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無理があるGDP600兆円の目標

久保田博幸金融アナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

安倍首相は24日夕方の会見で、昨年度、名目で490兆円だったGDPを600兆円にすることを目標に、強い経済、子育て支援、社会保障をアベノミクスの新たな「三本の矢」と位置づけ、今後3年間の総裁任期中も、引き続き経済最優先で政権運営に当たる決意を示した。

アベノミクスの最初の三本の矢とは、長引くデフレからの早期脱却と日本経済の再生を目的とした「大胆な金融政策」、「機動的な財政政策」、「民間投資を喚起する成長戦略」であった。ここには日銀が2%の物価安定目標を実現するというもの以外に具体的な数値目標は掲げられていなかったが、今回は名目GDPの600兆円という数値が掲げられた。

すでに高度成長時代ではない日本にとって、具体的な期限は設けてはいないものの、名目GDPを600兆円に引き上げることは容易ではない。名目GDPは1980年が約250兆円であったのが、1995年に500兆円台に乗せたが、それ以降は500兆円近辺での推移が続いている。内閣府が7月に公表した試算によると実質2%、名目3%以上の経済成長が続けば、2014年度に490.6兆円の名目GDPが、2020年度には594.7兆円に達するとした。しかし、この試算の数値そのものが楽観的過ぎるものとなっている。

ここで名目GDPの600兆円台達成を目標に掲げたということは、日銀の大胆な金融政策により、すでにデフレから脱却しており、失われた20年からも脱しているということなのであろうか。それを前提にしているのか。

デフレ脱却の意味が結果としての物価上昇というのであれば、消費者物価指数が前年比でゼロ%近くで推移している現状をどう見ているのか。8月の全国CPIはコア指数で前年比マイナス0.1%となっている。日銀の物価目標となっている総合も前年比プラス0.2%と低迷が続いている。株価もここにきて低迷し、円安については弊害も意識されている。ここで「強い経済」という新たな第一の矢を持ってきても、具体的な政府による経済運営は見えてこない。当初のアベノミクスの第一の矢は、日銀によるリフレ政策であった。それによる円安株高もあり効果があったかに見えたが、その円安株高の本当の要因となっていた世界的なリスク後退の動き、さらには米国経済の回復などの外部環境の好転によるものなどによる影響が大きかった。

それにも関わらず外部要因ではなく内部要因による「強い経済」とはいったいどのような政策を打ち出すつもりなのであろうか。今回は金融政策には触れておらず、つまり日銀の金融政策は十分に当初の目的は果たしたので、お役御免ということであろうか。肝心の物価目標は達成されていないのだが。

それ以上に「子育て支援」、「社会保障」という二本の矢は、前回の残り二本の矢よりも具体的のように見えるが、アベノミクスという経済拡大政策のためのものというより、それが可能となった際に、その果実を回すべき物としている。つまり名目GDP600兆円が前提となっているが、その前提となる具体策が「強い経済」では、あまりに曖昧なものとなる。

高度成長期ならばともかく、低成長期というか成熟期に入っている日本経済を20%増しにするには、少なくとも当初の政策にあった成長戦略を積極的に進めることが必要になろう。しかし、その成長戦略についてはほとんど成果が上がっていない。アベノミクスは第一の矢と、それによる円安株高だけが目立った政策であり、そこから名目GDP600兆円の目標を達成しようにも、基盤すらない状況とも言える。このままでは目標の数字だけが一人歩きする結果ともなりかねない。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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