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預金封鎖の真の目的

久保田博幸金融アナリスト

昨日のコラムで戦後の預金封鎖の目的について、NHKの番組をもとに書いたが、この番組のなかで、日本総合研究所調査部の河村小百合上席主任研究員がコメントをしていた。なぜだろうと思っていたが、預金封鎖について調べていたところ興味深いレポートが見つかった。日本総研の河村小百合研究員が「財政再建にどう取り組むか」というタイトルのレポートで詳しく触れていたのである。今回はこのレポートの内容をもとに、もう少し預金封鎖の目的について探ってみたい。

「財政再建にどう取り組むか」

─国内外の重債務国の歴史的経験を踏まえたわが国財政の立ち位置と今後の課題─

https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/jrireview/pdf/7020.pdf

預金封鎖の本来の目的は特に秘密にされていたわけではない。我々世代では現代史についてはさらっとしか授業は受けておらず、預金封鎖についても銭から円単位に切り替えられた程度の知識しかなく、本来の目的に触れる機会がなかっただけかと思う。

河村氏のレポートでは「重債務国が財政運営に行き詰まり、非連続的な国内債務調整が行われる場合の典型例として、わが国の第二次大戦後の経験を、財政当局監修のもとに公表されている資料等を基に検証した」とある。

終戦の前年の時点で日本が抱える国債・借入金の対国民所得比は約260%と、現在の政府債務規模に匹敵する水準であったが、英国の1946年の債務残高もGDP比269%となっていた。第一次世界大戦後のドイツの天文学的インフレを除くと、これが先進国史上最悪の水準になるが、日本も同水準の債務を抱えていたことになる。

「終戦とともに、財政運営の継続は困難となり、わが国の政権・財政当局は、「取るものは取る、返すものは返す」という政策運営方針のもと、大規模な国内債務調整に踏み切った。」(JRI河村氏のレポートより)

NHKの特集でも、大蔵官僚の発言として、以下の言葉が紹介されていた。

「天下に公約し国民に訴えて発行した国債である以上は、これを踏みつぶすということはとんでもない話だ。取るものは取る。うんと国民から税金その他でしぼり取る。そうして返すものは返す」(NHKのサイトより)

それでは何をとって、どう返していたのか。河村氏は下記のように説明している。

「具体的には、終戦の翌年の昭和21年2月、預金封鎖と新円切り替えを電撃的に実施し、後に続く異例の課税に先立って国民の資産を差し押さえた。そのうえで、同年秋以降、1度限りの空前絶後の大規模課税として、ほぼ全国民を貧富の差なく対象とする「財産税」課税を断行し(=「取るものは取る」)、それを原資に内国債を可能な限り償還した。外国債に関しては、わが国は戦時中の昭和17年からすでに債務不履行状態に陥っていた一方で、内国債の元利償還は、このような異例の財源手当てによって、形式的には維持された(=「返すものは返す」)。」(JRI河村氏のレポートより)

つまり預金封鎖と新円切り替えの目的は、国民の財産を把握するだけでなく、それを差し押さえことが目的であった。財産税により、差し押さえたものから強制的に徴収することで、それを原資に内国債の償還に当て、債務を減少させていたのである。

ちなみにここに日銀の存在はない。日銀が国債を買えば国民にとっては恩恵で、政府のバランスシートは落とせる、みたいな論理が通用しないことは、このような歴史が証明している。政府債務は債務不履行という手段を取らない限り、国民がそれを返済する義務があり、適切に債務を削減させていかない限り、その手段はこのような強制的なものともなりうるのである。

「他方、戦時中に国民や国内企業に対して約束した補償債務については、「戦時補償特別税」の課税によって、実質的な国内債務不履行を強行した。封鎖預金は、これらの「財産税」や「戦時補償特別税」の納税に充当されたほか、民間金融機関等の経営再建・再編に向けての債務切捨ての原資にも充当された。これが、わが国で終戦直後に実施された、非連続的な国内債務調整、すなわち国内債務デフォルトの概要である」(JRI河村氏のレポートより)

対外債務は実質的なデフォルトとし、対内債務についてはハイパーインフレでかなり目減りしてたが、最終的には預金封鎖と新円切り替えで国民の財産を差し押さえ、財産税により徴収した資金でそれを返済した。そして、戦時中に国民や国内企業に対して約束した補償債務については、戦時補償特別税の課税というかたちでチャラとしたのである。

「あくまで、敗戦後という特殊な局面での事例ではあるものの、政府債務の大半を国内資金で賄う重債務国が、非連続的な形で清算を迫られる場合の一類型であるといえよう」と河村小百合研究員は解説している。現在の日本も同じ課題を抱えていることは確かである。

NHKの番組では渋沢敬三元蔵相の「申し訳ないと思う。国民に対してこんな申し訳ないことはない。私は焼き打ち受けると思った。それくらい覚悟した。」との発言も紹介している。

日本国債については、膨大な国民の金融資産があるからいくらでも発行しても問題ないとの指摘がある。その指摘はあながち間違いではない。もしもの時にはこのような形で、我々の資産がなかば強制的に政府の債務返済に充てられることがありうることを歴史が示している。それをさせないためにはどうすべきか、我々はあらためて考えるべき時に来ているのではなかろうか。繰り返すが日銀が国債を買えば済む問題ではないし、それはむしろ問題を悪化させかねないのである。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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