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ヘリマネ政策のここがおかしい

久保田博幸金融アナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

バーナンキ前FRB議長が安倍首相や黒田日銀総裁と会談したことで、市場ではヘリコプターマネーへの思惑が出ていた。ベン・バーナンキ氏の来日は首相や日銀総裁と会うことが目的ではなく、バーナンキ氏が顧問を勤める企業のセミナーに出席するためであったようである。そのタイミングに目をつけたのが、4月にもバーナンキ氏と会ったとされる前内閣官房参与で現在はスイス大使の本田悦朗氏とみられる。

ブルームバーグによると本田氏は4月1日にワシントンでバーナンキ氏と1時間ほど会談。その中でバーナンキ氏は、日本経済が再びデフレに戻るリスクを指摘。デフレ克服の最も強力な手段として比喩的に「ヘリコプターマネー」に言及し、政府が市場性のない永久国債を発行、これを日銀が直接全額引き受ける手法を挙げたそうである。

12日の安倍首相とバーナンキ氏との会談において、バーナンキ氏は金融と財政でアベノミクスを続けるよう発言したがヘリコプターマネーは話題にならなかったようである。ところが市場では日本がヘリコプターマネー政策を導入するのではないかとの妙な期待感が強まり、円安が進行することになる。このあたりは本田氏あたりが画策した可能性もある。

このヘリコプターマネーの議論には、いくつかおかしい点がある。そもそも極めて財政ファイナンスに近いような政策を打ち出したのがアベノミクスであり、その結果がまるで出ていない(物価目標からほど遠い)にもかかわらず、さらに財政ファイナンスに拍車を掛けるような政策をとっても物価上がる保証は極めてないに等しい。ただし、アベノミクス登場時のように特に海外投資家に期待感を持たせて円安にしたいとの思惑も働いたのかもしれない。注意すべきはここにきての円安は、米株高をみてわかるようにリスクオンの動きの一環でもあり、ヘリマネ期待だけが材料ではない。

そのバーナンキ氏が主張していたヘリマネは、見方を変えると物価浮揚効果はある。ただし、それは円や国債の信認を叩き壊した上で、国債とともに円が急落して発生する、劇薬というか国民犠牲の上に成り立つ物価の急騰となる。

そもそも政府が市場性のない永久国債を発行し、これを日銀が直接全額引き受けること自体、究極の財政ファイナンスとなる。しかし、その目的が物価2%を達成するためだけだとしたらその意味がわからない。

さらに市場性のない永久国債を発行しなければならないような環境でもない。今回の経済対策も兼ねた補正予算の編成で、たとえば10兆円規模の国債を増発しなければならないとしても、借換債の前倒し発行分があり、市中消化、つまり入札で発行される国債を増やす必要はあまりない。仮に想定以上の国債増発があり、市中消化が多少増えたとしても日銀は年間発行額の国債を買っているという状況下にあって、国債需給がタイトの現状では国債の消化はそれほど懸念はされないのではなかろうか。むろん財政規律の緩みといったものが意識されると国債が売られる懸念はあるが、これで少しでもマイナス金利が解消されれば、いったんは国内投資家の購入余地が出てくる。

つまり今の国債需給がタイトな環境で市場性のない永久国債を発行する必要性はない。しかもそれを日銀が直接引き受ける必要性もない。それにも関わらずこのような非常識な政策を訴えるのは、自ら提唱したリフレ政策が結果として物価上昇に結びつかなかったことを棚に上げて、副作用が出てくる前にそれを「ふかす」政策を取らせようとしているようにしか見えない。

市場性のない永久国債だろうが政府の債務に変わりはない。日銀がそれを引き受ければ政府債務ではなくなるなどというのは当たり前だがありえない話であり、ヘリマネに対しては期待などするのではなく、そのような議論まで出てきているような状況をむしろ危惧すべきかと思われる。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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