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恐怖のトランプ氏、実は世界経済の救世主?=株急騰が示す新大統領への期待とは

窪園博俊時事通信社 解説委員
ニューヨークのホテルで、支持者を前に大統領選の勝利を宣言するトランプ氏(写真:ロイター/アフロ)

前日の米大統領選挙は、大方の予想を裏切って共和党候補のトランプ氏が勝利した。過激な保護主義者と目される同氏は、金融市場には「恐怖」の対象で、その勝利は「トランプ・リスク」と警戒された。ところが、前日に急激に進んだ株安・円高はきょうになって反転。株は急騰し、円安に戻った。「新大統領の経済対策への期待がある」(外資系証券エコノミスト)という。世界経済の救世主になるのか、その可能性を考察したい。

トランプ氏が大統領になるのは、特に日本経済にとって「最悪の事態」(大手邦銀)と懸念された。同氏は、米国の製造業の疲弊は自由貿易のせいだと主張。その保護のためにドル安を強く志向する姿勢を鮮明にしていたからだ。米国が保護主義になると、輸出で稼ぐ経済構造にある日本への打撃は大きい。ドル安政策が取られると、裏腹で円高が進展し、日本は再び深刻なデフレ不況に後戻りする恐れがあった。

まっとうなスピーチが金融市場を安心させた

ところが、前日の東京市場は「トランプ・リスク」の実現を受けて株暴落・円急騰となったが、一夜明けると相場は逆転。株は急騰し、円も一気に売り戻された。何が起きたのか。まずは前日夕、トランプ氏が勝利後に行ったスピーチが「まっとうな内容だった」(大手邦銀)ことだ。過激な発言は皆無で、むしろ選挙を争ったクリントン氏をたたえたほか、「どの国とも公平に付き合う」と述べ、金融市場には一定の安心感が広がった。

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そして米国市場では、トランプ氏が掲げる法人減税、規制緩和、インフラ投資などを期待するムードが広がり、株価が大幅上昇。インフレ期待から長期金利も上昇基調となり、ドル円も買い戻された。勝利してもなお保護主義を声高に繰り返せば、金融市場の不安は増幅された可能性もあったが、「意外にも大統領らしい穏やかなスピーチ」(同)だったことで、経済政策の中身に関心が移ったと受け止められる。

注目すべきはインフラ投資を軸とする財政出動

経済政策で注目すべきは「インフラ投資」の拡充だ。米国経済も日本と同様に低成長・低インフレに陥っている。「長期停滞論」を唱える著名な経済学者サマーズ教授(ハーバード大学、元財務長官)などは、停滞脱却のために空港や高速道路などインフラ整備を通じた財政出動を求めている。同教授は民主党系だが、皮肉なことに共和党のトランプ氏が米経済に必要な政策を取り入れる格好となった。

仮にトランプ大統領が財政出動を軸にした景気対策を取り、保護主義も強めなければ米経済の成長は日本も含めた世界経済の恩恵となる。先進国はいずれも金融緩和の効きが悪い「流動性の罠」か、それに近い状態に陥っている。マクロ政策としては「財政出動が必要な局面」(日銀幹部)であり、米国が率先してそれを実施すれば、インフレ期待の高まりは各国に波及し、トランプ大統領は世界経済の救世主になるかもしれない。

「トランプ大統領」に楽観論=政策は依然不透明-米金融市場

ただし、そうしたシナリオは「現時点では必ずしも可能性が高いわけではない」(銀行系証券アナリスト)。米国議会は共和党が優勢を維持し、政治的なねじれは解消したが、「伝統的に共和党は財政赤字を嫌う」(同)ため、同党では異端のトランプ大統領がうまく政策をかじ取りできるかどうか予断を許さない。また、製造業を守るために安易に保護主義に走り、ドル安政策を強める可能性もあるだろう。

新大統領次第で日本のデフレ脱却も

日本経済にとっては、選挙期間中のトランプ氏の過激な言動は単なるパフォーマンスにすぎず、『マクロ政策として正しく財政出動し、同時に自由貿易を尊重する大統領』になれば理想的だ。米国の財政拡張は米金利の上昇をもたらし、ドル高・円安を進展させる。日本がデフレ脱却できる可能性もはらむ。株急騰・円安の動きは、そうした新大統領への期待がこもっていると言えるだろう。

時事通信社 解説委員

1989年入社、外国経済部、ロンドン特派員、経済部などを経て現職。1997年から日銀記者クラブに所属して金融政策や市場動向、金融経済の動きを取材しています。金融政策、市場動向の背景などをなるべくわかりやすく解説していきます。言うまでもなく、こちらで書く内容は個人的な見解に基づくものです。よろしくお願いします。

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