Yahoo!ニュース

金需給の憂鬱 ~第1四半期の金需給の傾向と対策~

小菅努マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)が16日に発表した「Gold Demand Trend」によると、今年1~3月期の世界金需要は932.0トンとなり、9年ぶりの低水準となっていたことが確認された。前年同期比では17%(187.4トン)の減少となる。

宝飾需要は前年同期比+3%の520.0トン、テクノロジー需要が同-4%の102.0トンなど、加工需要には特に目立った変化は見られなかった。また、ここ数年に話題の公的部門(各国中央銀行など)に関しても、同-5%の109.2トンであり、この辺の数値は概ね最近のレンジ内での動きに留まっている。

大きな変化があったのは投資部門であり、金上場投資信託(ETF)関連需要は前年同期が53.2トンだったのに対して、今年1~3月期は176.9トンの売り越しになっていたことが確認された。差し引きすると230.1トンの需給緩和圧力であり、当該期間の新産金が688.0トンだったことと比較すると、金ETF部門だけで金生産が突如3割増しになったのと同レベルの需給インパクトがあったことが確認できる。

WGCは、「これらの株式(※筆者注:金ETFのこと)の大半は、金の長期ファンダメンタルズに基づき買い増されてきたもの」とした上で、「ETFから金保管口座に資金が移動した影響で、一部投資家は金相場に対して強気見通しを維持している」と解説している。すなわち、単純に金ETFという直接的には金現物から切り離された金投資から、金保管口座というより現物投資に近い手法にシフトしていることが、ETF売却圧力の一因とのロジックである。

しかし、その受け皿となる金現物投資(バー・コイン)は前年同期比+10%の377.7トンに留まっており、重量ベースでは僅か35.2トンの増加に過ぎない。金ETF市場で発生しているメインの動きは、金投資手法の変化というよりも、金市場そのものからの資金引き揚げとみるのが妥当だろう。

画像

■絶望的な2013年の金需給バランス

さて、こうした需給構造の変化を受けて、1~3月期の金需給は総需要932.0トン、総供給1,051.6トンとなり、119.6トンもの供給超過となっている。四半期ベースで金需給が供給超過になることは決して珍しいことではなく、実際に昨年も4~6月期が114.1トン、7~9月期が56.5トン、それぞれ供給超過となっている。

しかし、今季は価格高騰で需要全体が緩やかに減少しているといった通常の需給調整ではなく、金ETFという一項目が劇的な変化(悪化)を見せていることに注目すべきと考えている。

従来は、「投機売り」と「現物買い」の対立が話題になったとしても、「投機売り」は主にペーパー金である定期市場における売り圧力の話になるため、金需給に対する直接的な影響は限定されていた。しかし、今回の「投機売り」はETF市場を通じて現物需給にも直接的な影響を及ぼしているため、従来の投機売りよりもはるかに深刻な影響を及ぼすことになる。

しかも、金ETF売却はいまなお現在進行形で継続しているものであり、Bloombergの集計によると4月から5月21日までで既に272.7トンもの大量売却が行われている。これによって、金ETF市場のみで年初から累計500トンを超える需給緩和圧力が働いている計算になる。しかも、昨年は7~12月期にETF部門は225.9トンの需要を創出しており、仮にここで金ETF売却に歯止めが掛かったとしても、年間ベースでは700~750トン規模の需給緩和圧力が働く可能性が高まっている。そして現在の売却ペースがあと2ヶ月続くと、年間1,000トンを超える需給緩和圧力を想定しておく必要もある。金の年間市場規模4,500トンと比較すれば、金需給はもはや絶望的な状況に陥ったと言わざるを得ない。

画像

■金ETF関連需要の落ち込みを相殺できない

この状況を覆すシナリオとしては、宝飾・現物投資といったいわゆる消費需要の拡大がもっとも実現可能性が高いものである。しかし、この分野は過去の相場急落局面でも変動幅は四半期ベースで100トン前後に留まっており、金ETF売却量を全て吸収するのは不可能だろう。

また、公的部門の存在にも注目したいが、この分野は「価格低下で買い付け量を拡大する」といった性質のものではないため、大きな変動は想定しづらい。2011、12年は年間500トン前後の需要規模で安定しており、今回発表された1~3月期のデータをみても、大きな変動は想定しづらい。米金融緩和政策が更に加速してドルが急落、欧州債務不安の蒸し返しでユーロが急落といった事態にならない限り、サプライズを想定しづらくなっている。中国を筆頭とした新興国の動向に注意すべき程度だろう。

この状況でも需給バランスの崩壊を阻止するシナリオがあるとすれば、筆者はスクラップ供給の減少を想定していた。昨年のスクラップ(リサイクル)供給は1,590.7トンとなっていたが、価格低下で供給量が大幅に削減すれば、大幅な供給超過を回避できるシナリオもあると考えていた。しかし、1~3月期のスクラップ供給は前年同期比で僅か4%(16.2トン)の減少に留まっており、2000年代前半の年間800~900トン規模まで落ち込む兆候は確認できていない。

メディア等では金投資環境の悪化ばかりが大きく取り上げられる傾向にあるが、その影響は需給環境にも着実に及び始めていることが確認できるデータとなっている。この需給の歪みをどのように解消していくのか、これから金需給は大きな問題に直面することになる。

画像
マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

1976年千葉県生まれ。筑波大学社会学類卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人、メディア向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト。コモディティレポートの配信、寄稿、講演等のお問合せは、下記Official Siteより。

小菅努の最近の記事