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介護職場の違法状態は改善できる! 労基「是正勧告」で改善された事例

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

近年、数多くの報道でも紹介されるように、介護の職場では労働環境が非常に劣悪な状況が広がっている。しかも、労働基準法という最も基本的な法律が守られていないことが度々指摘されている。実際に、多くの労働者は「仕方がない」「介護業界はこんなもの」とあきらめてしまっている。

そこで今回は、違法な介護職場を労基署が「是正」した事例を紹介しよう。労基法違反の状況は、適切に通報することで状況改善が可能なのである。

全国チェーンの介護事業者「茶話本舗」の事例

一つ目の事例は、株式会社日本介護福祉グループがフランチャイズ展開する「茶話本舗」(宿泊付きデイサービス。いわゆる「お泊りデイ」)の事例だ。フランチャイズ(FC)の事例とはいえ、全国規模に展開する大手ブランドである。

今月4日、介護・保育業界の労働者を組織する「介護・保育ユニオン」は、仙台市若林区にある「茶話本舗 デイサービス 霞の目亭」(運営会社:ディスグランデ介護株式会社)に対し、労働基準監督署から是正勧告が出されたと発表した。

NHK「介護サービス事業所が違法残業などで是正勧告」8月4日

同事業所の労基法違反は次の点である。

  • 賃金がタイムカード通りに支払われていなかった(労働基準法24条違反)
  • 8時間以上の労働時間に対して1時間の休憩を取らせていなかった(労働基準法34条違反)
  • 時間外労働を行わせるために必ず必要な協定書を作成していなかった(労働基準法36条違反)
  • 割増賃金が適切に支払われていなかった(労働基準法37条違反)
  • 定期健康が行われていなかった(労働安全衛生法施行規則44条違反)

どれも介護業界では「よくあること」である。だが、賃金の支払い方や休憩時間の取得は厳格に法律で義務付けられている。これらの義務を果たさないことは、れっきとした刑事法違反なのだ。

労基法違反を隠ぺいする「偽装工作」

さて、このような違法労働は珍しいものではない。ではなぜ労働者は我慢しているのだろうか? その答えの一つが、事業主側が巧みに違法行為を隠ぺいするところにある。単純なものでは「この業界ではこれが当たり前」などと言いくるめるものだが、もっと巧妙なやり口も存在する。

今回の事件では、極めて巧妙な「偽装工作」が行われていた。同事業所では、夜勤勤務時の労働時間を計算する際に、本来は1日分として扱う労働時間を、2日に分けて計算していたのだ。具体的には、深夜0時を過ぎた分を「翌日」として扱う。こうすることで、一日8時間を超えた場合に発生する割増残業代の支払い義務を逃れようとしたわけだ。

これはもちろん明らかな法律違反である。以前にも同じような「偽装工作」を行った会社が多数あったのだろう。旧厚生省は通達を発してこの「偽装工作」が違法であることを告知している。

昭63.1.1.基発第1号

1 法定労働時間

(略)

(2) 一週間の法定労働時間と一日の法定労働時間

一日とは、午前〇時から午後一二時までのいわゆる暦日をいうものであり、継続勤務が二暦日にわたる場合には、たとえ暦日を異にする場合でも一勤務として取り扱い、当該勤務は始業時刻の属する日の労働として、当該日の「一日」の労働とするものであること。

(略)

この通達によれば、夜勤の場合など労働日が2日にわたる場合でも、1日としてカウントする必要がある。では、労基法違反を隠ぺいするこの「偽装工作」で、この事業所はどのくらい不当に儲けていたのだろうか?

時給800円で、当日の16時から翌日の9時までの勤務の場合を考えてみよう。

通達通りに計算すると、16時間の連続の勤務(休憩を1時間とるとした場合)となり、16時から22時までは通常の時給額(A、1.0倍)、22時から24時は深夜割増を加えた時給額(B、1.25倍)、24時から5時までは深夜割増と時間外割増を加えた時給額(C、1.5倍)、5時から9時までは時間外割増を加えた時給額(B、1.25倍)を支払う必要がある。休憩を24時から5時の間に1時間とるとすると、4800円(A×6×800)+6000円(B×6×800)+4800円(C×4×800)=15600円となる。

しかし、1日分を2日に分けて計算すると、(1)16時から24時の8時間、(2)24時から9時までの9時間と分けることができる。(1)・(2)ともに8時間を超えているため、それぞれ1時間の休憩をとる(ともに深夜時間帯とする)と、(1)は通常の賃金が5時間と深夜時間2時間の計7時間、(2)は通常の賃金4時間と深夜時間4時間の計8時間になる。そうすると、同じく時給800円の場合、(1)は4000円(800円×5×A)+2000円(800円×2×B)=6000円、(2)は3200円(800円×4×A)+4000円(800円×4×B)=7200円、(1)+(2)は13200円となる。

このようにして、夜勤1回につき2400円分が未払いになる。しかも、「茶話本舗」では夜勤勤務は一人体制であることが日常化しているため、休憩も与えていない。休憩分2000円(800円×2×B)も合わせると、夜勤1回につき、4400円も未払いになる。企業側から見れば大きな「儲け」が転がり込むのである。

全国各地でだされている「是正勧告」

ここまでを見て、この施設がとりわけひどいために労基署から是正勧告がだされたと思う読者もいるだろう。だが、是正勧告がだされた介護事業所は全国に数多くある。いくつかの例をあげておこう。

宮城県内の社会福祉法人が運営する有料老人ホーム

割増賃金が適切に支払われていなかった事業所に対し、労働基準法37条違反で是正勧告が出された。

神奈川県内の株式会社が運営するデイサービス

即日解雇を行った労働者に対し、解雇予告手当を支払わなかったことに対し、労働基準法20条違反で是正勧告が出された。

これらは労働者が前述の「介護・保育ユニオン」に相談し、申告した事例である。このように、違法行為に対して行政は黙ってはいない。しっかりと法律違反を指摘することで改善ができるのだ。

介護士の処遇改善のためにも、労働基準法違反の是正が大事

私が代表を務めるNPO法人POSSEには介護士からの相談は寄せられているが、労働基準法違反がない事業所はほとんどない。特に多いのが、残業代(割増賃金)の未払いだ。所定の時間以外は給与が支払われていないという相談が非常に多い。

ただ、巧妙な「偽装工作」がされていたり、労働者が言いくるめられている場合がほとんどなのが実情だ。だが、今回事例を紹介してきたように、それらは違法行為であるので、きちんとして手続きを踏めば行政からの是正勧告を引き出すことができる。

是正勧告というのは改善「命令」であるので、事業所はこれを無視できない。今回のような是正勧告は職場の改善に結びつくだろう。もちろん、匿名で申告して職場を改善するということも不可能ではない。ただし、匿名で申告するためには証拠をしっかりと固めるなど、素人には難しい側面も否定できない。また、事業主の「偽装」を見抜くことも専門家のアドバイスなしには難しいだろう。

だからこそ、職場に違法行為が疑われる場合には、ぜひ専門家に相談してほしい。

されに言えば、職場には人員配置やパワハラなど、多岐にわたる問題がある。実は、これらの問題は労働基準法違反ではないので、労基署を活用することで解決することは難しい。そうした問題に対しては、労働組合であるユニオンによる交渉が高い解決力を持っている。労基署の活用だけではなく、労基署の管轄外の問題に対処するためにも、外部の専門家に相談するのが良いということだ。

最後になるが、違法行為が横行する中で、きちんと法律を守っている事業所も多数存在している。労働法の基準を守らせていくことは、まともな企業を生き残らせることにもつながるのであり、業界改善の第一歩になると思う。この記事を読んだ介護士の方は、是非一度自分の職場の状況について考えてみてほしい。

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03-6804-7650

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ブラック企業被害対策弁護団(全国)

03-3288-0112

http://black-taisaku-bengodan.jp/

参考資料

どのようにエステティックTBCの違法労働は改善されたのか?

命を奪う介護労働の実態 「ワタミの介護」との類似性から考える

「介護事故」の担い手にならないために

『ヤバい会社の餌食にならないための労働法』(幻冬舎)

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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