育児で詰んだ話。

やっと生活がもとに戻った。

この二週間、初めて育児で「詰んだ」。

何となく頭が回らないなと思いながら日常生活を送っていたが、ふとした瞬間に熱を計ってみると40度を超えていた。もともと熱には耐性があるのか、熱が高いだけではそれなりに動けていたのだが、改めて体温計のスクリーンに40度の文字を見ると、急に寒気がした。

いま、妻が第三子を妊娠しており、つわりの状態がこれまで以上によくないため、起床から保育園の送りまでと、保育園の迎えから寝かせつけ、その他の家事を基本的にすべて引き受けている。もともと育児、家事は夫婦のどちらがということがないため、すべてのタスクをこなすことはできるが、10週~12週あたりの妻の状態は本当に病気のレベルだった。

僕の体調に異変があってすぐ、第一子が嘔吐した。熱を計ってみると40度あり、すぐに病院へ。診断名はインフルエンザ。幸い、予防注射をしていたので病状は軽かったが、その時点でしばらく保育園への登園は不可。元気な第二子も登園不可。

時期を同じくして、ただでさえつわりで苦しい妻の体調が悪くなる。妊娠していることもあり、彼女は実家で療養してもらうことにした。

その時点で、体調不良の僕、インフルエンザの第一子、元気な第二子、犬が二匹という自宅メンバー構成となった。誰が監督になっても闘いようのない布陣だ。

そして改めて状況を整理してみたところ、どうにもならないことに気がつく。

1. 自宅には大人がひとりだけ

2. 保育園に登園不可

3. 職場に行くこと、アポイントをこなすことはほぼ不可能

4. 家事、炊事、育児は全部自分

5. 第一子が動けないため、必然的に外出が不可能

6. 犬の散歩ができない

7. 買い物に行けない

8. 気分転換に外に出られない

幸運だったのは、しばらくは買い物に行かなくてもよいだけの食糧が確保されていたこと。朝起きて、食事をするが第一子が食べられるのは限られるため、実質的に二人の子どもの食事を作る。それから自宅待機になるが、ダウンしている第一子に対して、元気な第二子は遊びたいがために手をかけ、声をかけ、それをシンドイ第一子が拒否して第二子が泣きわめくループに入る。

僕自身も療養が必要だが、第二子の相手ができるのは僕だけなので、プラレールやブロック、お絵かきなどで時間を過ごす。その間、自宅ドアからリードの距離くらいしか外出できない二匹の犬の機嫌も悪くなる。

三人でお昼を食べて、夕食までは午前中と同じ状況が繰り替えされる。何とか夕食準備を行い、食事をとり、お風呂に入って薬を飲ませる。ベッドに入ると、第一子は疲労からすぐに眠りに落ちようとするが、元気でかつエネルギーを発散できていない第二子が寝られない。寝られないからお話したり、お歌を歌う。それによって第一子が寝られないループに入る。

それでも何とか二人は就寝するが、体調がよくない僕もそのまま寝落ちしてしまう。朝まで寝られたらいいのかもしれないが、ストレスフルな犬が騒ぎ、洗濯もあるので身体を起こす。一日中自宅にいるため掃除も夜から深夜帯がメインとなる。とにかく、ひと段落するのが深夜になり、そこから仕事をしたいものの、なかなか手がつかない。

外部アポイントをいただいている方に事情を説明するためのメールをだし、日程の再調整をしようとするが、子どもたちの登園予定がまったく立たないため、再調整に苦慮する。仕事のメールも最低限しかさばけず、原稿はたまる一方。こちらもまた事情を説明して待ってもらえるだけ待ってもらうようお願いをする。

気がつくと午前3時くらいになっていて、再度布団に潜り込むが、一度寝落ちして起こした身体がなかなかシャットダウンしない。いつもなら本でも読むが、そんな気にもなれないので、真っ暗な部屋で目を閉じて眠りに落ちるのを待つ。

そして元気な第二子がいつものように6時くらいに目覚め、叩き起こされる。しかも泣いている。「ママはどこ?」と。とりあえず、今日は仕事に早く行ったんだよと伝えるが、朝もいない、夜もいない(仕事で夜遅いと伝えている)となると、事情を理解していようが、していまいが、子どもたちの悲しみは深まるばかり。

家族に頼ろうとも考えたが、第一子がインフルエンザのため感染可能性がある。被害拡大はもっとも避けるべき事態だと判断をした。頼らないというより、頼れない状況があることがよくわかった。それでも数日後から、午前中と夕方に15分ほど来てもらい、犬の散歩だけはできるようになって少しずつ状況が好転してきた。

自分の体調も改善し、予防注射のおかげか、第一子も極端に状態を悪くすることなく回復。保育園登園も可能となり、実家から同じく体調がやや回復した妻も戻ってきた。仕事を中心に多くの方にご迷惑をおかけしたが、謝罪に対して心配や配慮の言葉をいただくばかりで、申し訳なかったが、ありがたかった。とにかく、代替が効きづらい講演や講義のスケジュールに回復が間に合ったのが救いだった。

やや状態が落ち着いた頃、献本いただいた書籍のなかで、ジャーナリストの奥田祥子さんより「男性漂流 - 男たちは何におびえているのか」(講談社+α新書)が届いていたので、なんとなく手に取った。帯には、哀しくも愛おしい男性ミドルエイジクライシスの真実、とある。

ミドルエイジとは何歳からが正式なものかはわからないが、37歳の僕もミドルエイジではないかと考えた。テーマとして、結婚がこわい、育児がこわい、仮面イクメンの告白、介護がこわい、老いがこわい、仕事がこわい、と中年男性を直撃するさまざまなクライシスが並ぶ。

書籍を読んで特徴的なのは、ある時期を切り取ったルポではなく、登場する多くの男性と数年の時期をはさみながら、何度もインタビューを重ねて書いてあることだ。30代や40代のときの言動に対して、50代になったときの男性の話や置かれた状況が全然異なっていたりする。

結婚はしなくていい(よい女性がいれば別)と言っていた男性が、徐々に焦ってくる話。しかし、プライドの高さが変わらないまま、本人の内面が悪化していく話。

イクメン仲間とのポジティブな話の裏側で、仕事にプレッシャーがかかり、徐々に「イクメン」ではなくなっていく男性。しかし、出世競争に敗れたあたりから家庭内が不穏となり、今後の人生について考え始めるようになる。

選択的独身で実家に身を置きながら、ゴルフや海外旅行など仕事もプライベートも自適悠遊だった男性は、母親が要介護になったところから生活の歯車がかみ合わなくなっていく。

ただ、これらのルポは、ポジティブな状況の男性が、ちょっとしたきっかけで転落していき、暗転とともに終わるのではなく、その後もなお長期に渡ってインタビューを続けていく。苦しい状況から好転した男性も多く登場する。そのきっかけもさまざまだ。

本書のサブタイトルは「男たちは何におびえているか」となっているが、僕自身がかなりどん詰まりの状態を経験した後に読んだ感想として、”何にもおびえていない”のではないかと感じた。

つまり、何か具体的におびえるためには、「もうあの状態にはなりたくない」という経験がなければどれも想像の域を出ない。もちろん、想像力を持って現状と認識し、いざというときのための準備に取り組むことはできるが、それはおびえているという表現とはまた違うのではないだろうか。

奥田さんは最後にこのような言葉を残している。

「ミドルエイジクライシスの特徴であり、問題が重層化、深刻化していることを痛感させられました。また、仕事との向き合い方、女性・妻との関係はいずれの問題にも大きく影響し、突破口を見いだせるかどうかの明暗を分けるカギともなっていました。」

おびえられるのは経験の賜物かもしれない。むしろ、おびえるところまでいかない状況はいまが順調であり、とてもポジティブな状態ではないか。しかし、仕事との向かい方や家族との問題が影響するのであれば、それは何かが起こった時に何とかするのではなく、ポジティブな日常の状態を改めて再考し、いざというときに課題や問題を縮小させる、大きくさせない要因として作用するために、小さなことを大切に、ちょっとしたことを放置しないことの積み重ねが大切なのではないかと思います。