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円安にブレーキ、黒田発言の意図

久保田博幸金融アナリスト

日銀の黒田総裁は10日午後の衆院財務金融委員会で民主党の前原氏への答弁において、「実質実効為替レートがここまで来ているということは、ここからさらに実質実効為替レートが円安に振れるということは、普通に考えればありそうにない」と語った。

実質実効為替レートは昨年、すでに1973年以来、42年ぶりの水準となっている。何を今更との発言であったものの、市場は「ここからさらに(実質実効為替レートが)円安に振れるということは、普通に考えればありそうにない」と()の部分を無視して反応してしまったのか。

この黒田総裁の発言をきっかけに10日のドル円相場は124円台半ばから122円台半ばに急落したとなれば、市場の早とちりとなろう。しかし、私自身はこの発言ではなく、違う黒田総裁の発言に「えっ」と驚いた。黒田総裁はこの衆院財務金融委員会で鷲尾英一郎氏(民主)、丸山穂高氏(維新)らの質問に答える格好で「米連邦準備制度理事会(FRB)が金利引き上げプロセスに入るから、今後、さらに円安・ドル高が進むと決めつけるのは難しい」と発言していたのである。

昨年10月末に日銀は量的・質的緩和の拡大、いわゆる黒田バズーカ第二弾を打ち出した。この背景には原油価格下落によるデフレマインドの払拭以外に、政府の消費増税の決定の後押しとの見方もあった。この異次元緩和パート2は市場にとってサプライズとなったが、特に反応が大きかったのが外為市場であった。黒田総裁は元財務官で、為替のことは市場動向含めて熟知しているはずであり、この追加緩和は円安を狙ったものである可能性は極めて高い。その2日前にFRBがFOMCでテーパリングを終了させていた。日米の金融政策の方向の違いを意識させ、その結果ドル円を110円割れから結果として120円台に持ち込んだのはこの日銀の追加緩和がきっかけであったといえる。

ところが、黒田総裁はさらなる円安の芽を事前に刈り取ろうとしている。これは実質実効為替レートの部分ではなく、FRBの利上げに絡めた円安を否定したことによって伺えるのである。FRBの利上げのタイミングで日銀が追加緩和を決定すればさらなる円安も見込めるはずである。しかし、どうやら日銀は円安による景気というか物価の浮揚効果を狙うつもりはないようである。

つまりは何らかのかたちで日銀は円安誘導策を採りづらくなっているとの見方ができるかもしれない。為替の介入は財務省が主管であるものの、そもそもアベノミクスの第一の矢とされるリフレ政策に基づく異次元緩和は、円安誘導とそれによる株高が主目的であった。異次元緩和第二弾も結果として円安誘導となっていた。そうであるならば今度のFRBの利上げも円安誘導の絶好のチャンスのはずであった。

黒田総裁は甘利経済再生担当大臣に対して、「さらに円安が進むことはありそうにない」などと述べたことについて、「趣旨が若干、曲解されて市場に伝わってしまった」と説明したそうである。たしかに実質実効為替レートの部分はそうであろうが、ほかの発言からはここからの円安は望んでいないことを示唆していると見ざるを得ない。米議会で環太平洋経済連携協定(TPP)交渉の合意に欠かせない米大統領貿易促進権限(TPA)法案の審議が重要な局面を迎えていることに対して、政府側に配慮しているとの見方もある。さらに円安による中小企業や個人消費に向けた悪影響についても意識されつつある。

本来であれば、物価浮揚の可能な手段は何でも取りたいはずの日銀が、その手段のひとつである通貨安に対してはやや躊躇しはじめた。この程度の円安でも十分ということなのかもしれないが、なにかしらのプレッシャーが海外から掛かっていた可能性もありうる。10日の黒田総裁発言は日銀による円安政策への意識の変化を感じさせた。だから市場は過剰に反応したと言える。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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