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横行する「求人詐欺」の実情 これだけ厳しい措置に政府が乗り出した理由

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

実際の労働条件よりも高い給料や手当で募集する「求人詐欺」が日本社会ではびこっている。今月から就職活動が解禁された大学生も、卒業後の就職先を探す際には特に「求人詐欺」かどうか注意して労働条件を確かめるべきである。

そんな中、今月3日、厚生労働省が「求人詐欺」を行う企業に対して懲役刑を含む罰則を加えることを検討していることが分かった。具体的には、固定残業代などがある場合はきちんと明記するよう指針を作成すること、そして実態と異なる求人をハローワークなどに提出した企業に対する罰則の強化が盛り込まれている(ただし、この規制には限界も多い。政策の問題点は下記の記事を参照)。

政府の「求人詐欺」取り締まり その課題と対策の在り方 

これまで「求人詐欺」に対しては一切の規制が適用されず、基本的には企業側のやりたい放題になっていた。今回の対策でも、求人詐欺を根本的になくすことは難しい。本記事では、求人詐欺の実情を報告しよう(尚、詳しい求人詐欺への対処法については、拙著『求人詐欺 内定後の落とし穴』(幻冬舎)を参考にしてほしい)

全く取り締まられていない「求人詐欺」

私が代表を務めるNPO法人POSSEには年間4000件以上の労働相談が寄せられており、今大きな話題となっている求人詐欺で騙されて入社してしまったという若い方からの相談も多い。今年3月に求人詐欺に対抗するハウツー本『求人詐欺 内定後の落とし穴』を著したが、その後も求人詐欺は一向に止む気配がないどころか、それによる被害は拡大していると言えよう。

今回、政府が取り締まろうとしている「求人詐欺」は、人手不足のなかでも低い労働条件で若者を募集するために開発された手法である。意図的に実際よりも高い給料を提示することで若者を呼び込み、入社直前もしくは入社後に会社が「本来」想定していた別の労働条件を示して無理やりサインさせたり合意させたりする。

「正社員」だと思って入社したら実際には「アルバイト」であったり、「月給20万円」という求人票の記載には実は「固定残業代5万円」が含まれていて基本給は15万円だったりと、全く事実と異なる求人で募集する企業は全く珍しくない。

この固定残業代とは、予め給料に残業代分を含んでおくという手法で、給料を高く見せるために悪用されている。

さらに求人詐欺はどの媒体に載っている求人でも起こりうる。「ハローワークに出されている求人だから」、「リクナビ・マイナビに載っているだから」安心できるわけではないのだ。実際に寄せられた相談を見てみよう。

(1)就職ナビサイトを通じた求人詐欺

Aさんは大学で開催されていた就職説明会であるゲーム製作会社の存在を知り「リクナビ」を通じて応募した。「リクナビ」には「給料21万円 賞与あり」と書かれていたので安心して入社したが、実際にはこの21万円に「50時間分の深夜労働手当」と「24時間分の休日労働手当」が含まれていることを入社して1か月後に契約書を渡されて初めて知った。連日の長時間労働で精神的にも参ってしまったが、残業代は支払われなかった。

(2)ハローワークを通じた求人詐欺で過労事故死

ハローワークに出されていた「新卒正社員募集・試用期間なし・月平均時間外労働20時間」という求人をみて、渡辺航太さん(死亡時24歳)は世田谷に本社があるグリーンディスプレイという百貨店などに草花・観葉植物を装飾する業務を請け負う会社に応募した。しかし実際には正社員ではなくアルバイトとして採用され、月100時間以上の残業を強いられた。1年後にようやく正社員となったが、夜勤を含めて22時間連続勤務を行った後の帰宅途中、過労と睡眠不足の影響でバイク事故を起こし亡くなった。

規制が全く無く、とにかく騙して入社させれば会社の「勝ち」

このように求人詐欺を通じて騙して採用し、若者を使い潰す企業は枚挙に暇がない。朝日新聞の調査によれば、リクナビで求人募集している企業で固定残業代があると書いている約190社のうち、国の定める指針に従ってきちんと労働条件を表記している会社はたった約3分の1程度だったという。 

むしろ、求人詐欺を行う会社は開き直ってすらいる。渡辺航太さんのお母さんによれば、航太さんが亡くなった後にグリーンディスプレイ社に対して求人詐欺について問いただすと「求人票を信じるほうがおかしい」と告げられたという。ハローワークという公的機関を通じて募集をかけておきながら、最初から騙す目的で本来よりもよい条件を提示して入社させ長時間労働で使い潰すことをやっておきながら、嘘を見抜けなかったあなたが悪いとこの会社は言っているのである。

もし「求人詐欺」と同じことがアパートに入居するときや、スーパーで買物をするときに起こっていたらどうなるだろうか。敷金1ヶ月分で契約書にサインしたのに、入居日直前になって「敷金は2ヶ月分だ」と言われたら誰だって怒るだろう。あるいは、スーパーで100円という値札がついている商品をもってレジに行くと「実は200円だ」と告げられたら、国の機関に苦情を言ったりするだろう。むしろ、国もそういったことについては一定の取り締まりを行っているはずだ。

「求人詐欺」に関しては上記の例と全く同じことが行われているにもかかわらず、これまで全く野放しにされてきていた。騙して採用しても企業には全く罰則が適用されず、同業他社が嘘をついて高待遇で募集している状況では、むしろ本来の労働条件で募集することは「不利」になってしまう。

しかし、新卒の学生や若者にとってこれほどまで理不尽なことはない。できるだけいい企業に入社して自分のキャリアを築こうと思っていても、そもそもどこがいい企業かすら判断することができないからだ。スーパーのチラシに載っている商品の値段が全て嘘の可能性があり、しかもある特定のスーパーだけ嘘をついているのでなく全てのスーパーで行われている可能性がある、そういう状況で就職活動を行うことを強いられているのが今の若者の現状だ。

だからこそ、国は早急な対応に乗り出したのだ。ただし、はじめにも述べたように、今回の国の対策は、仮に実現したとしても限界がある。すでに被害に遭われている方や被害が疑われる方は、現在の求人詐欺に対処するために、ぜひ下記の無料相談窓口を頼ってほしい。

無料労働相談窓口

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

http://www.npoposse.jp/

総合サポートユニオン(全国)

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

http://sougou-u.jp/

ブラック企業被害対策弁護団(全国)

03-3288-0112

http://black-taisaku-bengodan.jp/

参考資料

政府の「求人詐欺」取り締まり その課題と対策の在り方 

『求人詐欺 内定後の落とし穴』(幻冬舎)

『ヤバい会社の餌食にならないための労働法』(幻冬舎)

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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