今更ながら、アベノミクスという現象への疑問
日銀の黒田総裁は8日のブルッキングス研究所における講演で、イールドカーブコントロール(国債の利回り曲線操作)政策を導入した理由について以下のような説明をしている。
「金利水準と金融緩和効果の関係です。長短金利が有意にプラス領域にあったときは、経済への影響だけを考えれば、金利は低いほど金融緩和効果が高まると考えることができました。しかし、短期金利がマイナスとなり、長期金利もきわめて低い水準まで低下すると、金融仲介機能ひいては金融緩和効果を低下させる副作用あるいはコストが生じうることが認識されました。こうした点を踏まえると、経済・物価に対して最大限の金融緩和効果を引き出すためには、最適と考えられるイールドカーブの水準や形状があるのではないか」
つまり日銀は今年1月にコスト(悪影響)よりもベネフィット(好影響)が上回るからマイナス金利を導入したはずであるが、やってみたらコストの方が大きくなり、引き返すほうが無難と認識したようである。
しかし、市場に日銀が方向転換したと認識されると円高株安を招きかねないため、方向は変えずにコスト面を回復するために長期金利の引き上げを狙うことに今回のイールドカーブコントロール政策の狙いがあるように思われる。
ところがそのコストとベネフィットとは具体的に何を示しているのかがはっきりと示されていない。マイナス金利政策から今回の長短金利操作付き量的・質的金融緩和政策に至る過程をみてみると、どうやら民間金融機関のコストとベネフィットが意識されているように思われる。しかし、本来であれば財政政策と並ぶ政策である金融政策である以上は金融機関への影響に止まらず、国民全体でのコストとベネフィットという認識が必要であり、それが具体的にどのようなコストとベネフィットであったのかを説明する必要もあるのではなかろうか。
そもそも「金利は低いほど金融緩和効果が高まる」ことについても、金利がかなりついている際には多少なり影響があっても、ほぼゼロ近くでコンマいくつという小幅引き下げにどのような効果があるのか。
中央銀行のアナウンスメント効果についても、日銀の異次元緩和の元、金融市場に一時的な影響を与えられても物価のコントロールにはほとんど影響がなかったことが結果として示されている。今回のオーバーシュート型コミットメントの効果も、もし限定的となれば、中央銀行のアナウンスメント効果についてあらためて疑問が投げかけられる可能性がある。
むろんアベノミクスというアナウンスメント効果については、急激な円安株高を招き、その後の前年比プラス1.5%の物価上昇を招いたかに見える。しかし、これについても果たして日銀の異次元緩和がどのようにして作用したのかといった具体的な検証はなされていない。むしろ欧州の信用不安をきっかけとしたリスクオフの反動による円安株高、不安感の後退による地合の好転、消費増税に向けた駆け込み需要、便乗値上げなどの影響の方が大きかったのではなかろうか。
株や為替、債券を含めて、いわゆるディーリングで大きな損失をもたらすディーラーのひとつの共通した特徴がある。これらのディーラーは当初、大きな利益を得ていたことが多い。これを自分の実力と勘違いし、俺は売買がうまい、俺の考え方は間違っていないとばかり、その後のディーリングで損失を繰り返してしまう。当初の利益は本人の実力というより、たまたまタイミングが良かっただけであったことが多い。アベノミクスと呼ばれた現象もタイミングが良かっただけなのではなかろうか。