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大手保育園で横行する労働基準法違反 辞める前に行政を動かそう

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

今月2日、保育業界大手・株式会社日本保育サービスの運営する横浜市の保育園に対し、横浜南労働基準監督署より、労働基準法違反の是正勧告が出されたと発表された。同社の労働者を組織する介護・保育ユニオンによるものだ。

横浜市は、待機児童ゼロを掲げ、保育所の拡充を図り、全国的にも注目されている地域であり、株式会社日本保育サービスはその中で事業所を拡大してきた会社だ。今回の労働基準法違反は、重く受け止められるべきだろう。

同ユニオンによれば、これまで寄せられた保育士からの相談のうちのおよそ八割に休憩が取れない、残業代が支払われていないなどの労働基準法違反が見られるという。違反内容は類似のものが多く、全国の保育園で同じような労働基準法違反が横行している可能性が高いと考えられる。

保育園では、園児を相手にする仕事であり、休憩が取れない、サービス残業など違法であることが分かっていても、「仕方がない」「子供のために誰かやらねば」と改善をあきらめてしまう労働者が多いのが実情だ。

しかし、労働基準法は、刑事罰付きの強い法律。労働者が訴え出ることで行政が動き、必ず是正させることができる。

本記事では、横浜市にある保育園で働いていたAさん(22歳、女性)と、仙台市の保育園で働いていたBさん(21歳、女性)の事例を紹介しながら行政を動かす対処法について紹介しよう。

残業の自己申告の悪用、持ち帰り残業による残業代未払い

横浜市の日本保育サービスで働いていたAさんは残業代未払いの被害に遭っていた。

この保育園では、勤怠管理をICカードで行っていながら、支払われる賃金は本人の残業申請に基づいて行われていた。しかし、この残業申請には制限が設けられていた。

残業申請を制限するルールは次のようなものだった。

(1)開園・閉園作業は労働時間としてカウントしない

(2)園児の保護者に向けたクラス通信は一枚15分までとする

(3)職員会議は、実際の所要時間にかかわらず、1時間 としてカウント

(4)保護者面談は、30分以上かかった時だけ申請できる。

このルール通りに申請すると、実際に働いた時間よりもずっと少ない時間しか「働いた時間」として申請できない。実際にAさんは、「直接子供に接する保育以外はサービス残業にされることが多かった」という。

加えて、持ち帰り残業があった。持ち帰り残業になっていたのは、盆踊り大会や、節分の豆まき会など、毎月保育園で催される、行事の準備(衣装やパネル作成など)だ。こうしたイベントの準備は、どうしても園児たちが帰った後、残業で行う必要があったが、それを園長が許さなかった。Aさんは、仕方なく、作業を持ち帰り残業とせざるを得なかった。

以上のような「社内ルール」は、労働基準法違反であり、刑事罰の対象となり得る。日本保育サービスに対しては、残業代未払いについて労働基準法第37条違反の是正勧告が出されており、会社は一部の未払い賃金支払いをすでに行っている。

保育士不足で休憩時間がとれない

次に仙台市のBさんの事案をご紹介しよう。こちらの保育園を運営する会社に対しても、労働基準法34条違反(休憩が法定通り取れていない)、労働基準法37条違反(残業代が支払われていない)などについて労働基準監督署が是正勧告を出しており、是正勧告を受けた点について、会社の改善がすでに始まっている。

残業代未払いについては、ほとんどAさんと事情は同じだった。ただ、この保育所では残業代の不払いに加え、休憩時間について違法行為が見られた。

休憩時間について労働基準法は、労働時間6時間を超えた場合に45分間、8時間を超えた場合には1時間の休憩時間を与えなければならないと定めている。休憩時間は、「働いている人が、雇用主の指揮命令から完全に解放され、自由に使える時間でなければならない」とされている。法律通りに休憩時間が与えられていることを判断するポイントの一つは、保育園を離れて休憩をとれるかどうかだ。

Bさんのいた保育園では、園児が昼寝をしている部屋での休憩を取るように指示されていた。園児が目を覚ましたりすれば、即座に対応しなければならない状態だった。しかも事務作業をする時間がなかったので、多くの保育士は、園児たちが寝ている間に連絡帳の記入などの事務作業を行っていた。完全に違法な状態だったのである。

労働基準法違反は、コツさえつかめば、必ず改善できる

繰り返し述べてきたように、労働基準法は刑事罰を含む法律で、この法律の取り締まりに当たる労働基準監督署には逮捕や家宅捜査を行う司法警察としての権限が与えられており、悪質なケースでは会社は書類送検される。だから、休憩が取れない、残業代が未払いであるなどといった、労働基準法違反は必ず、改善させられるのだ。

しかし、現実には、労働基準監督署に行っても動いてくれない場合も多い。実は、労働基準監督署を動かすのには、いくつかのコツがある。相手はあくまでも法律に基づいて動く行政機関。そのため、行政が動きやすい「形式」を整える必要があるのだ。

問題の法的整理や、労働時間や残業代未払いを示す証拠をそろえかた、記録の取り方、窓口で違反の通報を、きちんと「法律に則った形」で行うことが「コツ」の中身である。

このような「コツ」をうまくつかんで通報するためには、専門家のアドバイスを受けるのが手っ取り早いだろう。この二つの事例の場合にも、「介護・保育ユニオン」が労働者に助言をして、行政を動かすことに成功している。

また、労働基準監督署が証拠不十分として行政指導を行えなかった労働基準法違反についても労働組合を使えばさらなる追及が可能だということも知っておいてほしい。

会社の違法行為を通報しようにも、証拠が手に入らない場合もある。だが、会社は労働組合との団体交渉に誠実に応じる義務を負っており、手元に残すことができなかったタイムカードや賃金明細などの証拠の提出を、労働組合であれば会社に求めることもできる。それらをつかって、個人では追及できなかった会社の法違反の改善を求めることができる場合もあるというわけだ。

保育士をあきらめる前に相談をしてもらいたい

実は、Aさんも、Bさんも、劣悪な労働環境の中で、健康を害し、新卒で入社してから1~2年で保育士を退職せざるを得なかった。ふたりとも、小さなころから保育士の先生にあこがれ、短大で保育士の資格を取り、入社の時には夢の仕事につけたことをとても喜んだという。しかし今、二人とも言葉をそろえて言う「保育士として働くのは怖い」。

労働基準法が守られないような職場では、過重な労働が求められる。それは保育士の「仕事の質」に直結する。余裕なく働けば、やがて好きだった子どもとも笑顔で接することができなくなる。邪険に扱ってしまいかねない。だから、責任感の強い保育士ほど、「働くことが怖い」と感じてしまうのだろう。

介護・保育ユニオンのブログで、Bさんは次のように思いを語っている。

「労働環境もひどいものでした。休憩はほとんどとれず、行事の大小道具は無給の持ち帰り作業。そしてこの保育所は、新卒の私たちに仕事のやり方を何も教えてくれませんでした。私はいきなり1歳児の担任になりました。右も左もわからない中で、頑張りましたが、会社のサポートは一切なし。それでいて、何かの問題が生じたときには矢面に立たされました。そんな毎日に私はどんどん余裕がなくなっていきました。大好きな園児と一緒でも笑ってあげられないことが増えていきました。本当に子どもたちに申し訳ないという思いでいっぱいになりました。体調も崩し始めた私は、ついに職場を辞めざるをえませんでした。あんなに好きだった保育士には、今も戻ることができないでいます」。

もし、最初から労働基準法が守られるような人員体制の余裕があれば二人の状況も違っていたかもしれない。

全国で同じように労基法違反に悩みを抱える保育士の方がいるだろう。保育士不足の今日、違法行為の是正は社会正義だといってよい。もちろん労基法だけで職場のすべての問題が解決するわけではないだろうが、少なくとも改善の糸口にはなるはずだ。

労働基準法違反は必ず、改善させることができる。仕事の辛さに悩む保育士の方にはぜひ、一度、専門機関に相談していただきたいと思う。

無料労働相談窓口

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TEL:03-3288-0112

HP:http://black-taisaku-bengodan.jp/

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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