物価の安定とは何であるのか
2月20日に日銀の森本審議委員の講演を元に、あらためて「物価の安定」とは何であるのかについて考えてみたい。
日銀法第二条には、「日本銀行は、通貨及び金融の調節を行うに当たっては、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって、その理念とする。」とある。
その前の第一条には「日本銀行は、我が国の中央銀行として、銀行券を発行するとともに、通貨及び金融の調節を行うことを目的とする。」さらに二項として「日本銀行は、前項に規定するもののほか、銀行その他の金融機関の間で行われる資金決済の円滑の確保を図り、もって信用秩序の維持に資することを目的とする。」とある。
日銀法上、日銀の目的は信用秩序の維持であり、理念として物価の安定を掲げているが、この理念が1月の決定会合でターゲット、つまり正式に目的に格上げされたような格好となっている。
それでは「物価の安定」とはいかなるものなのか。これ概念的に定義すると、「様々な経済主体が、物価水準の変動に煩わされることなく、消費や投資などの経済活動にかかる意思決定を行うことができる状況」だそうである。これでは良くわからない。森本委員は物価の安定とは、「雇用の増加と賃金の上昇、企業収益の増加などを伴いながら経済がバランスよく持続的に改善し、その結果として物価の緩やかな上昇が実現する状態」だとしている。
安倍首相はデフレ脱却という状況は貨幣的状況なので、それは日銀の金融政策において行うとしている。さらに日銀法改正についてもいまだに示唆しており、そこには日銀にFRBのように目的に雇用の安定も含ませようとの思惑もあるのではなかろうか。
金融政策により雇用を改善させ、賃金も上昇させるとなれば、その前提となるのは、本来であれば企業業績の回復も伴わなければならず、森本委員は「その結果として」物価の緩やかな上昇を実現させるとしている。
これは安倍首相の意向から考えれば真逆の発想とも思われる。デフレは貨幣的現象なのだとすれば、金融政策でもし物価が上がれば、それにより企業業績も回復し、雇用も賃金も改善する、という発想なのではなかろうか。
「輸入物価が上昇するような場合には、物価上昇率が先行して高まることもあり得ますが、この場合、交易条件が悪化して家計や企業の実質所得は減するため、景気の改善を伴わない物価上昇となります。日本銀行が目指すのは、こうした姿での物価上昇ではありません。」(森本委員)
政府はさすがにG7、G20後には海外からの批判を押さえ込むため、円安を意識させる発言を控えるようになったが、そもそもアベノミクスと呼ばれる動きは、円安も意識されていたことは確かであり、それによる株高が景気改善への期待を起こさせた。結果としては円安による輸入物価の上昇もある程度は避けられないはずである。
「わが国の場合、長期間にわたり前年比ゼロ%近傍の低い物価上昇率が続いてきましたので、現在は、これを前提に形成された低い予想物価上昇率を基に意思決定がなされる姿が定着しています。こうした現状を前提とすれば2%の「物価安定の目標」は高すぎるとの印象を持たれるかもしれません。」(森本委員)
印象を持たれるというより、その意見は日銀の審議委員内部からも出ていた(1月の金融政策決定会合議事要旨より)。
「今後、日本経済の競争力と成長力の強化に向けた幅広い主体の取り組みが進展し、企業や家計の成長期待を高めることができれば、その先も持続可能な物価の安定と整合的な物価上昇率は高まっていくと考えられます」
つまりは政府の提唱している三本の矢がデフレ脱却には必要であるということであろう。デフレの解消は日銀の金融政策だけでは無理であり、物価の上昇が起きうる状況を整備する必要がある。それには中央銀行による大胆な金融緩和だけでは、もしそれで物価に影響を与えたとしても、物価上昇だけが先行してしまう懸念もあるのではなかろうか。