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米株変調の一因か、フラッシュ・ボーイズとHFT

久保田博幸金融アナリスト

ここにきて米国株式市場の動きに変化が生じているように思われる。大きな流れが出てくる可能性もあり注意が必要になりそうである。そのひとつの兆候にナスダック指数がある。債券市場の動向を見る上でも、米国株式市場の動きも確認しているのだが、ダウ平均と比べて値動きが荒くなってきている。

4日の米国市場では発表された3月の米雇用統計がほぼ予想通りの数字となったことで、天候が悪化していた割に雇用は安定しているとの見方から、S&P総合500種やダウ平均は昨年末に付けた過去最高値を上回った。ところがその後、米国株式市場は大きく下落し、ダウ平均も前日比159ドル安、ハイテク株の比率が高いナスダック総合株価指数は、前日比110ポイントもの下落となった。昨日もハイテク株を主体に続落となり、ダウ平均は166ドル安、ナスダックは47ポイントの下落となった。

S&P総合500種やダウ平均が一時最高値をつけるなど、まさに高値波乱の様相となっているわけだが、特にグーグルやヤフーなどIT関連やバイオテクノロジー関連の株がかなり乱高下しており、それがナスダック指数の大きな変動に繋がっている。これらの値動きの荒い銘柄は、モメンタム銘柄と呼ばれているようで、コンピュータを使った超高速取引(HFT)が影響している可能性がある。

4月6日の日経新聞によるとHFTを手掛ける投資会社「バーチュ・ファイナンス」は4月初めに見込んでいた上場を延期した。同社が上場に向けて3月に開示した資料のなかに、「過去5年間で負けたのはたった1日」と掲載されていたそうで、これが問題視された。

ブルームバーグによると、取引所が23兆ドル規模の米株式市場を操作していると主張するマイケル・ルイス氏の新著「フラッシュ・ボーイズ (原題)」が3月31日に発売され、高頻度取引にかつてない厳しい目が注がれる中で、バーチュはIPO計画の延期を決めたそうである。

「バーチュ・ファイナンス」は2009年から2013年まで取引を行った1238日のうち損失が出たのはたった1日だけだったとしている。コンピュータを使ってのシステム売買と呼ばれるもので、利益をあげることはかなり困難であることをまず知って頂きたい。過去の値動きを元に、たとえば移動平均線の組み合わせなどを使って、売り買いの基準を作りそれを自動発注させて儲けを継続させる確率はかなり低い。過去のシミュレーションが未来の値動きを当てることはまずないためである。これは債券ディーラーとして先物主体に短期売買を14年間やってきた経験から断言できる。

ところがバーチュ・ファイナンスは月間や年間ベースではなく、デイリーで1238日のうち1日しか損失が出なかったというのは、ありえないとされたシステム売買の錬金術を完成してしまったのかと思わせるようなものである。当然、ここにはカラクリが存在するはずである。

債券先物取引が始まってまもなくのころ、債券取引で大きな利益を出していた外資系金融会社があった。のちに聞いた話からは、どうやら当時、国内金融機関は現物債の空売りが制度上できなかったことを利用し、現物の空売りを組み合わせた裁定取引で利益をあげていたとされる。制度上の隙間をうまくついて利益を出していたのである。

HFTとは「ハイ・フリークエンシー・トレーディング」のことであり、コンピュータ・システムを使って価格や注文情報を「いち早く」取引に生かせる。マイクロ秒単位のようなわずかな時間差を利用して人間が行っている売買の隙を捉えて、細かく稼ぎ、それが積み上がって利益を得ていた可能性がある。取引所はHFTがかなりの売買高の割合を占めてきたことで、積極的に売買システムを更新し、HFTを引き込もうとしていた。東証の売買代金に占める割合は今年1~3月の1日平均で4割超に達している。

HFTは相場を乱高下させ攪乱する要因ともなるが、流動性を高める役割も結果として担っている。しかし、コンマ秒の世界での取引には当然、人間の目はついていけない。何かしらのタイムラグをみつけて、そこにつけ込んで利益をあげることもひとつの手段であろうが、そのような取引が増加すると、2010年におきた米国株の急落といった事態も招きかねない。債券先物の初期にあった裁定取引のように見つけたもの勝ちというのもあろうが、これらはシステムや制度上の隙を突いたに過ぎない。

4月2日のWSJの「高頻度取引描いたマイケル・ルイス氏の「フラッシュ・ボーイズ」」という記事によると、マイケル・ルイス氏は新著「フラッシュ・ボーイズ」で、高頻度取引業者は、高度なコンピュータ技術や光ファイバー、マイクロ波の電波塔を悪用して数千分の1秒単位で他の投資家に先がけて取引を執行し、大手の投資家も悩ませる今日的な市場の無法者だと語ったそうである。彼らは証券取引所を過去に例のない大きな変動を繰り返すコンピュータの化け物にしてしまったと。

今回、「バーチュ・ファイナンス」の取引については米司法省やFBI、SEC、CFTCなども調査に乗り出しているようだが、大口売買より先に仕掛けるというのは、何らかの違法な手段が絡んでいた可能性もありうる。HFTにはそろそろ何かしらの規制も必要になってくるのではないか。相場を本来形成するのは市場参加者による思惑という原点に立てば、むしろ排除してほしいと考える。このあたりのHFTの動向も睨んで、最近の米国株の動きにやや異変が起きている可能性がある。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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