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内定後が危険 オワハラ、内定切り、求人詐欺への対処

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

2017年3月卒業予定の大学生を対象とした採用試験や面接は、今年6月から本格的にスタートした。すでに内定を得た大学生は、来年4月からの就職先が決まって一安心しているところだろう。

しかし、残念ながら内定を得たことで安心してはいけない。私が代表を務めるNPO法人POSSEには、内定を得た大学生からいわゆる「オワハラ(就活終われハラスメント)」や「内定取り消し」、「求人詐欺」といった労働相談がいくつも寄せられているからだ。。

これから働き始める大学生にとって重要なのは、むしろ、内定を得た後にどう過ごすかである。本記事では求人詐欺、オワハラ、内定切りについて説明していこう。

(求人詐欺やオワハラへの対処方について、詳しくは拙著『求人詐欺 内定後の落とし穴』(幻冬舎)も参考にしてほしい。求人詐欺の実態や手口、業界分析、対処法を「ハウツー」としてまとめてある。すでに内定を得ている学生も、求人詐欺に備えて参考にしてほしい)

内定後に起こる「求人詐欺」という落とし穴

内定を得たことで4月から就職する先の企業は決まったかもしれない。しかし、重要なのは入社した会社でどのような労働条件で働くかだ。そこで気をつけなければいけないのが、求人詐欺である。

求人詐欺とは、実態とはまったく異なる労働条件を求人票に書きこみ、嘘をついて採用するという手法のことを指す。この求人詐欺は国の公的機関であるハローワークに寄せられた求人で広く行われていることを厚生労働省が明らかにしている。

また、求人詐欺は、就活中の大学生のほとんどが利用している就活サイト「リクナビ」でも横行していることが分かっている。今年おこなわれた朝日新聞の調査によれば、基本給に残業代を予め含めることで給料を高く見せる「固定残業代」について国の指針通りに記載している会社は、約190社のうちでたったの3分の1だったという。

「固定残業代」とは、表示されている月給にあらかじめ残業代を含みこむ制度である。国や裁判所はこの「固定残業代」が有効になるためには、何時間分の残業代が含まれているのかが明確にされていて、尚且つそれをあらかじめ学生が分かっている必要があるとしている。これが守られなければ、実際の賃金はまったくわからないのだから、当たり前の指針だろう。しかし、これがあまり守られていないのが現実だ。

つまり、固定残業代を用いている企業では、就活生にきちんと労働条件を明らかにしている会社のほうが圧倒的に少数派で、多くは就活生を騙して呼びこむために意図的に給料を高く見せているのだ。

この固定残業代の活用は2010年ごろから急激に広がってきた。特に、IT、外食、介護、保育、小売りなどの業界や、営業職では固定残業代が用いられていないことの方が珍しいほどだ。

3つの事例をみてみよう。

(1)大学のキャリアセンターを通じた求人詐欺

美術系大学を卒業してデザイン事務所に新卒で入社したAさん。大学に寄せられた求人では月21万円のデザイナーの仕事だったが、実際に働いてみると同じ会社が運営しているカフェの運営をさせられた。給料も月17万円と、4万円も少なかった。

(2)ハローワークでの求人詐欺

Bさんはハローワークで見つけた大手商社の求人に応募し採用された。ハローワークの求人では1日8時間労働で基本給21万円となっていた。しかし、毎日夜10時まで働かせられて残業代が全く付いていなかった。おかしいと思い会社に問い合わせると、21万円のうち6万円は固定残業代だと告げられた。

(3)就職ナビでの求人詐欺

大学生のほとんどが登録する就職ナビで見つけた会社に入社したCさんは、入社直後に契約書にサインするよう迫られた。不審に思い契約書の中身を確認すると、もともと19万2000円だった基本給が16万円になっており、残りの3万2000円を固定残業代とするという内容だった。給料の減額を拒んでいると「もともとうちは16万円で採用する予定だった」と告げられ、嫌なら辞めろと言われた。就職ナビに固定残業代の記載は一切なかった。

結局、彼らはみな新卒で入社した会社をすぐに辞めざるを得なかった。もし「実際」の労働条件が予め分かっていたら、当然これらの会社には入社せずに別の会社に入っていただろう。内定が決まって安心していると、このようなリスクが伴うことがあるのだ。

オワハラ、内定切り

就職後に起こるトラブルは、求人詐欺だけではない。「オワハラ」や「内定切り」のトラブルも後を絶たない。

オワハラとは「就職活動終われハタスメント」のことであるが、特定の企業から内定を出す代わりに、同社への就職を迫られることになる。

オワハラは不本意な企業への就職の強制であるため、求人詐欺とセットで行われることが多い。騙している悪い企業ほど、他者への就職活動を無理やり閉ざすことで、自社に封じ込めようと画策するわけだ。

オワハラには上に見たように面接で内定と引き換えに就職活動をやめるように迫る「交渉型」と、内定後に研修などを要求して実質的に他社の選考に応募できなくする「拘束型」がある。

基本的に、これらのオワハラには「屈しない姿勢」が重要だ。日本では強制労働は認められないので、学生には内定を断る事由がある。損害賠償もほとんどの場合、発生しない。

研修にしても、「嘘をついて」断り、他社の面接に行くなどしても大丈夫だ。もちろん、そのことがばれてしまえば会社にいやがらせをされたり、最悪の場合内定取り消しもあり得るだろう。だが、内定の取り消しはそう簡単には法的に有効にはならないのである。

尚、内定を取って安心していたところ、内定取り消しを一方的に通告されるケースも相次いでいるが、この場合にも、ほとんどの場合は違法になると考えていれば大丈夫だ。会社側が倒産しそうになっていたり、あるいは学生側が大学を卒業できないなど重大な問題を引き起こしていない限りは、内定切りが認められることはほとんどない。

「内定後」に備える

以上のようなリスクがある以上、これらの「内定後」トラブルに遭ってしまうことを考慮して予め備えておくことが重要だ。

まずやっておくべきことは、内定時や内定後にもらった資料やメールはすべて保管し、説明会での内容などをすべて記録しておくことだ。入社前もしくは入社後に、勝手に給料を減らされたり別の契約書にサインを強要させられたりしても、学生にはもともと約束した労働条件で働かせるように求める権利がある。しかし、その記録がなければ、どういった条件で約束したかを証明できず不利になってしまう。そのため働き方に関わる内容をすべて残しておくことが大切だ。

説明会や採用面接についてはICレコーダーなどで隠して録音しておくことを強くお勧めする。法律上も、自分の権利を証明するための録音は認められているので心配する必要はない。

「オワハラ」をされたとしても、それに従う必要は全く無い。そもそも学生には職業選択の自由があるので、どの企業に入社するかに関して会社側がとやかく言う権利はない。また常識的に考えて、学生にどうしても入社して欲しいのであれば他の企業よりも高い労働条件を約束すればいいのであって、強制的に他社の内定を辞退させる必要はない。

内定切りに対しても求人詐欺と基本的な対応方法は同じだ。きちんと内定を得ていたことを証明できるように、会社とのやり取りの資料を残し、説明会や面接は録音する。そうしておけば、ほとんどの場合、内定取り消しは違法になり、損賠賠償の交渉などが可能になる。

早めの専門化への相談を

最後になるが、「おかしい」と思ったらすぐに相談することだ。会社側は学生の無知に漬け込んで「求人詐欺」や「オワハラ」などの脱法行為を行ってくる。予めそれらに対抗する知識を持って準備しておくのが良いが、なかなか難しいだろう。そこで、とにかく早めに私たちのような労働NPOや労働者側の立場にたって相談を受付けている弁護士などに相談することだ。「オワハラ」は早めに対処すれば4年生のうちにまた別の企業を選択することができる。ぜひ下記の無料相談窓口を頼ってほしい。

無料労働相談窓口

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

http://www.npoposse.jp/

総合サポートユニオン(全国)

03-6804-7245

info@sougou-u.jp

http://sougou-u.jp/

ブラック企業被害対策弁護団(全国)

03-3288-0112

http://black-taisaku-bengodan.jp/

参考資料

政府の「求人詐欺」取り締まり その課題と対策の在り方 

『求人詐欺 内定後の落とし穴』(幻冬舎)

『ヤバい会社の餌食にならないための労働法』(幻冬舎)

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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