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2%の物価上昇の道筋とリスク

久保田博幸金融アナリスト

日銀の宮尾龍蔵審議委員は、4月18日の岐阜県での講演において、2%物価安定目標への道筋を示した。それによると、

1.海外経済の正常化は、わが国の輸出・生産の回復基調を後押しし、企業収益を高めます。

2.基調的なリスクオンの継続と米国長期金利の緩やかな上昇により、さらには日本銀行の強力な緩和策により、資産価格や為替レートを含む金融環境は緩和した状態がサポートされます。

3.それらは企業の設備投資や構造変革など前向きな動きを後押しし、潜在成長率の緩やかな上昇をもたらします。

4.持続的な景気回復期待のもと、家計の消費支出も堅調に推移し、需給ギャップの改善を伴いつつ物価は徐々に上昇します。

5.この間、人々のインフレ予想も徐々に高まり、こうしたもとで、2014年度中には消費者物価上昇率は 1%程度を超えて高まっていきます。

最初のポイントは、世界経済の安定化、それによる世界経済の回復基調をまず背景に上げている。二番目の基調的なリスクオンの継続という言葉からも読み取れるが、リーマン・ショックや欧州の信用不安という大きなショックの後退により、世界経済の回復が日本経済にも影響を与えるとしている。

リスクオフからリスクオンの動きに変わって何が起きたかと言えば、円安である。もちろんイタリアやスペインの国債利回りの低下などもあるが、急激な円高の修正が入った。そこにタイミングよく、安倍政権の登場により円安の流れが加速させ、米国の株式市場の上昇などもあり、東京株式市場は大きく上昇した。積極的な金融緩和への期待が、資産バブルのような状況を生み出した結果、資産価格が上昇した。

ここまでは確かに現在の動きの解説となる。問題は4月4日に異次元緩和と呼ばれた緩和を行って、企業の設備投資をどのようにしたら前向きにさせられるのか。人々のインフレ予想も徐々に高まり、こうしたもとで、2014年度中には消費者物価上昇率は 1%程度を超えて高まっていくとしているが、これは異次元緩和がなくても、世界的なリスクの後退での影響で、可能であったのではなかろうか。

そもそも安倍首相や、岩田副総裁のこれまでのコメントを考えれば、特に海外要因等にたよらずとも、マネタリーベースを大胆に引き上げれば物価は上がると言っていなかったか。実際、すでに日銀の当座預金残高は岩田氏が2%の物価上昇に必要と言っていた70~80兆円に届こうとしている。これですでに2%の物価上昇は可能となる状態にいるということになるのではなかろうか。

少なくとも宮尾委員は世界経済を取り巻く環境の改善、日本の景気回復とともに物価上昇をもたらすことを可能にするとの認識と思われる。日銀の金融政策はこのように流れを押すことは可能かもしれない。しかし、岩田氏の過去の発言からは、日銀の当座預金残高を倍にすれば、物価を上げられるとしている。そのために日銀は発行額の7割もの国債を買い入れる結果となっている。何かおかしくはないだろうか。

「先日の金融政策決定会合における議論を通じて、長期国債の大規模な買入れと年限長期化といった施策は、イールドカーブ全体に一段と強力な下押し圧力を掛けるという点で、これまでの私の提案を上回る強力な緩和効果が期待できると判断し、後述するコストやリスクも勘案したうえ、「量的・質的金融緩和」の導入に賛成することとしました。」(宮尾審議委員)

確かに異次元緩和を受けてイールドカーブは一時大きく低下し、10年債利回りは0.315%、20年、30年の利回りは1%割れとなった。しかし、その後イールドカーブはそこから跳ね上がっている。日銀が国債を大量に買い入れることで国債市場の機能に影響を与えかねないとの懸念も出て、国債市場は乱高下した。長期金利は日銀が操作できるものではないことは、これを見ても明らかであろうし、ここからのイールドカーブの低下にどれほどの意味、というか効果があるのか。このあたりも説明していただきたい気がする。

イールドカーブの低下により企業・家計の借入負担を軽減するとの説明はあったが、すでに長期金利は世界最低水準にまで沈んでおり、その恩恵はすでに十分に得ている。何といっても恩恵を受けているのは日本政府であろう。企業は借り入れどころか自己資金が豊富なところも多い。

銀行や機関投資家などのポートフォリオ調整により、国債投資から銀行信用やリスク資産への投資にシフトする、との期待も述べているが国債とリスク資産での市場規模は桁が違う。日銀がそもそもリスク資産の買入額に比べて、国債買入額を極端に多くしたのはそのマーケット規模が大きな理由であったはずである。

今回の措置は「期待」への働きかけを重視しています、とも宮尾委員は指摘している。「2%の消費者物価上昇率を目指すシナリオが道筋に沿って徐々に実現していくと、それを人々が実感して先行きの見通しに対する信頼を強めます」とあるが、その理論的な背景となっている日銀の当座預金残高と物価の上昇の関連性をどのように見たら良いのか。すでに70兆円に達しようとしている当座預金残高で、どのような働きかけが物価にされているのか。むしろここが聞きたいところである。そこをはっきり説明してくれなければ、その期待なるものはいずれ懸念に変化してくる可能性がある。

「大規模な国債買入がもたらす金利を起点とした全般的な波及ルートと、通貨量のコントロールを新しく導入して、インフレ予想へ働きかけるルートを同時に追求することで、デフレ脱却に向けた強いメッセージを示し、政策効果をより高めようとする枠組みと理解できます」(宮尾審議委員)

大規模な国債買入がもたらす財政ファイナンスへのリスク波及ルートと、通貨量のコントロールを導入しても効果なかった前回の量的緩和時と同様にインフレ予想に働きかけることはかなわず、資産バブルを促進し、それが崩壊してしまうという結果にはなるまいか。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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