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ヘリコプターマネーの議論の意味のなさ

久保田博幸金融アナリスト
(写真:アフロ)

もうヘリコプターはどこかに飛んで行ってしまったようだが、ヘリコプターマネーの議論の意味のなさをあらためて確認してみたい。

政府の経済対策の真水と呼ばれる部分は3兆円程度とされていたが、数年掛けて6兆円程度に修正されているようである。いずれにしても国債の増発はあったとしても限定的である。仮に10兆円規模で国債増発があったとしても、特に消化に支障を来すようなことは考えづらい。国債増発により財政規律が緩むため国債価格の下落を招くから、日銀が直接引き受ければ問題ないわけではなく、その方がむしろ財政規律の緩みがより意識されよう。

国債発行に支障がないのに、政府の財政政策の財源に永久国債を発行する必要性はまったくない。しかもそれを日銀が直接引き受ける必要性もない。以前指摘したように仮に永久国債を発行するのであれば、建設国債や赤字国債は60年償還ルールがあり、このかたちでは発行ができないため、あらたに発行根拠法を制定し、新規の国債として発行する必要がある。これは国会で決めることで、日銀の金融政策決定会合で決めるものでもない。

日銀が保有する国債を永久国債に置き換えるという手段もヘリコプターマネーの形態のひとつだそうだが、日銀保有の国債を別なものに置き換えても反対側にある日銀の負債が消えるわけではない。その負債とは現金と日銀の当座預金残高である。つまり我々の持っている現金そのものと日銀の口座に置いてある民間銀行の資金である。それを政府・日銀の都合で勝手にないものとすることなどできやしない。いや、そんなことをしたら国民が黙ってはいない。

そして日銀保有の国債を永久国債に置き換えるにしても、当たり前だが手続きがいる。まず現在発行されている国債は途中償還条項が削除されている。つまり繰り上げ償還はできない。これをまず修正する必要がある。政府がその分を途中償還した上で、永久国債を新規に発行しなければならない。利率がゼロであろうか、マイナスであろうがとにかく、永久国債を発行するには繰り返しになるが新たに法律を制定しなければならない。そこまでしてこれをすることで何が変わるというのか。

永久国債との名称ではあっても過去に海外で発行された永久債はすでに償還されているように、永久に償還されないわけではない。その国債を大量に日銀が直接引き受けを続けるようなことになれば、何が起きるかは過去のドイツや日本の歴史をみれば明らかである。なぜ中央銀行の国債直接引き受けは各国で禁じられているのかを確認すべきである。

いやすでに日銀は国債の直接引き受けに近いことをしている、それにも関わらず国債利回りは低位安定している。だから直接引き受けを行っても問題はない、ヘリマネも一回ぐらいならば問題はないとの意見もある。

アベノミクスと呼ばれたリフレ政策の原点はヘリコプターマネーに近いものであった。だから私を含めて警鐘を鳴らす向きも多かったはずである。いまのところ国債市場は非常に素直に利回りを低下させている。これは裏返せば、それだけこれまで積み上げてきた国債への強固な信認が存在していたためと考える。しかし、その信認を取り崩そうとするようなヘリマネ論議まで出てきている現状は国債への信認がいずれ崩れ落ちるリスクを増加させているようにしか思えない。ヘリマネは技術的にも無理がある上、それが孕むリスクは金融市場を崩壊させるほど大きなものといえる。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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