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先物勧誘の電話は掛かってくるのか? 商品先物取引の勧誘規制見直し

小菅努マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

経済産業省と農林水産省は1月23日、商品先物取引の勧誘を規制した商品先物取引法施行規則の一部を改正したと発表した。

現在の法規制においては、商品先物取引は国内取引所、海外取引所を問わず、原則として勧誘を要請していない顧客に対して、訪問や電話によって取引を勧誘することが禁止されている。これを不招請(ふしょうせい)勧誘規制と言い、自社における継続的な取引関係にある顧客や同じく自社におけるハイリスク取引の経験者(例えばFX取引)、初期投資金額以上の損失が発生しない「損失限定取引」などの例外を除いて、電話や訪問で突然に商品先物取引を勧誘することは禁止されている。

これは法律で認められた公設の取引所取引としては異例なことだが、2000年代前半から中盤にかけて商品先物取引業者と顧客との間で苦情・紛争が相次いで発生したことで、事実上は営業活動ができなくなるような強力なレベルの規制がかけられている。

ただ、その後は相次ぐ行政処分でいわゆる「悪徳業者」の市場からの撤退が進んだ影響もあり、近年は苦情発生件数が著しい減少傾向を示している。例えば、自主規制機関である日本商品先物取引協会に対する苦情件数は、1999年度に503件に達していたのが、2013年は28件、14年は16件まで減少している。

これは、過去10年だけでも出来高が8割も減少するなど市場規模が急激に縮小した影響も大きく、必ずしも額面通りに受け止めることはできない。国内商品先物取引の勧誘に携わる外務員数をみても約85%減少しており、苦情件数の減少は当然であり、寧ろ減少しない方が異常とも言える。

このために当然に規制緩和には主に消費者団体から反対の声もあったが、2015年6月に閣議決定された「規制改革実地計画」で『「商品先物取引業者等の監督の基本的な指針」において、適合性の原則の確認に関し、年齢、収入、資産等の具体的な考慮要素を踏まえ、総合的な判断を合理的に行えることを明確化する。また、勧誘等における禁止事項について、顧客保護に留意しつつ市場活性化の観点から検討を行う』と決定されていたこともあり、今回の法改正に至った。要するに、「商品先物市場の規模縮小と商品先物取引に関する苦情・相談件数の減少」(経産省、農水省)を受けて、顧客保護と市場活性化のバランス修正が行われたという訳だ。

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■商品先物取引、勧誘規制見直しのポイント

今回の法改正のポイントは、三つある。

第一に、不招請勧誘の対象外となる顧客の幅を広げたこと。従来は自社でFXや日経先物などのデリバティブ取引を行った経験のある顧客だけに不招請勧誘が可能だった。しかし今後は、1)他社でデリバティブ取引経験のある顧客、また対象外だった2)株式の信用取引経験者にも、勧誘対象の枠を広げることが可能になる。他に、3)65歳未満で年金生活者以外、かつ年収800万円以上、もしくは金融資産2,000万円以上を保有する者、または弁護士や公認会計士、証券アナリストなどの専門的知識を有していると考えられる有資格者も勧誘対象者になった。

現実問題としては、商品先物取引業者にとって、誰がこれら不招請勧誘の対象外になるのかは分からないため、直ちに勧誘ができる訳ではない。例えば、自社のFX取引経験者に商品先物取引の勧誘を行うことは容易でも、他社でFX取引を行った経験があるのか否かは、商品先物取引業者に知る術がないためだ。ただ、これまでの営業ができない状況からは、一歩抜け出した形になる。

第二に、契約前の措置として、顧客の投資リスク理解の徹底が求められたこと。契約から実際の取引開始まで14日間の「熟慮期間」を設けること、経験不足の顧客については90日間にわたって投資上限額の3分の1までの取引に限定することなどが定められている。

第三に、事後措置として法令違反の業者に対しては厳正な処分を行い、悪質な違反行為を行った外務員に関しては永久追放する自主規制ルールを導入することが定められている。

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(出所:農林水産省ウェブサイト)

■先物勧誘の電話は掛かってくるのか?

今回の法改正を受けて、マンション投資のように商品先物取引を勧誘する電話が急増するのか懸念の声もあるようだ。

ただ、実質的にはこれによって従来のような電話営業ができる訳ではなく、現段階では業界でも規制緩和の動きを受けて、直ちに営業体制を見直すような動きは見られない。法的には電話営業の道も一部開けた形になるが、それを実行できるかは全くの別問題である。これまでの営業ができないレベルの勧誘規制に耐えてきた商品先物取引業界では、規制緩和が正しい判断だったと消費者委員会サイドにも認めてもらうため、昔とは変わったことを示す必要がある。

経済産業省と農林水産省も、「施行1年後を目処に実施状況を確認し、必要に応じて見直し(委託者保護に欠ける深刻な事態が生じた場合には、施行後1年以内であっても必要な措置を講ずる。)」として、仮に規制緩和が間違いだった場合には、直ちに従来の規制体制に戻すルートを確保している。

そもそも、各社ともに大規模な電話営業ができるような体制を有していないが、6月1日から新たな規制ルールが施行される中、商品先物取引業界の真摯な取り組みが求められることになる。

なお、本稿はできる限り中立的な立場で執筆したが、筆者は商品先物取引会社に所属していることを確認しておく。

マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

1976年千葉県生まれ。筑波大学社会学類卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人、メディア向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト。コモディティレポートの配信、寄稿、講演等のお問合せは、下記Official Siteより。

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