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「介護事故」の担い手にならないために

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

「ワタミの介護」の死亡事故について、職員等が刑事処分される見通しとなった。

この事故は、2012年には板橋区の施設で利用者が亡くなったというものだ。パーキンソン病の高齢者を入浴中に85分間放置して溺死したのだ。

朝日新聞によると、今日、「警視庁は、ホームの当時の施設長や職員ら計4人を業務上過失致死容疑で26日に書類送検する方針を固めた」という。

朝日新聞

確かに、この事件は凄惨であり、誰かが責任をとるべき事件である。だが、それは現場の施設長や職員だけなのだろうか。

私はこれまで「ブラック企業」の問題に取り組んできた。「ワタミの介護」についても拙著『ブラック企業2 虐待型「管理」の真相』(文春新書)で詳しく取り上げている。彼らの労働環境を知る私には、どうにも割り切れない思いがこみ上げてくる。

端的に言って、「ワタミの介護」の労働者は、彼ら自身も「ワタミ」の過酷労働の被害者なのである(もちろん、だからといって介護事故に責任がないといっているわけではない)。

私が話を聞き取った元職員の方は、人数が足りない職場で長時間労働に苦しみながら、必死に介護を維持しようとしていた。末端の職員だけではなく、責任のある主任でさえ、同じだった。それでも、過酷すぎる職場環境で、職員達は健康を病み、時に、介護そのものが劣悪になってしまう。

それを職員達は自覚して、何とか維持しようとし、結局できずに「劣悪な介護の担い手」にさせられてしまうのである。善意で、まじめに、何とか無理な経営を維持しようとして、結果として、「ブラック企業」の担い手にさせられてしまう。

私には、そんな理不尽な状況にも感じられてしまうのだ。

人手不足と長時間労働

では、彼らの勤務状況はどのようなものなのか。そして、事故の原因は職員だけの問題なのだろうか。元職員の証言から、考えていきたい。

私が話を伺った、元「ワタミの介護」の介護ヘルパーのAさんによれば、同施設では時間外労働が月60~80時間あり、休憩時間はほとんどなく、一日10分くらいで、休憩室も狭い中立って弁当を食べることも多かったという。

事前の契約では月の休みは9日ということになっていたが、実際には6日程度しか休むこともできなかった。夜勤で朝まで働いた後、他の人が欠勤してしまった場合、穴埋めのためそのままさらに夜まで続けて働くこともあったという。夜勤明けで翌日の夕方まで、約20時間連続勤務している同僚もいた。

夜勤は2人体制で行われ、特に負担が大きかった。施設は2つのフロアに分かれているのだが、ワンンフロアの利用者それぞれ20人を1人で担当して見なければならないのだ。また一時期は、2フロアを1人で見ているという期間もあった。

このため、いつも人員不足で、体調が悪くても欠勤をすることも難しかった。欠勤する場合は自分で代わりの人を探さないと休むことができない。最高で19連勤をしている同僚も見たことがあった。禁止されていたのだが、入所者用の風呂に入り、シャワーを浴びて、利用者のいない空き部屋で泊まり込みながら勤務をする人もいた。これだけの長時間働いていれば、そうせざるをえないスタッフがいるのも理解できたという。

しかし、長時間労働と言っても、従業員の正確な労働時間は残っていない。社員は残業しても、なかなか残業届を出せず、長時間労働の対価も十分ではなかった。

1年で20人が退職

Aさんによれば、「ワタミの介護」では、職員が病気になったり、体調を崩したりし、早期退職していった。過労からパニック障害を発症して退職する同僚もいた。Aさんの施設でも、オープンから3ヶ月で3、4人が退職し、1年で退職者は20人に上っていた。Aさんが入社した際に働いていた常勤の職員は全員辞めてしまっていた。

皆、拘束時間が長く、人不足で1人1人の負担が大きい業務で、心身ともに疲弊していた。Aさん自身も例外ではなかった。オープンから二ヵ月で、パニック障害の発作が現れるようになったのだ。勤務中に動悸や息切れが激しくなってしまい、さらに手足の震えも起きたため、心療内科を受診し投薬治療を受けながら勤務を続けることになった。

退職者が出ると、その穴を埋めるのは、たいてい主任か副主任になる。29歳の主任は体育会系で明るく、リーダーシップもあり、施設のムードメーカー的な存在でもあった。

だが、彼の残業時間はAさんを上回る月140時間ほどになっていた。シフトの穴を埋めるため、夕方から翌朝にかけての夜勤を終えた後、そのままさら夜まで連続して勤務という、約24時間連続で働いていることさえもあったという。自宅にも帰らず、本当はいけないのだが、入居者がいない空き部屋で寝泊りをしながら連続勤務をこなしていた。

ついに、その主任にも限界が来た。施設で突然倒れたのだ。Aさんが廊下で横になり泡を吹いている彼を見かけたのだが、呼びかけても返事がない。意識不明だった。Aさんは事務所に連絡し、主任は担架で運ばれていった。だがその先は病院ではなく、ホーム内で寝かされただけであり、おそらく施設長の指示であろうか、救急車が呼ばれることはなかった。幸い、そのまま意識は回復した。その後家族が連れて行った病院では、脳の痙攣による失神と診断されたという。ホーム内で寝かされていた際には、死んでしまうのではとその場にいたスタッフは恐怖していた。

ここまで追い詰められながら、彼は職場に出勤し続けた。だがそれも長くはなかった。彼は次第に、2~3日の無断欠勤をするようになっていった。Aさんは、彼が出勤しても玄関の前でへたりこんでいたところを見かけている。やがて彼も、職場に姿を見せなくなってしまった。

死亡事故と労働環境

こうした過酷な労働環境の中で、ワタミの介護での死亡事故は起こった。

事故を聞いたAさんは、休憩時間に同僚と、「やっぱりか」と話したという。少ない人数で回そうとするからこのような悲惨な事故が必然的に起こってしまう。現場では、お風呂の介助をしながら、各部屋にあるトイレを掃除したり、お茶を出したり、掃除したり、記録をまとめたりという仕事を同時進行でやらざるをえない。人員に余裕があって入浴担当の人を配置し、その人が風呂場を離れないような体制があれば起きなかった事故だったという。

ワタミでは、死亡事故の再発防止策として、人員を増やすのではなく、キッチンタイマーのような道具が現場に配布された。10分おきにセットして、入浴している利用者をチェックするようにしたのである。その中には、一人で入浴できる利用者でも様子を見に行くことになったため、それを嫌がる人もいた。しかし、結局はその改善案も入浴中に放置して他の仕事をすること自体は変わっておらず、根本的な人員不足は解決しない。ただ、現場の負担が増えただけだった。

事件後には、東京都福祉保健局の調査で「人員不足が事故の原因のひとつ」と指摘されている。これまで見たような労働環境からも、個々の職員の問題に還元しきれない、職場環境と事故の無関が推察できるだろう。

まじめさとワタミ経営の矛盾

一方で、働いている職員の意識はどうだったのだろうか。「ワタミ」は社長によるビデオ研修、レポートの強制など、社員の「心理教育」に力を入れていることで知られている。

Aさんによれば、働いている中で、「ありがとうを集めるため」、「自分の成長のため」、「夢のため」とことあるごとに言われるので、残業代を含めてお金を求めることがだんだん恥ずかしくなってきたという。

また、同時にAさんは、顧客への「責任感」から、過重な労働環境でも「自分が頑張って何とかすること」を当たり前だと思うようになっていた。過酷な環境でも、まじめな若者ほど辞めることができず、順応せざるを得ないのだ。

しかし、まじめさから辞めることができなかったはずのAさんは、結局は無理な介護体制の担い手になっていた。

実際に、こうしたまじめさとワタミの経営方針は矛盾もしていた。研修で渡邉氏はまずお金の話をする。売り上げを10年後には1400億円にする、といった調子だ。ただ話の最後には、自分たちはお金のために経営しているわけではなく、「ありがとうを集めた結果」、これだけの売り上げを上げられるのだと締め括られる。

お金のために、無理な経営の担い手にさせられていると、だんだんとAさんは感じるようになっていったという。彼をハッとさせたのはインターネットで「ワタミはブラック企業」という評判を見つけたことだった。

Aさんはワタミを辞めて、いまは別の大手の介護施設で働いている。ワタミよりはるかに良い環境だという。

この証言からは、職員のまじめさにつけ込みながら、一方で徹底的に利益を追求し、介護の現場に無理な負担をかけている実態がよく分かるだろう。

労使の話し合いという解決策

本記事では過酷な労働環境と死亡事故の関係について論じてきた。

だが、もちろん、まじめに働いていたからといって、事故を起こして許されるはずはない。無理な要求をする経営者に対し、それに「従った責任」もあるだろう。あるいは、彼らがより優れた労働者であれば、過酷な環境でもミスは犯さなかったのかもしれない。

その一方で、この事件の教訓を、労働環境の改善を目指す機会にもすべきだ。ただ職員を処罰するのではなく、職場環境を改善していく機運にもしてほしいのだ。

そして、職場環境を改善するために、過酷な介護の職場で働く方にもぜひ、自ら立ち上がってほしいと思う。「矛盾した介護」の担い手にされている労働者は、日本中にたくさんいることだろう。新たな介護事故の担い手にさせられないためにも、行動を起こしてほしいと思う。

介護の職場環境を改善するためには、労働者は自ら企業と交渉をおこなうことができる。労働者が労働組合に加入して使用者と話し合うことになれば、職場の運営のあり方、事故を防ぐための方法や、職員間の負担の調整なども、話し合って改革していくことができるのだ。

労働組合には一人でも加入できる。職場の労組である必要はない。労働者が労働組合に加入して団体交渉を申し込むと、使用者はその交渉を拒否することはできない。また、誠実に対応しなければ、違法行為にもなる。だから、劣悪な介護現場で働く労働者は、積極的に労働組合を活用してほしい。

実際に、私たちに寄せられる介護職員の方からの相談内容は、賃金の問題以上に職場の運営方法を改善したい、というものである。私が代表を務めるNPO法人POSSEでも、介護の職場改善に力を入れている各地の労働組合を紹介している。

労働組合に加入した交渉の結果、職場の介護の運営の仕方を話し合いで解決したという事例は全国各地に多数存在する。介護の職場環境の改善のために、労働組合に相談してほしいと思う。

相談窓口

■NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

http://www.npoposse.jp/

*無料で労働相談を受け付けます。

労働組合、弁護士の紹介、行政窓口の活用の支援を無料で行います。

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03-6804-7650

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■ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

http://black-taisaku-bengodan.jp/

■日本労働弁護団

03-3251-5363

http://roudou-bengodan.org/

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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