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「しゃぶしゃぶ温野菜」で大学生刺傷事件 なぜブラックバイトは暴力的になるのか

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

昨年夏からニュースになっていた「しゃぶしゃぶ温野菜」運営会社でのブラックバイト事件は記憶に新しい。同社では、大学生の4か月連続勤務や数十万円にも及ぶ「自爆営業」の強制が問題となっていた。

この事件について、新たな事実が判明した。「ブラックバイトユニオン」が今月17日に行った記者会見を行ったところによると、同社では学生を過酷に働かせるために暴力で脅し、包丁で刺すなどの傷害事件が発生していたという。

そして今回、当該店舗の元店長らに対して被害学生が、殺人未遂罪・暴行罪・恐喝罪・脅迫罪で告訴状を提出し、「しゃぶしゃぶ温野菜」の運営会社を提訴した。本件はブラックバイト事件初の民事提訴で、また告訴状が受理されれば同時に初の刑事告訴となる。

ただ、ここまでくると、このケースは「特殊な事例」であるように見えるかもしれない。しかし、今回の事件の背景には、どのブラックバイトでも共通の要素がある。それは、職場の正社員の「ブラック労働」と、学生の「戦力化」である。店長自身が過酷労働で追い詰められ、「戦力化」している部下の学生に、暴力的に接してしまうのだ。

程度の問題こそあれ、今回のケースも「典型的なブラックバイト」の要素を持っており、それが過激化した事件だといえる。

そこで本記事では、ブラックバイトが時に「暴力化」する原因を解説する。

(尚、「しゃぶしゃぶ温野菜」の事件の詳しい経緯や、構造的な背景などについては拙書『ブラックバイト 学生が危ない』(岩波新書)に詳しくまとめられている)。

温野菜での刺傷事件の概要

まず、事件の概要を確認しよう。

今回被害を受けたAさんは、2014年5月から「しゃぶしゃぶ温野菜」のフランチャイズ店舗でアルバイトを始めた。交遊費を自分で賄うために始めたバイトで、Aさんとしては月に5万円ほど稼げばいいと考えており、当初は勤務も週4日程度で特に問題もなかったという。

しかし、同年12月ごろから状況が変わってくる。当時フルタイムで働いていたいわゆる「フリーター」の男性を含め、アルバイト数人が退職してしまい、店舗の人手不足が深刻化するにつれて、残りのアルバイトの負担が増していったのだ。

Aさんもこのころから週5〜6日の勤務となり、任される業務も営業中の接客や皿洗いだけでなく、閉店後の「クローズ作業」など増えていった。

そして時期を同じくして、今回問題となった、当時の店長らによるAさんを殴ったり首を絞めたりするなどの日常的な暴行が始まっていったという。さらに、そうした過酷な勤務に耐えかねて、徐々にAさんはアルバイトを辞めたいと思い始めていた。しかし店長にその旨を伝えたところ「辞めるなら、ミスが多いので懲戒免職にする。懲戒免職になると就職に影響が出るからな」などと言われ、Aさんはそれ以降辞めると言い出すことすらできなくなった。

2015年4月以降からはAさんは4か月もの間1日も休まずに連続勤務を強いられ、1日の勤務時間も昼の12時過ぎから深夜の25時すぎまで、1日12時間程度働いていた。

そして2015年5月以降(正確な日時はAさん自身も記憶が曖昧である)、店長は、店舗にあった調理用包丁(刃渡15cm)を持ち出して、勤務中のA さんの左胸を突き刺した。

他にもこの期間にはAさんへの制裁として20万円以上に及ぶ自腹購入を強いたり、Aさんの些細な仕事上の失敗を取り上げて、「(そのミスのせいで)店が潰れたら責任を取ってもらう、4000万円の損害賠償請求してやる」と言った発言があったとされている。

これらが今回の「殺人未遂罪・暴行罪・恐喝罪・脅迫罪」の告訴の内容である。

なお、Aさんはユニオンに相談した後、実際に店長への恐怖心を乗り越え、バイトを辞める決心がつくまでの数日間、勤務中の音声を録音していた。そこでは店舗内での暴行の証拠となる生々しい音声が残されており、今回その音声がユニオンによって公開された。

(ショッキングな音声なので、事前に注意してほしい)。

ブラックバイト事件の背景にある正社員のブラック労働

なぜアルバイトの現場でこれほどまでに凄惨な事件が起きてしまうのか。

この問題を考えるにあたって一つの鍵となるのが、アルバイトを管理する店長の過酷な労働内容だ。

暴力、パワーハラスメント、シフトの強要、賃金の未払い、自腹購入など様々な被害が見られるブラックバイトの相談であるが、実はその多くのケースで、被害を与える側の店長の労働環境もまた、過酷であるというケースが多い。

Aさんによれば、この事件でも、店長の女性社員も連続で8か月以上勤していた。それで暴力行為が正当化されることはないが、「自分自身も追い詰められている」という感情が、部下である学生に対する暴力を「自己正当化」する要因になっていたことは想像に難くない。

正社員の過酷な労務環境は、ブラックバイトの職場に共通している。私が代表を務めるNPO 法人POSSEに来た、コンビニの正社員の労働相談を紹介しよう。

都内で大手コンビニのフランチャイズ店舗を13店舗ほど経営する会社に就職したBさん。

求人では、各種社会保険の加入や、その他福利厚生の充実、週1日の休みなどが謳われていた。しかし実際に働き始めると休みは2週間に1日のみで1日当たりの労働時間も非常に長く、毎日7時から23時までほとんど休憩なしで働かされた。アルバイトが急に休んだり、やめてしまったりしたときに生じるシフトの穴は全て正社員であるBさんが埋めることになっていたためである。

過酷な労働にもかかわらず。Bさんには月に21万円の給与が支払われるだけで、残業代は一切支払われなかった。そのうえ、売上ノルマを達成するために、いわゆる「自爆営業」も行われていた。例えば、季節ごとにある「おでんセール」の目標を達成できなかったことを理由に、自腹で50〜100個のおでんを買わされていた。

Bさんはこの職場に4年間耐え続けたが、「うつ病で1ヶ月の療養を要する」との診断書が出た。それでもアルバイトの負担を考えるとやめられなかったという。この店舗にはほぼフルタイムで働いていて、納品や会計、陳列など店長と変わらない業務量を任されているアルバイトが勤務しており、その人の業務量も店舗の人手不足を原因として増えており、無給で働かされる時間も多くなっていた。結局Bさんアルバイトの負担を増やさないために、病気のまま働き続け、倒れて病院に運ばれるに至った。

この事例では、職場の人手不足、無理な売上ノルマなどの矛盾を、なるべくアルバイトに押し付けないようにするため、正社員のBさんが被害を受けた。しかしBさんがもしその矛盾を少しでもアルバイトに押し付けるとどうなるか。その瞬間、「自腹購入」「シフトの強要」「長時間労働」などの「ブラックバイト」事件となるのだ。

正社員とバイトで「ブラック労働」を「分担」する構図

現在、学生アルバイトの多い飲食店やコンビニなどのサービス業においては、業務内容がマニュアル化され、商品開発や経営戦略などを除いたほとんどの業務が正社員であろうとアルバイトであろうと「誰でも」出来る状態になっている。

そんな中、「本部」から与えられる、店舗運営のために課された膨大な量の仕事を、正社員とアルバイトがお互いに低賃金で「分担」する構図が生まれる。

「温野菜」でも最後Aさんは店長より早く職場に来て、仕込み作業をして、閉店後にも前述の通り「クローズ作業」を一人で任されていた。正社員である店長と同等かそれ以上に店舗運営の「戦力」だったのである。

一方、すでに述べたように、加害者である店長の労働環境も過酷であったことが確認されている。ユニオンの聞き取りによると、店長は当時Aさんの倍の8か月間もの間、休みなく働き続けていたという。自分自身が追い詰められていたために、学生アルバイトを暴力で駆り立てずにいられなかったのかもしれない。長時間労働の結果、すでに鬱病に罹患していた可能性も否定できない。

もちろん、だからと言って、今回の事件は学生アルバイトの弱い立場を利用した許されないものであって、店長が免責されることにはならない。しかし、単なる衝撃的な「暴力事件」としてこの事件を見てしまうと、問題の本質が分からなくなってしまう。

問題の根本的な解決のためには

では、こうした正社員とアルバイトが大量の業務を分担する構図自体を変えるための方法はあるのか。

その一つの対案は、正社員とアルバイトが共同して労働組合(ユニオン)に加入し、職場の改善を会社に求めるという方法だろう。

今回の事件を問題化したブラックバイトユニオンでは、すでにそのような実践が行われている。昨年団体交渉が行われ、新聞などでも報道された、京都市の先斗町での居酒屋の事例である。

この居酒屋で働く学生は、テストのためにシフトを調整してもらえないかと店に打診したところ、解雇になってしまった。またこの店舗では、チャージ料の取り忘れが給料から天引きされたり、賃金未払いなどの違法行為もあったため、相談を受けたユニオンと学生は復職や未払い残業代の請求、その他職場環境の改善を求めて交渉を行った。

そして、この学生アルバイトが、同会社で働く社員に声をかけたところ、一人の元正社員の男性が団体交渉に参加することになった。この男性は夜の24時過ぎまで働き、終電を逃すこともしばしばだった。その結果、月に100〜200時間という残業をさせられていたにもかかわらず、残業代が月2万円しか払われていなかった。

このように、利害を共にするはずの社員とアルバイトが協働して職場の改善を交渉することが、両者の間での「暴力的関係」を防ぎ、労働条件をよりよくしていく方法だと思われる。

そのためにも、今の職場で「ブラック」な働き方に直面している社員にせよ、アルバイトにせよ、まずは労働組合(ユニオン)に相談してみてほしい。もちろん、私が代表を務めるNPO法人POSSEでも弁護士やユニオンを紹介できる(末尾の連絡先を参照)。

最後になるが、正規・非正規の間の労働の「押し付け合い」がここまで過酷になる背景には、その業務量やノルマ、そして予算削減の要請が店舗に課せられていることがある。今回の記事では詳しく論じられないが、飲食店や小売店は、業界全体の改善も求められるべきだろう。

ブラックバイト対策のノウハウがわかる本

『ブラックバイト 学生が危ない』(岩波新書)

*この本では、ブラックバイトの実態や対処法を余すところなく解説されている。

『ヤバい会社の餌食にならないための労働法』(幻冬舎文庫)

*この本では、とにかく簡単に、労働法の「使い方」を解説している。

無料労働相談窓口

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

http://www.npoposse.jp/

ブラックバイトユニオン

03-6804-7245

info@blackarbeit-union.com

http://blackarbeit-union.com/index.html

総合サポートユニオン

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

http://sougou-u.jp/

*ブラック企業問題に対応している個人加盟ができる労働組合。

ブラック企業被害対策弁護団(全国)

03-3288-0112

http://black-taisaku-bengodan.jp/

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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