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現在進行中! ブラック企業の「洗脳研修」に気を付けろ!

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

4月から入社した新入社員のみなさんは、就職した会社の研修を受けている時期だろう。新入社員に対する社内研修といえば、ビジネスマナーや業界における基本知識を教えるようなものをイメージする方が多いのではないだろうか。

しかし、ブラック企業では、外部と遮断された研修施設等に一定期間拘束され、業務の内容とはまるで関係のない、新入社員をいわば「洗脳」する研修が行われている。この時期が、まさに「洗脳研修」の真っ盛りだ。

私たちの元に、ブラック企業の洗脳研修を受けた社員の親たちから、毎年悲痛な相談が寄せられる。

「子供連絡が取れなくなった。研修だというが、携帯電話まで取り上げるのはおかしいのではないか」

「研修のあと、子供の人格が豹変してしまった。家族にも会いに来なくなり、いつ連絡してもなかなかつながらない。煙たがられるようになってしまった」

「就職してから子供がやせ細っていて心配だ。しかし、声をかけても返事もしない。会社に取り込まれているようで、ほとんど家に帰ってこない」

もし友人や自分の子供と「研修で連絡が取れない」などということがあれば、とにかく一刻も早く会って洗脳を解かなければならない。本記事では、ブラック企業の「洗脳研修」の実態を報告し、対応策も示していく。

ブラック企業が行う「洗脳研修」の実態

ブラック企業ではどのような研修が行われているのだろうか。一つの事例を紹介しよう。

中堅の不動産会社に就職したAさんは、入社式の翌日から7泊8日の研修に参加した。研修は人里離れた施設で行われ、最初に携帯電話と財布が没収された。外部との接触が一切できないなかで、Aさんたちは1週間の間、精神的、体力的負荷をかけられ続けた。

特に異様に思われたのが、夜に行われたプログラムだった。一人一人がみんなの前でこれまでの人生について語る。それに対し、同期たちが上司に誘導されながら「粗探し」をするというものだった。同期を批判することも訓練の一部だと言われ、ひたすら同期の短所をあげつらって攻め立てあった。一人あたり1時間が費やされ、午後8時から翌朝5時前までこうした「訓練」が続けられたのである。

さらに、ろくに睡眠もとれないまま、翌朝は5時45分から研修が開始された。様々なテストを受けさせられ、そのたびに競争を煽られ、同期の間で順位がつけられた。毎日大声で「5分間スピーチ」を行うことを求められ、先輩たちがその内容を審査し、合否を判定された。不動産の知識を問うテストでは、満点が取れなかった同期が厳しく叱責され、なかには「もう一度やらせてください!殴ってください!」と叫ぶ者さえ現れた。朝6時半から川辺を本気で走らされる「早朝訓練」も行われた。途中で過呼吸を起こして倒れてしまった女性の同期がいたが、「過呼吸だから、時間が経てば治る」と救急車を呼ぶこともなかったという。研修時間以外もテストに向けた自習を行わなければならず、睡眠は1週間で合計7時間ほどしか取れなかった。

この事例からは人間性を無視した、あまりにも理不尽なブラック企業の「研修」の実態がわかる。これは特殊な事例だと思う方もいるだろうが、このような「研修」は決して珍しいものではない。特に飲食業界や小売業界では、有名大手企業においてもこのような「研修」が行われていることが知られている。

では、ブラック企業の「研修」の目的は何だろうか。それは、新入社員たちをある種の「心神喪失状態」に追い込み、正常な思考を奪い去ることである。

睡眠を取らせてもらうこともできず、正常な思考ができないなかで命令を繰り返され、それに従うことを繰り返すうちに、次第に、命令されたことはどんなことでもやるのが当たり前になる。これまでの人生で培った価値観は徹底的に否定・はく奪され、その代わりに、会社の業績こそが全てだという価値観を内面化していく。

このようにして、ブラック企業は新入社員たちの思想や行動をコントロールしようとする。これは「洗脳」と言っても過言ではない。競争意識を駆り立てられるなかで、新入社員たちが状況に順応しようとすればするほど、この「洗脳」の効果は強まる。

こうしたブラック企業の「洗脳研修」に共通する特徴は以下の点だ。

・眠らせない

・外部との連絡を遮断する

・同期の間で競争を煽る

・徹底的な自己否定によりアイデンティティを破壊する

「洗脳研修」の後に待っているエンドレスのブラック労働

研修を終えた新入社員を待っているのは、長時間労働と過酷なノルマだ。ブラック企業は往々にして違法な労務管理を行っており、通常であれば、入社したばかりの新入社員はその人間性を無視した労働環境に疑問を抱くはずだ。しかし、「洗脳研修」によって植え付けられた会社の業績こそが全てだという価値観がそうした疑問を抱くことを妨げる。

日々、業績ノルマに追い立てられ、睡眠時間もろくに取れず、次第に正常な思考を奪われ、「心神喪失」は加速する。違法な労務管理を告発するどころか、仕事を辞めるという冷静な判断さえできなくなってしまう。「異常な精神状態」のなかで、会社の業績こそが全てになり、どれだけ無理な要求を突きつけられても、命令に従うことしか考えられなくなる。

拙著『ブラック企業2―「虐待型管理」の真相』(2015年、文藝春秋)で明らかにしたように、実は、このぎりぎりの極限状態こそが、社員を最も「安く、長く」働かせることができる状態であり、ブラック企業にとって最も「うまみのある状態」なのである。そして、この状態に若者を仕上げていくことこそが、ブラック企業の労務管理の本質なのだ。

この状態に追い込まれると、周囲の親や友人が声をかけても、むしろ「うるさい」と反発するようになる。今、目の前にある膨大な業務をこなす以外のことは考えられないし、考えてはいけない。むしろ、「考えること」の方がつらくなる。何も考えないほうがもはや「楽」だからだ。

このように、ブラック企業の過酷な労働に従事させるために、「洗脳研修」は新入社員の価値観を変質させ、人格そのものを会社の論理に引きずり込む役割を果たしている。

「洗脳研修」と求人詐欺

ブラック企業が「洗脳研修」を行う理由はこれだけではない。「洗脳研修」は募集時・契約時に提示された労働条件を実質的に書き換えるかのような役割を果たす。先ほどのAさんの場合はこうだ。

配属が決まったAさんを待っていたのは長時間労働の連続だった。朝9時までに出社して、23時半に退社するような働き方がすぐに日常化した。

募集要項には「週休2日制」「長期休暇」と記載されていたが、当初から週休は1日であり、入社して数ヶ月が経つと、「お前も慣れてきただろ」と言って休みであるはずの曜日にも出社することを要求された。周りにも、一週間休みなく働く人は珍しくなかった。長期休暇もなく、有給休暇を取るという発想もなかった。

給与については、募集要項には「月20万円」と書かれていたが、実際には基本給が15万円ほどで、固定の残業代等を含めて20万円になるということだとわかる。どれだけ働いてもそれ以上の残業代は支給されなかった。

典型的な「求人詐欺」の事案だ。求人詐欺とは、求人票に本来よりも高い条件を提示することで、労働者を騙して採用するという手口である。この事例の場合、休暇については明らかに実態とは異なる条件で募集がなされており、給与についても、固定残業代について募集時・契約時には全く説明がなかった。明らかに騙されている(求人詐欺への対策ノウハウについては、拙著『求人詐欺―内定後の落とし穴』(2016年、幻冬舎)を参照していただきたい)。

しかし、社員たちはこれらのことを少しもおかしいと思っていないようであったという。というのも、「洗脳研修」によって「会社や上司の言うことは絶対」という意識を植え付けられてしまい、社員たちは騙されて入社させられたことにすら疑問を抱くことができなくなってしまうからだ。

こうして、ブラック企業は、募集時・契約時に提示した条件よりも低い労働条件で人を働かせることができる(もちろん法律上は労働条件が変更されるわけではない。このような場合、契約時に定めた労働条件に従って未払い残業代等を計算し、後からでも請求することができる。)。このように、「洗脳研修」には求人詐欺を成功させる効果もあるのだ。

NPO法人POSSEには、早くも今年4月入社の社員から、「求人詐欺」の相談が寄せられている。やはり、入社後すぐに「洗脳研修」が行われているのだという。私たちが抱える相談事例では、「求人詐欺」と「洗脳研修」がセットで行われていることが本当に多い。

「求人詐欺」を行う企業はあらかじめ、「洗脳研修」を準備し、「だまして入れて、洗脳する」という方法論を確立していることが疑われる。おそらく、「ブラック士業」の弁護士、社労士の入れ知恵なのだろう。

(尚、「ブラック士業」の実態については下記の記事を参照)

ブログ炎上で露わになった「ブラック士業」の実態

おかしいと思ったら、専門の窓口に相談を

ここまで読んでいただければ分かるように、短期的に人材を使い潰し、それによって利益を上げようとするブラック企業には、社員を長期的に育成していこうなどという考えは全くない。このようなブラック企業で無理に仕事を続けて、体調を崩して働けなくなってしまっては元も子もない

一方で、研修はそのような企業の体質に気がつくきっかけにもなりうる。

もしこの文章を読んでいる方のなかに、入社した会社がどこかおかしいと感じている方がいたら、迷わず専門の窓口に相談してほしい。一度冷静になって、このまま働き続けることができるのかを考えてほしい。そのためには、客観的な立場からの意見を聞くことが大切だ。相談するのは家族や友人でもよいが、一番よいのは専門家に相談することだ。以下に紹介するとおり、無料で相談を受け付けている窓口はいくつもある。

また、就職したばかりの家族や友人の様子がどこかおかしいと感じた場合も、専門の窓口に相談することをお勧めする。本人でなくても相談は受け付けてもらえるし、有効なアドバイスを得ることができるだろう。

今も、多くの人たちが、私たちと共に訴訟の準備をしている。すでに私たちに相談をくれている方々のように、早めに外部機関に相談してくれれば洗脳の効果は薄くなり、対応策も練りやすい。辞める時にもたくさんの賠償金を請求できる。ぜひ、洗脳研修の負けずに、自分のキャリアを守り抜いてほしい!

参考

『求人詐欺―内定後の落とし穴』(2016年、幻冬舎)

『ブラック企業2―「虐待型管理」の真相』(2015年、文藝春秋)

ブログ炎上で露わになった「ブラック士業」の実態

無料労働相談窓口

NPO法人POSSE(全国)

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

http://www.npoposse.jp/

総合サポートユニオン(全国対応)

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

http://sougou-u.jp/

ブラック企業被害対策弁護団(全国)

03-3288-0112

http://black-taisaku-bengodan.jp/

日本労働弁護団(全国)

03-3251-5363

http://roudou-bengodan.org/

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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