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GPIFの運用比率変更の問題点

久保田博幸金融アナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

公的年金の積立金を運用しているGPIFは、7月29日に2015年度の運用実績が5兆3098億円の赤字になったと発表した。運用損益の資産別内訳は、国内株が3兆4895億円の赤字、外国株が3兆2451億円の赤字、外国債券が6600億円の赤字。国内債券は2兆94億円の黒字となった。

GPIFとは年金積立金管理運用独立行政法人のことであり、我々の年金積立金を管理運用している。GPIFは2014年10月に運用方針を見直し、国債などの国内債券の割合は60%から35%に引き下げられ、外国債券は11%から15%に、国内株式と外国株式はそれぞれ12%から25%に引き上げられ、株式の割合がほぼ倍増した。

昨年度の損失に関して、菅長官は記者会見で「昨年度の運用損を加味しても、政権交代以降約33兆円の運用益が生じている。年金額への影響も全くない」と強調した。これに対して野党は「GPIFの株式投資比率を倍増させた安倍政権の責任だ」と批判した。

GPIFの運用比率の見直しを行うのに対し、公的・準公的資金の運用・リスク管理を見直す政府の有識者会議で座長を務めた伊藤隆敏東京大学大学院教授は、2013年12月に興味深いコメントを出していた。

伊藤教授は、(保有する国債は)満期保有なので名目上は損失が生じないとしても、消費者物価や市場金利の上昇に見劣りする機会損失を被れば「受託者責任を果たしていない」ことになると三谷GPIF理事長に対してけん制していたのである。

ここにGPIFの運用比率変更の大きな問題点が見えてくる。つまりリスク資産の保有比率を高めるにあたって相場観が入り込んでいたのである。この時期はアベノミクスによる円安が進行し、GPIFの株式保有比率引き上げ観測も伴って「株価」は順調に上昇していた。円安の影響なども加わり「物価」も順調に上昇していた。そのなかにあって伊藤教授のこの言葉に対して当時、聞いていた人はあまり違和感を覚えなかったかもしれない。しかし、ある程度金融市場に関係していた人達は何を言っているのかと思っていたのではなかろうか。この時に私はコラムで次のようなコメントをした。

「巨額の資金を運用し、適切な相場勘を持ち、ある程度自由な運用で一定の収益をあげられるような腕の立つ専門家などはほとんど存在しない。しかも、その運用の大きな方向性は伊藤教授のような立場の人が決めてしまうと、むしろ運用の方向性は狭められてしまう。」

現実はどうなったのか。物価は異次元緩和以前の水準に戻ってしまい、長期金利は上がるどころかマイナスにまで低下した。たぶん国債は売却せずにそのまま保有していた方が、昨年の損失は少なかったかもしれない。もちろんあのままの保有比率で国債を運用し続けることはマイナス金利で困難になっていたであろうことも確かである。

つまり日銀の異次元緩和を含めたアベノミクスは物価を上昇させ、金利も上昇し、株価も上昇するのは間違いないから、海外の株式を含めた株式の保有比率を引き上げれば儲かると決めつけることに問題があった。我々のような市場経験者は相場には絶対はないということは身をもって知っているし、株式の勧誘などについて「絶対」という言葉は使ってはいけないと教わっている。

そのような絶対はなく相場の予測は不可能ななかにおいてリスク資産で我々の大事な年金の運用を任せて良いのかどうか。ここが重要なポイントとなる。オルタナティブなどを含めて運用の多角化を図るとともに、年金の資金を通じて日本経済や社会を支えることにもなるという目的もあるかもしれない。しかし、その年金を積み立てている我々はそのようなリスクを負ってまでの運用を果たして望んでいるのであろうか。それが問われることなく運用比率の変更は決められていったように思う。

国民は将来の年金に不安がある。だからいまの資金で一発勝負をかけて、というのは良くある悪いお父ちゃんのパターンであろう。不安があればこそ運用成績に一喜一憂するようなことにならないよう、なるべく安全性を求めることが本来は重要なのではないかと思う(これについては市場関係者でも意見は分かれるし海外の年金運用も様々ではある)。ところが最も安全な資産である国債は日銀が買い占めている上に、マイナス金利で運用できる環境にないことも確かである。だからこれで良かったのではないかとの見方もあるかもしれないが、それはあくまで結果論である。

リスク資産の比率を高めても多様な資産で運用すればリスクが分散されるとの見方があるが、現実には円高株安といったようにリスク資産については、方向性が同方向となってしまう。そのために今回は国内株式だけでなく海外株式でも同様の損失が出ている。決してリスクは分散されていないことも認識しておく必要がある。

すでに変更されてしまったものを再修正することは難しいし、いま国債の運用比率を引き上げられるような環境でもない。しかし、GPIFの運用比率の変更の前提がリフレ政策の成功であったとするのであれば、結果論からすれば足元物価は低迷しており、その前提に間違いがあったと言うことになる。相場の方向性を決めつけて運用などすべきではないし、それを前提とした運用比率の変更については、あらためて疑問を投げかけることも必要ではないかと思う。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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