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保育園ブログ問題とブラック企業問題の共通性

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

保育園をめぐるブログ記事が、日本中を騒がせている。

そんな中、大物政治家がこのブログに「違和感」を口にした(平沢議員が「ブログに『死ね』という言葉が出てきて、表現には違和感を覚えている」などと語った」)。

確かに「死ね」の文言には私も違和感を覚える。だが、これは「違和感」などで済ませてよい問題なのだろうか。

私は同じようにインターネット上で広がった「ブラック企業」という言葉を、社会問題化させることに寄与してきた。その経験から、このブログの記事の問題から「真に読み取るべきことは何か」を考えたい。

「保育園落ちた」ブログ、平沢議員「表現には違和感」(朝日新聞)

「ブラック企業」との共通点

実は、私も「ブラック企業」が社会問題になったとき、「ブラックは黒人差別だ」や、「ブラックという言い方はあいまいだから良くない」など批判にさらされた経験を持っている。

結果的に、このような非難は事の本質をずらしただけで、まったく生産的なものではなかった。その後、私が訴えてきた「ブラック企業」の存在は公に認められ、政府も対策に乗り出している。最近では政府系の学術団体でも調査を行い、統計的にも存在が実証もされている。

それもこれも、始まりはすべてインターネットのスラングだったのである。だから、社会問題化した「言葉」を決して「誰が書いたのかわからない」などと切り捨てるべきではない。なぜ広がっているのか、その背景を丹念に読み解く必要があると私は考える。

「言い方」をどうすればよいのか

とはいえ、「言い方」をどうするのかという議論がやはり気になる方もいるだろう。

私も「死ね」という言葉で表現することが適切だとは思わない。

だが、だからといってこの言葉は「適切ではない」とだけ言って済ませ、黙殺することはもっと不適切だと思う。

そもそも、「死ね、はよくない」「ブラックは、よくない」。こういう批判をしている人たちは、現状についてどう考えているのだろうか? その点を抜きにした批判はまったく生産的ではない。それどころか、議論をそらすための主張にも見える。

言葉ばかりを「言葉狩り」のように批判し、現実の社会を変えることに興味を持たない。こうした状況は、日本でも繰り返されてきた。

先ほども言及した「ブラック企業批判は黒人差別」という主張がそうだ。日本で「ブラック」といったからといって、「黒人差別」を即座に想起する人はほとんどいない。一般的に「腹黒い」などの言葉も使われているが、そこに差別的な含意はまったくない。

「ブラック企業」を批判することを辞めてまで、そのような、「ブラック企業」とは無関係の「黒人差別」を持ち出す必要があるのだろうか(なお、この議論については、下の記事で詳しく論じている)。

今野晴貴「ブラック企業」は人種差別か?

ただし、今回の「言い方」の問題については、もう少し考慮が必要だろう。「ブラック」のように一般的な悪さを示す言葉よりも、「日本死ね」というのは、過激なところがある。今後はもっと別の言葉に置き換えられていく必要があるのは間違いない。

それを踏まえたうえで、この言葉が広がった事実の意味をくみ取り、社会を変える「言説」に練り上げていく必要がある。

「言葉の背景」をくみ取る必要

そこで重要になるのが、言葉の「背景」をくみ取る具体的な作業だ。

ここでも「ブラック企業」の経験は参考になる。

「保育園落ちた」と同じように、「ブラック企業」も、元々はインターネット上のスラングだった。「若者があまえている」「すぐ辞めるのは弱いから」などと政府に言われていて、ネットで悪口を書くしかなかったのだ。私は、この言葉の「背景」を解説したに過ぎなかった。

ブラック企業は「大量採用・大量離職」を引き起こすような、「使い潰し」の労務管理を行っている。決して若者が甘えているわけではない。会社のほうが変化をしているので、これを対策しなければならない。

私は「ブラック企業」という言葉の広がりの背景として、そうした実態を分析し、提示したのだった。

その結果、「ブラック企業」はスラングから、対策すべき社会問題を示す言葉へと変貌した。

「保育園落ちた、日本死ね」についても、私たちはその「背景」「意味」をくみ取らなければならない。そうした作業を専門家がして、この言葉を(別の言葉に置き換えるにしても)「社会を動かす力」に変えることが求められているのだ。

「ブラック企業」がネットスラングから、社会を変える言葉になったように、言葉が生み出したチャンスを生かし、保育問題の理解を深め、対策を促さなければならないということだ。

労働問題として考える

以上を前提にして、本記事では、筆者の専門分野である「労働問題」の視点から、この問題の背景を考えていきたい。

端的にいえば、保育園が足りないのは、保育士が足りないからだ。その背後には、保育士の労働条件がまさに「ブラック」そのものだという事情がある。これを改善せずに保育園を増やすのは難しいだろう。

保育園が過酷になる構造

賃金構造基本統計調査(2014年)によると、保育士の所定内給与額は20万9800円で、全職種平均(29万9600円)と比べて大きな差がある。2000年代以降、政策的にも保育士は正規雇用から非正規雇用への置き換えが進められ、東京都の認証保育所で働く保育士は、非常勤職員も含めて約9割が、月20万円以下の賃金との報告もある。

このような低賃金にもかかわらず、保育士に対する給与、つまり人件費はさらなる削減の対象にされている。もともと保育事業においては、支出の7~8割が人件費だと言われており、厚生労働省の調査では、公立の保育所では85%、私立では70%となっている。

民間の認可保育所の場合、国や都道府県、市区町村から出される補助金から人件費を賄うため、原資ははじめから限られている。だから、この限られた原資から引かれる人件費を抑えることが、事業主にとって直接的に利益を生み出すことになってしまうのだ(認可外の場合は、原則、保護者の保育料によって運営されている)。

ただし、人件費を切り詰めるといっても、むやみに人員を削減することはできない。預かる子どもの人数に対して必要な保育士の人数は、次の表のように定められている。例えば4~5歳児の場合、子どもが30人につき一人。

これが、先ほどの人件費節減の論理と結びつくと、「基準内でぎりぎりの人数で回そう」という発想になる。

31人の子供の場合には、二人の配置が必要になるが、30人ぎりぎりなら一人でもよい。だから、30人に一人の労働者を配置するのがもっとも経営合理的となってしまう。

表 保育職員の配置基準

0歳児 子ども3人につき職員1人

1~2歳児 子ども6人につき職員1人

3歳児 子ども20人につき職員1人

4~5歳児 子ども30人につき職員1人

だが、この「基準ぎりぎり」の人員配置では、相当な無理を保育士が背負うことになる。休憩なく、分刻みでさまざまな業務をこなすことを強いられることも珍しくはない。

子どもを預ける保護者の長時間労働に対応して延長保育ともなれば、それを保育士のサービス残業でこなすことにもつながる。

さらに、小林美希『ルポ保育崩壊』(岩波新書)によれば、配置基準を守るために、「研修」の名目で、人員が足りないグループ内のあちこちの保育所に「ヘルプ」に出すケースもあるという。基準をぎりぎりに抑えるために、保育士が多数の職場を掛け持ちするというのだ。

このやり方をとると、保育士は休日もとれなくなってしまうことがある。極限まで少ない人数で、基準ぎりぎりに合わせるために、大きな負担が保育士にかかるのである(小林美紀氏の『ルポ 保育崩壊』(岩波新書)はぜひ読んでほしい。この問題の「労働問題」としての根深さがわかるはずだ)。

こうした、「ぎりぎりの保育職場」では、求人に記載されている労働時間や賃金などの労働条件を守ろうとしても守れないことも少なくない。休憩なしや休日出勤なしなどの条件を、そのまま求人に出しても人が集まるはずもないから、結果として、騙して労働者を雇い入れるという求人詐欺にもつながりがちだ。

だから、保育士の離職率は高い。人件費を抑えるために「求人詐欺」で採用し、だまされたことに気付いて次々やめていくのだが、それをまた「詐欺」で採用しているような保育園もあるほどだ。

(なお『求人詐欺』(幻冬舎)でこれらの問題は詳しく論じている)。

こうした労働環境の厳しさを改善することが、「保育問題」を改善するために必須だと思う。労働者の離職を抑えなければ、新しい保育所を作ろうにも、実現しない。

以上のように、今回のブログ問題の背後には「保育士の労働問題」が横たわっていることを、私たちは認識する必要があるだろう。

そして、今後、この実情を指摘するためにより適した「言葉」を生み出して、「労働問題」も含め、保育所不足の解決への道筋を作っていくことが大切だと思う。

「言葉が適切かどうか」を超えて、一刻も早く現状を変えなければならない。

労働相談から改善へ

最後になるが、今、保育園で働き、職場環境に耐えかねてやめようとしている方は、ぜひ、労働相談窓口を訪れてほしいと思う。

これ以上保育園を減らさないために、労働法の権利を行使して、職場を改善してほしいのだ。下に、無料の労働相談窓口を記しておいた。ぜひ、自分自身の権利のためにも、日本社会の未来のためにも、活用してほしい。

無料労働相談窓口

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

http://www.npoposse.jp/

相談無料。秘密厳守、全国対応。

筆者が代表を務め、特に、若者の労働相談を行っている非営利団体です。

総合サポートユニオン

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

http://sougou-u.jp/

労働法上の権利行使に加え、職場改善に積極的に取り組んでいます。東北、関西、関東を中心に対応しています。

ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

http://black-taisaku-bengodan.jp/

全国で、労働者の権利行使に取り組んでいる弁護士の団体です。

日本労働弁護団

03-3251-5363

http://roudou-bengodan.org/

全国で、労働者の権利行使に取り組んでいる弁護士の団体です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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