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参院選前にチェック!解雇の金銭解決、導入されたらどうなる?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

7月10日投開票の参院選まで、一週間を切った。そろそろどの政党を選ぶか、各政党の公約などを見比べる人もいるのではないだろうか。この記事では、そのための一つの材料として、現在、安倍政権のもとで議論されている雇用改革の中身を紹介したい。なかでも、労働者の生活に大きな影響を与える可能性のある、「解雇の金銭解決制度」を取り上げよう。

「解雇の金銭化一制度」とはどんな制度か?

そもそも「解雇」とは、使用者と労働者の間で結ばれた雇用契約を、使用者の側から一方的に解消するものを指す。しかし、突然、契約を解消されてしまうと、労働者にとっての不利益が大きいことから、解雇は、労働契約法によって次のように規制されている。

「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」(労働契約法16条)

つまり、ある労働者が解雇された場合には、その解雇が正当な理由にもとづいてなされていることが必要なのだ。そして、正当な理由ではない場合には、解雇は無効になる。

もし解雇が裁判で無効だと判断された場合には、職場復帰できるのはもちろんのこと、裁判期間中に未払いになっていた分も給与もすべて支払われることになる(ただし、その期間にアルバイトなどをしていた場合、その給与額は差し引かれる)。

では、「解雇の金銭解決」制度が導入されるとどうなるのか。もっとも懸念されていることは、「金さえ払えば解雇してもよい」制度になってしまい、仮に不当な理由での解雇だと裁判で認められた場合でも、職場復帰ができなくなってしまうという可能性があるということだ。

例えば、「顔が気に入らない」とか、「態度が気に入らない」といった解雇が「金」で解決できるようになるかもしれない。さらには、「残業代を請求した」「反抗的」などという理由で職場から放逐することもできてしまう恐れもある。

このように、職場復帰が封じられることで、労働側は意見を言うこともできなくなり、「経営独裁」が実現してしまう懸念が指摘されている。この「経営独裁」への懸念から、この制度には労働側からの反発は強く、「カネで決着をつけるのか」と労働組合は警戒感を強めているのである。

今、どこまで議論は進んでいるのか?

現在、この解雇の金銭解決については、規制改革会議や産業競争力会議を経て、「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」のなかで議論されている。

検討会の議論においては、金銭解決制度は、金を払うことによって解雇しやすくするものではなく、労働者の選択肢を増やすためのものであると言われている。この「労働者の選択肢」とは、次のようなものだ。

争いとなっている解雇が無効となった場合、それは、雇用契約が継続していたことを認めることになる。そうすると、労働者は元の職場で就労継続(復職)する可能性が生まれるが、トラブルがあった会社ではもう働きたくないと思う労働者もいるだろう。職場復帰以外の選択肢として、金銭によって雇用契約の解消を認める制度が設けられていれば、労働者の選択肢が増える、というわけだ。

すぐに気づくことだが、この検討会の議論は次のことを前提にしている。それは、この申し立ては労働者からのみ認められるべきであるということである。もし使用者側にも金銭解決の「選択肢」が認められれば、逆に、労働者側は職場復帰の選択肢を失うケースが出てくるからだ。

使用者側に申し立ての権利が与えられてしまうと、仮に裁判等で解雇の無効性が認められ、労働者が職場復帰を望んだとしても、使用者が金銭によって事件を終了させてしまうことが可能となる。まさに「金さえ払えば解雇できる」状態を成り立たせてしまうことになるから、労働者側だけにその選択権を与えることは妥当な考えであろう。

このように、「労働者側」からの主張という前提に立つなら、「解雇の金銭解決」は、「労働者の選択肢」を増やす制度になるかもしれないと考えられている。

金銭解決制度は必要なのか?

以上を踏まえたうえで、現実にはこの制度は本当に必要なのだろうか。

そもそも、裁判等で解雇が無効となった場合、労働者が金銭によって契約関係を解消させることは、すでに行われている。「解雇が無効」と判決された後に、金銭での和解を行うことは一般的であり、法的に障害もない。また、判決が出る前に、金銭和解でスピード解決することも一般的だ。

すでに和解というかたちで金銭による解決は実施されているのであるから、金銭解決制度が必要であるとの考えは、説得力に欠けるように見える。労働側から反発があることは先に述べたが、労働側に限らず、さまざまな立場から疑問が呈されている。労働法学者の菅野和夫教授や経営側の代理人として有名な石嵜信憲弁護士も、制度の必要性は乏しいとの見解を示していることは、広く知られた話である。

ただ、現場の視点からは、一定の条件の下で、この制度のメリットが「まったくない」と言い切ることもできない。それは、現在の違法解雇の和解の水準が極めて低いため、それを押し上げるために、高額の「金銭解決制度」を導入した場合である。

先の検討会では、「グローバルにも通用する紛争解決システム」の構築を目指しているとあるが、その水準は、ドイツやイタリアなどの1~2年分とすべきであろう。この水準で制度化されれば、現在よりも解決水準が高まる可能性がある。

また、現状ではあっせんや労働審判、裁判といった、どの解決手段を用いるかによって、解決水準に大きな格差が存在する。労働審判では3~6ヶ月分、裁判では1年分の給料で和解するのが相場である。高い水準での金銭解決の制度化は、あっせんや労働審判での解決水準を立法で押し上げ、格差を是正できる可能性を持っている(尚、現状では解雇の問題を解決する場合、外部の「労働側」の専門家に相談するのが最も解決水準を上げる。末尾に相談窓口を記載しておいた)。

このように、解雇の金銭解決が、「労働側からの主張」に限られることを前提にして、これまでよりも高い水準での金額で制度化されれば、労働者にとってメリットのある制度になる可能性がある。このような立場から、労働側に立つ研究者たちからも、金銭解決に肯定的な意見があることも事実である。

選挙の争点にすべき!

繰り返しになるが、解雇の金銭解決制度は、「どのように制度化されるのかまったくわからない状態」である。もし使用者側からの金銭解決が可能になれば、使用者による選別が自由になされうる可能性を広げてしまうし、労働側のメリットになり得る金銭解決の「水準」に達するのかもはっきりしない。

また、はじめは労働側に限られていても、徐々に規制が緩和され、「女性だから」、「外国人だから」、「組合員だから」といった理由での解雇を、合法化するようなルール作りの第一歩にならないとも言い切れない。

労働法の分野では、派遣法や裁量労働制において、はじめは厳しい規制の下に導入されながら、徐々に規制緩和されてきた制度がいくつもあるのが実際のところなのだ。

今回の参議院選挙の争点にこの制度は明確に挙げられてはいないが、着々と議論は進んでいる。本来であれば、このような「未決定の制度」についてこそ、与党は具体策を示し、国民に公約して信を問うべきだと思う。

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03-3288-0112

http://black-taisaku-bengodan.jp/

参考資料

解雇・退職強要への対処法 リストラ時代の基礎知識(yahooニュース個人)

『ヤバい会社の餌食にならないための労働法』(幻冬舎)

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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