Yahoo!ニュース

進まない医師需給問題の議論 - 厚労省「医師需給分科会」「ビジョン検討会」は一刻も早く方針の一本化を

朽木誠一郎記者・編集者
筆者が11月21日に取材を行った厚生労働省(写真:アフロ)

人口は減り続け、医師は増え続けている。この先、医師は余るのだろうか。それともまだ足りないのだろうか。地方では医師不足が叫ばれ、勤務医の労働環境の過酷さも聞こえてくる。一方で、将来の人口減社会は目前に迫っており、一部の診療科や大都市への医師の偏り(偏在)などの問題もある。医師を含む医療資源の適正配置は、いわば待ったなしの状況だ。

だが、この問題を話し合うための厚生労働省(以下、厚労省)のある会議が現在、再開時期未定の延期状態になっている。いったい何が起こっているのか。混迷する医師需給の議論の現状を追った。

「医師需給」と「ビジョン検討会」について

開催延期となっているのは、昨年12月に発足した厚労省医政局の「医療従事者の需給に関する検討会」の子会議「医師需給分科会」だ。同会議の複数関係者への取材により、今年10月6日以来、2回に渡って開催が見送られていることが判明した。

ところが、ここで不可解な動きが起きている。今年6月に発表された医師需給分科会の中間報告を受ける形で、厚労省医政局はメンバーを一新した「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会(以下、ビジョン検討会)」を発足。10月3日の初回会議に続き、25日、11月15日、24日と、その後も活発にビジョン検討会を開催しているのだ。

どちらの会議にも、テーマには“医師需給”がある。つまり、医師の需要と供給のバランスについて話し合う会議が2つある状態だ。

医療提供体制に係る改革工程表。医師需給分科会の医師偏在対策はそろそろ目標期限だ。
医療提供体制に係る改革工程表。医師需給分科会の医師偏在対策はそろそろ目標期限だ。

出典:本検討会の設置に至る経緯 -第1回 新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会

このうち、先に開催されていた医師需給分科会は、医師の全国・地域の需給の状況や確保のための対策を議論する目的で発足した。同会議資料には“平成29年度で終了する暫定的な医学部定員増の措置の取り扱いをはじめとした今後数年間の医学部定員の在り方について早急に検討する必要があることから、他の分科会に先行させて開催する。”とある。同会議の審議内容は社会保障審議会の医療部会に提出され、制度改正事項の検討に反映される。

一方、後から開催されたビジョン検討会は、医師・看護職員などの確保のために、現代社会のさまざまな変化にあわせた望ましい医療従事者の働き方などについて検討することを目的に開催されている。同会議の審議内容は医師需給分科会に報告され、そこから医師需給推計の議論が再開される。つまり、すでに進んでいた医師需給分科会の議論の内容について、もう一度議論するための会議、ということになる。

医師需給を巡るこれまでの議論の流れ

なぜ、こんなことになってしまったのか。それを説明するためにも、医師の需給バランスついて、その背景や現況をおさらいしてみる。

そもそも日本において、医療行為(医業)を許された唯一の職業が医師である。医療の中心を担う重要な存在であることは疑いの余地がないが、養成・維持は高コストであり、需給バランスが崩れれば、社会にとって大きな負担・損失になる。

1970年代の各県一医大構想および私立医学部新設ラッシュで医師過剰が懸念されたため、1981年のピーク時以降、医学部の定員は順次削減された。以来、厚労省も“医師不足”ではなく“医師偏在”、つまり「医師の絶対数は十分であり、それが偏在しているだけ」とする見解だった。

しかし、次第に地域医療崩壊が注目されるようになる中、同様の見解を示してきた日本医師会は、2007年に「絶対数の不足」を認めた。そして2008年、舛添要一厚生労働大臣のもと、医学部定員削減の閣議決定の見直しが発表され、医師養成数は増加する流れになった。

医学部定員の増員の推移。これまでに1000人以上の増員が行われている。
医学部定員の増員の推移。これまでに1000人以上の増員が行われている。

出典:本検討会の設置に至る経緯 - 第1回 新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会

このグラフを読み解いてみよう。医師の臨時定員を増やす動きは、2008年〜2010年に始まっている。これは、2017年度までの大規模な増員計画(2016年現在までに合計317人)を見据えたもので、2011年以降は毎年、さらなる段階的な臨時定員増(2016年現在までに合計676人)に舵を切っている。

またこれに並行して、2009年と2011年には恒久定員増を実施。2016年以降は東北医科薬科大学の医学部新設によって、さらに毎年100人の医師を養成する。2017年に新設される国際医療福祉大学の140人も、来年以降はそこに積み重なっていく。医師数はこのように増え続けているのだ。

人口10万人当たりの医師数の年次推移。
人口10万人当たりの医師数の年次推移。

出典:医師の需給に関する基礎資料 - 医師需給分科会

国勢調査の結果によれば、日本の人口は2010年の1億2806万人をピークに減少傾向にある。国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、2040年の人口予測は1億728万人となり、2078万人の減少。2060年には8474万人と、人口はフリーフォールのように、さらに減少していく。

画像

提供:国立社会保障・人口問題研究所

日本医師会が医師の絶対数不足を認めた理由の1つは、OECD加盟国の人口1000人当たりの臨床医数だ。2015年の資料によると、加盟国の(加重)平均が2.8人に対し、日本は2.3人。日本はこれまで一度も世界の(加重)平均を上回ったことがなかった。※ただし、日本の医師数は医師免許数であるため、死亡して返納されていない分や、医師以外の職業に就いている者の分もカウントしている。

しかし、今後は医学部の定員増によって医師の供給は増し、人口の減少によって医師の需要は減る。つまり、需給は急速に均衡に向かうことが予想されているのだ。

医師需給分科会は将来「医師過剰」と予測

均衡に至ってもなお医師数を増やし続ければ、医師数が過剰になるのは自明である。どこかで医師数を制限しなければいけない。いったい、どのタイミングで医師の需給は均衡に至るのか。その予測をもとに、どのタイミングで医学部の定員を減らすのか。それを検討する役割を担っていたのが、本稿冒頭で「開催が2回見送られている」と指摘した医師需給分科会だ。

同会議の中間報告によれば、2016年度の定員数をもとに計算した場合、医師数は2015年の27.4万人から、2025年に30.3万人、2040年には33.3万人になる。この結果から、同会議は「上位推計(もっとも厳しい見込みによる予測)では、2024年以降は医師が過剰になっていく」「2040年には医師の供給が需要を1万8000人程度上回る」とした。

需給推計のグラフ。こちらは中位推計。
需給推計のグラフ。こちらは中位推計。

出典:医師の需給推計について - 医師需給分科会

ただし、この予測については、同会議内でも意見が割れたことがすでに報じられている。主な原因は、下記の定義で仕事量の計算がなされたためだ。

女性医師、高齢医師、研修医については、それぞれ働き方等を考慮し、30~50歳代の男性医師を1とした場合に、 女性医師0.8、高齢医師0.8、研修医1年目0.3、研修医2年目0.5として推計

出典:医師の需給推計について

この仕事量の定義について、同会議の出席者からは、下記の意見が述べられている。

女性医師の仕事量を0.8としたことについて意見を求められた日本女医会会長の山本紘子氏は、「女性医師の実態としては、仕事量は(0.8よりも)もう少し少ないのではないかと感じている。子どもを持つと、どうしても女性医師の仕事量は下がってしまう」と話す一方で、「現状を継続するのではなく、女性医師の負担をいかに減らすかというところから考え変えていかなければならない」と強調した。

出典:2040年には医師が1万8000人余る!? 医療従事者の需給に関する検討会医師需給分科会 - 日経ビジネスオンライン

また、半数以上を開業医が占める医師会にとって、医師数の増加は競合数の増加でもあるため、かねてから反対の姿勢だ。一方、医師不足・偏在の直接的な影響を受けて、働き手が不足する病院団体は賛成。2016年9月14日に行われた社会保障審議会医療部会では、次のような応酬があったことが報じられている。

全日本病院協会の西澤寛俊会長は、養成数をめぐり「医療界においては両論がある」と指摘。その上で、病院で働く医師の労働時間が長いという問題があり、「私たちが減らそうと頑張っても、医師が足りないから減らせない」と述べ、養成数を増やすべきだと主張した。

出典:医師増やすべき? 医療部会で委員が応酬 - CBnews

これに対し、日本医師会の中川俊男副会長は、養成数を増やした場合に「医師が頑張って医療をやっていくインセンティブになるような人件費が確保できるか」と問題提起。「数だけ増やせばいくらでも楽になる。しかし、それは現実的ではない」と断じた。その上で、「偏在対策が、すべてに近いくらい大事だ」と主張した。

出典:医師増やすべき? 医療部会で委員が応酬 - CBnews

つまり、過去に一旦は医師数を増やすことで収束した議論が、この先の方針を決める段になって、再燃していることになる。絶対数の不足にしろ、偏在にしろ、医師数を増やせば一定の解決を見るのは事実だが、養成・維持が高コストである医師を無計画に生み出し続ければ財政は破綻してしまう。しかし、医師の偏在を解消する有効な手立てはまだなく、それぞれがポジショントークをしている状態だ。

突然の「医師需給分科会」差し止めと「ビジョン検討会」開催

とはいえ、6月の中間取りまとめ以降も、同会議は議論を重ねてきた。匿名を条件に証言した同会議の出席者の1人によれば、「医学部定員の削減という方針は一致しつつあった」という。

そこに突然、編成・開催されたのが、同じ“医師需給”をテーマの1つとするビジョン検討会ということになる。「ビジョン検討会の開催については、医師需給分科会のメンバーには一切知らされておらず、なぜ医師需給分科会が差し止められているのかについても、厚労省から明確な説明はない。中間取りまとめまでされた医師需給分科会の議論を延期しておいて、ビジョン検討会で同じテーマの議論をするのは不可解だ。こちら(医師需給分科会)の方針が気に入らないから、あちら(ビジョン検討会)で、別の方針を打ち出そうとしているのでは、という疑念が出席者の間にはある」(同医師需給分科会出席者)

一体、なぜ医師需給分科会は開催が延期になっているのか。そもそも、ビジョン検討会ではどんな議論がなされているのか。不透明な会議開催の現状への疑問を厚労省にぶつけてみた。

筆者が11月21日に行った取材では、医政局医事課の担当者は医師需給分科会の差し止め理由を「事務的に準備が整わなかったため」と回答。さらに、ビジョン検討会については、「医師需給推計や医師偏在対策の前提となる新たな医療の在り方や、それを踏まえた医師等の働き方及び確保の在り方を議論している」と説明した。今後の方向性については「議論を行っている最中であり、現時点で想定できるものではない」(同厚労省担当者)という。

両会議のメンバーを見比べると、医師需給分科会は医師会や病院団体など医療業界内の利益団体から人を集めている。一方、ビジョン検討会の顔ぶれは、アカデミーから産業界、マスメディアまでと実に幅広い。

参照:医療従事者の需給に関する検討会構成員名簿

参照:新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会

ビジョン検討会の出席者の1人は、匿名を条件に証言する。「ビジョン検討会の開催・人選には、塩崎恭久厚生労働大臣の意向が強く反映されていると聞いているが、議論の方向性に特定の意向を感じることはない。われわれに与えられたミッションは、“多死社会”の到来や技術革新などに伴って変わる新たな医療の姿を明らかにした上で、医師や看護師らがどのように働くのが望ましいのか、そのビジョンを定めるというもの。もちろん、それに基づいて医師需給はどうあるべきかについても触れていくことになるが、メインの役割はあくまで前者と認識している。医師需給分科会側に不満の声があることは耳に入っているが、誤解があるならそれを払拭したい」(同ビジョン検討会出席者)

そんな医師需給分科会とビジョン検討会の位置づけは不明確だ。出席者・関係者らの証言によると、「(本来は正規の会議の)医師需給分科会は、ビジョン検討会での結論を受けて議論が行われる」という点が一致している。つまり事実上、ビジョン検討会が医師需給分科会より上の立場となっているのだ。

この問題に詳しい民間の会議関係者は「今の状態は、既存の議論に屋上屋を重ねたようなもの。ビジョン検討会が塩崎大臣の意向を強く反映して開催されているとしても、他の会議の開催を無理に差し止めてまで同大臣の考える社会保障改革を推し進めたら、結局は揺り戻しが起きて改革議論が停滞するだけ」と懸念する。その上で、「改革議論が進まない原因を、既得権益を有する日本医師会の抵抗と断定して、ビジョン検討会という迂回ルートを作ったようなものだと指摘されてもおかしくはない」という。

前出のビジョン検討会出席者も「非公開ながら、あらゆる分野を網羅的に議論している。スピード感は従来の会議とは比較にならないほど速く、議論についていくのが大変なほど。その意味で、塩崎大臣の改革にかける意気込みを強く感じる」と証言する。

塩崎大臣からも日本医師会からも中立的な立場をとってきた医師需給分科会のある出席者は、「塩崎大臣は当面は医師数を増加させる意向を示していると聞いているが、このままでは100人以下に1人の医師を養成することになり、そんな医療改革が日本のためになるはずがない」という。

医師需給問題を、医療の恩恵を受ける自分事として

今後の日本において、人口減少は避けがたい事実である。であれば、これまで増加させ続けてきた医学部定員は、必ずどこかのタイミングで削減しなければいけない。医師需給分科会は、そのタイミングが間近であるとした。しかし、新しく立ち上がったビジョン検討会ではまた別の議論が行われつつある。そこで医師需給問題について別の結論が出るようなことがあれば、医師需給分科会でも大きな混乱が生まれ、医学部定員削減のタイミングがずるずると先延ばしになりかねない。

適切なタイミングで方針が一本化できず、医師が過剰になった世の中で起こるのは市場原理に基づく競争だ。しかし、医療は市場の失敗が許されない分野。もしその結果、医療の水準が現在を下回るようなことがあれば、不利益を被るのは結局のところ患者であり、ひいては医療費を負担する私たち社会全体である。早急に議論に見通しをつけ、方針を一本化するべきでないか。

厚生労働省で行われているこの議論の行方に、私たちは無関心ではいられない。医療という社会のセーフティーネットの存亡の危機、つまり自分事として関心の目を向ける必要があるだろう。

記者・編集者

朝日新聞記者、同withnews副編集長。ネットと医療、ヘルスケア、子育て関連のニュースを発信します。群馬大学医学部医学科卒。近著『医療記者の40kgダイエット』発売中。雑誌『Mac Fan』で「医療とApple」連載中。

朽木誠一郎の最近の記事