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20代からの生活保護相談の急増 「家族」への福祉依存の末に

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

20代からの生活保護相談の激増

20代の若者からの生活保護相談が、昨年から急増している。今年に入ってからはすでに60件以上の相談が寄せられている。私は生活困窮者の相談に5年以上関わっているが、このようなことは、従来は見られないことだった。

下図のグラフをご覧いただきたい。2014年全体と先月の相談件数を見ると、10代、20代の相談件数が、かなりの割合に達していることがわかる。

POSSEの生活保護相談の件数×年齢
POSSEの生活保護相談の件数×年齢

生活保護の相談に訪れ方の多くは、病気を抱えた中高年の方か、子供を抱えて働くことができないシングルマザーの方であった。

なぜ20代という若さで彼らは貧困に陥ってしまうのであろうか。彼らを貧困に至らしめる要因は何なのであろうか。

「家族という牢獄」

結論から言えば、若者の貧困の大きな要因となっているのは、家族である。家族によって虐待を受け、精神疾患を発症してしまったために、まともな就労先を見つけることができず、働き続けられないなどの理由で貧困に陥っていくというケースが多いのだ。

参考:檻のない「牢獄」と化した実家(藤田孝典)

実例をあげよう。

事例1

20代男性。同居する父親から指輪やハサミで殴りつけられる、けりつけられるなどの暴力や、「顔が汚い。」「パンを手で持って食べるな。」などの暴言を日常的に受け、耐えかねて実家を出て生活保護申請をした。本人は父親との関係によって統合失調症を患っている。本人ひとりで福祉事務所に保護申請に行くと、申請書に父親との関係が悪い旨を記していたにもかかわらず、「翌日父親と来ないと申請はできない。」として追い返された。

事例2

30代女性は、生まれた頃から両親から虐待を受けている。首を絞められたり、叩きつけられたり、切りつけられるなどの暴力、「クソ」「バカヤロウ」などの暴言を受け、精神疾患を発症。地元の高校中退後、20代中頃までは実家住まいでアルバイトをしていた。運送会社の仕分けの仕事(寮付き)で実家を脱出したが、仕事がきつく1週間で辞め、その後は日雇い派遣やアルバイトを続けてきた。20代後半、人と接するのが苦手で引きこもるようになり、仕事をしなくなった。そのため半年ほど家賃を滞納し、強制退去させられた。再び実家に戻るが、そこでも暴力をうけ、これ以上実家にはいられないと思い、単身で関東まで出て、ホームレス状態で生活保護申請をした。

事例3

幼少期に母親が再婚し、義父と生活することになった。小学生の時に弟が生まれ、その頃から父親が厳しくなり暴力を振るわれることもあった。母親に対する暴力もあったという。高校生からアルバイトをし、卒業後は同じ職場で正社員登用された。一人暮らしをできるほどの賃金ではなく、実家から通っていた。しかし20歳になって、義父から家を追い出された。アパートを借りるお金はなかったので、友人宅を転々とした。

事例4

高校年の時に母親が亡くなった。父親はそれ以前に亡くなっており、弟とともに親戚と同居し始めた。同居後、親戚との関係が悪化。親戚からの暴言や生活に対する厳しい監視が行われた。親戚との関係が原因で精神疾患を発症。親の遺産に関する調停中、体調が悪くなり、入院。障害者手帳を取得した。短大を卒業後、事務で就職したが、最初の仕事は3日で辞めた。辞めた原因は、仕事の引き継ぎがまったく行われず、入社していきなり全業務の責任を負わされることになったことだった。その後、パートで就職。精神疾患などが理由でその仕事も継続することができず、引きこもるようになった。

劣悪な家族関係が相談者の心身を損なっているケースは数え切れないほど寄せられている。家族による人間性の破壊が、若者が貧困に陥る最大の要因になっているのである。

「若者」独特の深刻さ

基本的に日本社会では、18歳になるまで家族以外に頼ることがほとんどできない。そのため、どのような家庭環境であったとしても、子どもはそのなかで生活をせざるをえない。

逃げ場のない環境で、日常的に家族による暴力に晒されるなかで精神疾患を発症し、人間性が損なわれていく。すると、18歳以上の自立すべき「大人」になっても、その時点ですでにまともな就労ができない状態に追い込まれてしまっているのだ。

また、たとえ就労できたとしても、精神疾患を抱えた状態で就労を継続していくことは困難である。就労先がブラック企業であれば、そうした状態に追い打ちをかけられ、よりいっそう人間性が破壊されていくこともある。

このように、精神を病んだ彼らは、経済的には自立することができず、18歳を越えても家族に頼らざるをえない。しかし、「扶養すべき子ども」から「自立すべき大人」へと段階が上がると、家族からの自立圧力は高まり暴力に拍車がかかる傾向がある。

働く準備ができないままに、家族という「牢獄」から脱出したり追い出されたりしても、収入が安定していないため住居も不安定で、ネットカフェや友人宅を転々とすることになる。友人宅に居候している、ネットカフェなどを転々としている、ホームレス状態であるといった若者からの相談は非常に多い。

本来であれば、福祉を適切に行うことで、貧困の連鎖を断ち切れるはずだ。しかし、生活保護の窓口対応が事例の通りでは、ますます「福祉の家族依存」が強まっていく。

このように、福祉の役割が家族へと押しつけられていけば、かえって若者の「自立」を妨げる結果となることは明らかだ。

そして、いちど精神疾患などを発症すると、その回復には長い時間がかかる。本来なら「働き盛り」である20代30代が、長期間生活保護制度を利用せざるをえない状況に追い込まれてしまうのである。

政策の転換を

政府は今後の日本の社会保障のあるべき姿として、「自助」「共助」「公助」のバランスが大事だとしている。そして、特に「自助」と「共助」の役割を更に大きくしていくことが政策の柱となっている。

家族による福祉は、「自助」に含まれるという。こうした戦略は、福祉予算を削減するために立てられたものだ。

だが、20代の生活保護相談の急増を見れば、その政策の問題は明らかだ。家族に負担をしわ寄せしても、結果的に貧困が加速していくことになるからだ。

むしろ、「公助」による適切な福祉を早期に行うことで、若者の育成を家族頼みにしないことが、長期的な福祉支出を減らすうえでも、合理的ではないだろうか。

NPO法人POSSEの労働・生活相談窓口

参考:今野晴貴『生活保護 知られざる恐怖の現場』(ちくま新書)

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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