

これまでは勤務地も、労働時間も、仕事の内容も「無限定」に働くことが半ば標準的とみなされていて、これができない非正規は差別された。もし、彼らが待遇の改善を望むなら、「じゃあ勤務地を変えていいのだな」と言われてしまったわけだ。こうなると、育児や介護がある人はどうしようもない。これが「企業内での平等」を求める方法の限界だった。

いってしまえば、「ブラックさを求める平等」だったのである。

これに対し限定社員は職種が限定されているから、「同じ仕事をしている人は、同じだけの賃金や労働時間を社会に共通で認めてもらおう」という交渉も可能になるのである。働く時間や賃金も、これを「最低限にしよう」と共通のルール作りを話し合うことができるようになるのである。

そして実は、この方法こそが、欧米ではスタンダードな交渉の方法になっている。こうすれば、企業内での競争の激化から距離をとることもできるし、ブラック企業を規制するうえでも決定的な方法となる。

確かに、安倍労働改革では、「解雇規制の自由化」や「サービス残業合法化」が次々に打ち出されおり、限定正社員も悪いものに見えてしまう。そして実際に、限定正社員制度はより労働環境を悪化させてしまうリスクを抱えてもいる。

しかし、運用の仕方次第では、むしろ「ブラック企業規整の切り札」にもなりえるのである。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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