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楽天三木谷発言は、一般労働者の搾取が目的

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

政府主催の産業競争力会議の1月29日の本会議における、三木谷浩史氏(楽天株式会社代表取締役会長兼社長)の発言が話題になっている。発言内容は以下の通りだ。

(三木谷議員)

雇用に関してだが、ベンチャーはぜひこの対象から外してほしいと思う。私もそうなのだが、ベンチャー企業というのは夢を見て24時間働くというのが基本だと思っているので、そういう会社に残業云々と言われても正直言って困る。我々も会社に泊まり込んで仕事をやっていた。ベンチャーはこの対象から外して、そのかわりがぽっと公開したらもうかるというものではないかなと思う。

出典:第20回産業競争力会議 議事要旨

簡単に言うと、「ベンチャー企業は、労働時間規制の対象から外した方がいい」ということだ。また、三木谷氏の本業であるIT企業が念頭に置かれていることが推察される。

三木谷氏は社員の「命」に責任をとれるのか?

三木谷氏が「ベンチャーには必要ない」という労働時間規制とは、そもそも何のためにあるのだろうか。それは、従業員の健康と健全な業務の進行を守るためだ。

長時間労働は100年以上前から国民の健康を損ない、平均寿命すら下げることが知られている。とりわけ炭坑や製造業では、長時間労働の疲労は死亡事故にもつながる。機械を誤って破損させれば、企業の被害も甚大になってしまう。

これは非肉体労働系の事務職やIT労働でも事情が同じだ。統計的なデータからは、睡眠時間が短いと脳や心臓の疾患を引き起こしやすいことがわかっており、今では「月80時間」という「過労死ライン」、つまりこれ以上の残業を継続すると過労死のリスクが極めて高くなるラインも厚生労働省によって定められている。また、長時間労働が続けば、ITの設計ミスなども発生しやすくなるだろう(新生銀行など、相次ぐITトラブルも過重労働と無関係ではないだろう)。

24時間働き続けたとしても、死なない人もいるかもしれない。しかし確実に「過労死」や深刻な健康被害をこうむるリスクは高くなるし、1日や2日寝ないで働けるという人もそれが継続されると確実に心身を病むのである。

労働時間規制を取り払うことを求める発言をした三木谷氏であるが、彼は数多くのベンチャー企業の社員の「命」と「健康」、健全な業務遂行に責任をとれるのだろうか? もし死亡事故が多発し、日本のITビジネスに対する信用が損なわれたら、彼個人には責任を取ることができるはずもない。

労働者と経営者の立場は違う

とはいえ、経営者であれば業種を問わず現時点でも労働時間規制の対象からは外されている。彼ら経営者は雇われて働く「労働者」ではないため、労働時間や休日に関する規制が適用されないからである。いわば、経営者の労働は「自己責任」だ。

会社を大きくしたベンチャーの社長や役員は、巨万の富を築くこともできる。つまり、彼らは「自分のために働いている」わけだ。確かに経営者がそれぞれの夢や目標をもつのは自由であり、そのために様々なリスクを受け入れた上で、それでも身を粉にして働くことを選択することは「自己責任」かもしれない。

だが、会社にただ雇われているだけの一般の社員はこれとはまったく対照的だ。彼らが社長たちの「夢」に付き合わされる義務はない。彼らは「自分の所有する会社」でもなんでもない会社のために、自分の健康を害するリスクを背負う必要などないのである。

もし、労働時間に縛られないほど働かせたいのであれば、それだけの「対価」を支払わなければならない。

「一般社員を社長と同じ扱いにしろ」

実際に、経営者でなく雇われている労働者の中でも、自社の株を何割も持っていたり、経営者と実質的に同じ立場にある人もいる。これらの人は会社が成長することで、直接莫大な利益を得ることができる。

実は、彼らは、すでに労働時間規制の対象外となっている。「会社と立場を同じくする」ために、労働法の規制の必要性は薄いと判断されているのである。だから、ベンチャー経営者やその同志たちの労働時間を規制する法律は今のところ存在しない。

つまり、三木谷氏の「ベンチャー労働者の規制をなくせ」という発言の意図とは、会社が成長することで直接的には何の利害も得られない「一般労働者」も24時間、経営者に付き合わされることを自由にしろ、ということなのである。いわば、「定額¥働かせ放題」を合法化せよ、ということだ。

IT産業の搾取構造

では、「ITベンチャー」の労働者というのはどのようなものなのか。

「ベンチャー」と言われると、実際に起業したり新しいシステムを考案したりするクリエイティブに活動している人を想起する人が多いかもしれない。実際そのような人も確かにいる。

しかし一方、重層的な下請け構造の中で、ひたすら上からの指示のもとプログラムを打ち込んだりする単純労働に従事する人も多い。彼らはあまりにも劣悪な労働条件、そしてそれを生み出す下請けの構造から「IT土方」と呼ばれることもある。

そしてその作業の単純さのため、この業界ではたんに「働いた人×労働時間」によって商品の単価が決まってくる。つまり、安く・長く働かせるほど、「経営者の利益」になる仕組みなのである。

今回の労働時間規制の緩和やその中から出てきた三木谷氏の発言は、こうした労働者を「定額働かせ放題」にして、無限に搾取しようという意図ではないだろうか。

また忘れてはならないのが、そうした労働時間規制の改革が行われる前、つまり今の時点でもITベンチャーの中では、裁量労働制を導入されたり労働管理監督者と扱われたりして、長時間労働を強いられ、過労死や過労自死、鬱病に追い込まれる労働者がごまんといることだ。

裁量労働制とは、仕事上の裁量権が高い労働者に対し、一定時間はたらいたことと「みなす」制度である。これが適用されると、会社は正確な残業代を支払わなくてよくなるのだが、本当は裁量がない社員に違法に適用していることが珍しくはない。また、管理監督者とは、先ほどの「会社と立場を同じくする者」のことを指すが、これを一般の社員にまで違法に適用し、残業代を支払っていないケースも多々ある。

私の労働相談窓口には、ITベンチャー企業からの労働相談が多数寄せられている。二つの事例を挙げよう。

1000人以上規模のIT企業で働く女性からの相談事例。5年間勤めていたが、プロジェクトが重なり納期が迫った時期に、残業が急激に多くなった。月に200時間以上の残業を迫られ、手が震える、仕事効率落ちるなどの症状が現れた。プロジェクトのリーダーに仕事を減らしてほしいと頼んだが、拒否された。次第に起き上がれなくなった。労働条件は「専門型裁量労働制」だが、実態は上司から仕事の指示を受けて仕事をしていた。

600人規模のIT企業に勤める男性からの相談事例。事務処理のためのシステムの構築を行っている。残業時間は平均して月60~70時間程度。繁忙期では100時間を超えることもあった。実際には労働時間に関する裁量権などないにもかかわらず、「裁量労働制」が導入されており、残業手当は一切無く、毎月定額の裁量労働手当が支払われるのみである。上司は、退職金と定期昇給の原資を確保するために、毎年新規の顧客獲得が必須だと言っている(長時間労働で稼げ、ということだろう)。裁量労働制ではない他部署では、もっと短時間で帰宅でき、不公平感を感じている。

一つ目は、「定額働かせ放題」の結果、心身を壊すまで酷使されてしまった事例だ。一度健康を損なってしまうと次に働くまでに膨大な費用がかかってしまう。これは国全体にとっての損失だ。二例目は、残業代を支払わないため、「長く働かせた方が得だ」と会社が考えていると思われるケースである。

ITベンチャーが成功することは素晴らしいことだが、一般の社員を使い潰して行われる成長は、日本社会全体の成長や生産性を犠牲にした、身勝手なやり方である。日本全体の生産性の観点からも、「ベンチャーなら規制を外してもいい」ということには、到底ならないのだ。

ブラックな労務管理は違法であり、対処できる

今や「君の仕事には裁量がある」、「企業家精神を持て」などの言葉で若者を煽り、長時間労働に追いやったり、労働時間管理を全くしないことを正当化するのは典型的な「ブラック企業」の手口だ。一般の社員に対し、「お前は経営者だ」とうそをついて煽り立てるのだ。このような企業はまさに戦略的に若者を煽って使い潰すことによって利益を出している。

今回の三木谷氏の発言も、この広がりつつある「ブラック企業」の戦略に通ずるものがある。

だが、決して忘れてほしくはないのは、上に挙げた事例を含め、大半の裁量労働制や管理監督者の適用は、今はまだ「違法」だということだ。ブラック企業に嫌気がさせば、社外の専門家に頼ることで、多額の残業代を求め、転職の原資にすることができる

「残業代ゼロ」の先取りをされているIT企業の皆様には、ぜひ労働相談窓口を訪れてほしい。

[ http://www.npoposse.jp/  NPO法人POSSE(無料相談窓口)]

ブラック企業被害対策弁護団(全国300人以上の弁護士が対応)

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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