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たかの友梨が「究極のホワイト企業」に変貌

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
「ママ・パパ安心労働協約」の図

「たかの友梨」とエステ・ユニオンが「ママ・パパ安心労働協約」を締結したことが発表された。

これまで「たかの友梨ビューティクリニック」を経営する株式会社不二ビューティに対して、ユニオンに対する不当労働行為、労働基準法違反、産休・育休の取得妨害などをめぐる争いが行われ、仙台・東京では訴訟も提起されている。私もこうした問題に対して、何回か記事を投稿してきた。

「たかの友梨」はブラック企業なのか?

「たかの友梨」は「ブラック企業型マタハラ」だ

今回は同社とユニオンとの紛争が、すべて和解したかたちだ。そこで締結されたママ・パパ安心労働協約の内容を、ユニオンと会社の発表をもとに検証してみよう。

ママ・パパ安心労働協約では何を定めているのか?

まずこの協約では、妊娠・出産・育児を抱える女性が働き続けられるための施策について、会社と新たに取り決めをしている。会社は、育児・介護休業法、男女雇用機会均等法、労働基準法等に定められた、妊娠・出産・育児・介護等のために必要な措置(休業・業務軽減・時短勤務等)を実施することを約束している。

ここまでは法律の水準を遵守するという最低限の内容だ(もちろん、現実にはそれすらできていない企業が多いので、これだけでも重要である)。しかし目を見張るのは、法律の水準を超えて、子育て中の組合員の労働時間を短縮するための独自の制度を、会社とユニオンで定めていることだ。

育休が明けて復職した女性が直面するハードルの一つが、通常の勤務時間では子育てができないという問題だ。そこで法律が定めているのが、短時間勤務制度である。育児休業法では労働者が希望した場合、子供が3歳になるまでは、短時間勤務制度を設ける義務が会社にあると定めている。

しかし現実には、子供は3歳以降も急に病気になるなど、まだまだ体調などが不安定な時期が続く。これが「3歳の壁」だ。そこで今回の労働協約では、組合員が希望した場合に、小学校入学までは短時間勤務を利用できると定めている。

さらに現行法では育児中の残業についても、社員が希望した場合、子供が3歳になるまでは所定外労働(残業)を免除し、小学校に入学するまでは、残業を制限する義務が会社にある。ただこの場合も、子供が小学校に上がった途端に規定がなくなってしまう。いわゆる「小1の壁」だ。

それに対しても、今回の労働協約では、組合員が希望した場合に残業を免除すること、保育施設や小学校の休日にシフトを合わせる配慮をすることになった。さらに、その他にも必要に応じてユニオン(組合)と協議することも定めている。

会社に家庭の事情を考慮してもらえない場合に、ユニオンが間に入って会社と話し合って問題を解決しますよ、ということだ。これを会社側が積極的に認めて「約束」を締結しているわけだ。

このように、育児休業法が直面する「3歳の壁」・「小1の壁」を、労使の話し合いと約束(協約)で乗り越えるという画期的な仕組みがつくられたのだ。

これまでの「ホワイト企業」とは何が違うのか?

私は今回の協約を、ブラック企業が「究極のホワイト企業」に転換する例であると評価したい。こういうと、疑問を抱く人もいるかもしれない。行政が「ホワイト企業」を認める制度があるじゃないか、昨年「すき家」や「ワタミ」も改善したじゃないか。そんな声が聞こえてきそうだ。だが、それらとは全く異なる次元で、たかの友梨は「ホワイト」に転換したと言える。

行政のホワイト企業認定には、厚労省の「若者応援企業宣言」という事業がある(行政が公式に「ホワイト企業」という用語を使用しているわけではない)。だがこれは、ブラック企業対策としては有効とは言えない状態だった。

一言で言って、ろくに「審査」していないのだ。中途採用者の2年間の離職率が80%であったケースがその典型だ。また、認定第一号となった、別の飲食業の企業は、自社ホームページで「自分の「都合」や「権利」を主張する人には「フードサービス業」は向いていない」という文章を掲載しており、労働者の権利を軽視していることを公言していた。

私の運営する労働相談窓口であるNPO法人POSSEにも、若者応援企業に認定された企業に就職した20代の若者から、賃金未払いやパワハラで相談が寄せられたこともある。この相談者は、若者応援企業であるというお墨付きに安心して就職したといい、厚労省の認定によって騙されたと言っていい状態だ。

すき家やワタミの改善ともまったく違う

また、ここ1、2年で、ブラック企業の代表格として批判されていた「すき家」や「ワタミ」が「改善」しはじめたという報道もされている。両社ともブラック企業批判や人手不足などを背景に、第三者による外部の調査委員会を発足させ、自社の労働実態についての報告書を公開し、改善に取り組むと発表している。だが、いずれも労働基準監督署からの是正勧告を例年複数受け続けながら、全社的な改善が図られてこなかった。

実際に、すき屋では、わずか1年余りの間に20回以上も労基署から指導されている。要するに、いくら指導されても改善していないということだ。同様に、裁判を起こされたりマスコミから叩かれたりした企業は、「一時的に改善する」ことはあるものの、監視機関がないのをいいことに、またすぐにもとの体質に戻ってしまう。

これらと比べ、たかの友梨の新しさは、ユニオンとの労働協約によって改善したということだ。法律遵守の約束はもちろん、法律を上回る水準のルールを設けたうえ、今後会社が労働条件を悪化させないように、ユニオンがチェックと交渉を続けることができる。

これこそが、たかの友梨が「究極のホワイト企業」に転換していくと評価できるポイントだ。職場にユニオンができ、継続的に交渉していくのであれば、体質がもとに戻らないように監視することができる。また、継続的な改善を話し合いで進めていくことにもなるだろう。

もちろん、改善が実らない可能性がないわけではない。「究極のホワイト企業への変貌」はそういう意味では、筆者の希望的観測でもある。

だが、「本当に改善しているのか、外からは全然わからない」、「叩かれた一時的に対処するが、継続的な改善はしない」という従来のブラック企業に比べれば、「たかの友梨」は確実に「改善への道」を踏み出している。

「叩かれたから一時的に良くする」という対処療法とは、根本的に異なっているのだ。

こうした点から、ユニオンと会社の継続的な交渉の広がりは、「ブラック企業対策の決め手」であると私は思っている。今回の成果が世の中に広がり、ブラック企業が「ホワイト企業」に転換することも願っている。

なお、エステ・ユニオンでは、エステ業界の労働相談ホットラインを開催している。また、普段から労働相談や転職支援活動なども行っているという(以下参照)。

追伸

尚、この記事を見た同社関係者を名乗る方から、「実情は何も変わっていない」「違法行為がある」という指摘をいただいた(真偽不明)。

そのような実情があれば、下記のエステ・ユニオンにぜひ通報してほしい。組合員が働く職場では、現在違法行為は行われていない。通報すれば、本社との交渉が行われ、改善が促されるはずだ。

「会社は口だけ」、「協約は嘘」などと思わずに、まずは「一歩目」を踏み出してほしい。

全国の社員が組合に実情を相談してくれないことには、改善に向けた交渉はスタートしないので、やはり社員が「一歩踏み出す」ことも重要なのだ。

さらに追伸。先ほど関係者に確認をとったところ、本社の方針に反し、「現場の判断」で違法行為が行われている場合を確認しているそうだ。それらの場合には、組合に通報することで、本社から改善を指導できるということである。

※エステ・美容業界労働相談ホットライン

日時:2/19(木)、2/20(金)、2/21(土) いずれも16時~24時

TEL:0120-222-737

※エステ・ユニオンの労働相談窓口(全国受付)

TEL:022‐796‐3894(受付:8時~22時:平日・土日祝)

※エステ・ユニオンによる転職支援(エステ・ユニオンのホームページ)

http://esthe-union.com/tenshoku/tenshoku.html

※仙台市内のエステ求人情報(エステ・ユニオンのホームページ)

http://esthe-union.com/tenshoku/tenshoku.html

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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