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感動を超えて、問題を社会化できるか。

工藤啓認定特定非営利活動法人育て上げネット 理事長
映画「サムライフ」

映画「 サムライフ」を公開初日に見て来た。これは長野県上田市にある認定NPO法人侍学園スクオーラ・今人(以下、サムガク)の構想から設立までを描いたものだ。

2002年、長野県上田市。27歳の元・高校教師が自分の夢に向けて走りだした。全財産725円からの「理想の学校づくり」。無謀にも思える夢を持つ主人公ナガオカは、まず学校の設立資金のためにショットバーを開業する。やがて元教え子の4人の仲間を得て、様々な逆境を乗り越えてきた自分の自伝本を出版。さらに周囲の人々を巻き込み、自分の夢の実現のために奔走する。

出典:映画「サムライフ」オフィシャルサイト

映画の展開はナガオカ(三浦貴大)とユミ(松岡茉優)、ケンジ(加治将樹)、タカシ(柾木玲弥)、ダイスケ(山本涼介)の四名が、ナガオカの夢である学校創設のため、ムチャブリに耐え、障壁を乗り越えながら道を切り開いていく。

映画の特徴として、サムガク創設者である長岡氏が現役であり、学校も活動を継続していることだ。実際、舞台挨拶で三浦貴大さんも、役者として目の前に本人がいることのやりづらさと面白さに触れられていた。

私が長岡氏と出会ったのは10年ほど前のこと。共通の友人の紹介で出会った。認定NPO法人育て上げネットサムガクは法人設立がほとんど同じで、互いの年齢も近い。困難や課題を抱える子どもたち、若者たちへの支援活動は共通していたが、問題を「社会化」することへのアプローチはまったく異なった。

ひとりの、ひとつの事例を取り上げ、子どもたち、若者たちのおかれた状況と支援方法や解決策を社会に提示していくことが多い分野において、それにプラスして統計などを活用する(例:若年無業者白書)方法を好む私に対して、出会った頃から長岡氏は「エンターテイメントの力を使うべき」だと主張した。

今回の映画の原作は長岡氏が出版した二冊の書籍「ダッセン」「サムライフ」がベースになっている。これらはどちらも長岡氏が自費出版という自由度の高い方法を選択したものだ。長岡氏は書籍も広義の意味でエンターテイメントと捉え、その後、「『世の中変える』で食う方法」も出版している。

サムガクの映画化の話はかなり以前からその構想があることを聞いていた。諸事情はわからないが、なかなか映画化されることはなかった。しかし、折に触れてその可能性を長岡氏は話をしていた。その構想から7年を経て、今回、映画「サムライフ」が公開された。映画のストーリーは先のオフィシャルサイトで閲覧可能である。

長岡氏が対峙する子どもたち、若者たちの「学び」「働く」「自立」への取り組みは、映画によって社会化されるであろうか。公開初日の映画館はほぼ埋まっていた。舞台挨拶があるため各俳優、女優のファンの方も少なくなかったように思う。会場質問でも、ユミ役の松岡茉優さんのファンであると公言してから質問をされていた。

個人的にはファンであるからこそ、ファンとして松岡茉優さんへ質問をされるのかと思っていたが、内容は映画内に登場する少女が現実世界においてどうなったのかについて長岡氏への質問であった。彼は間違いなく松岡茉優さんを見るために映画館に来ていた。しかし、映画鑑賞終了後には、長岡氏が支援した少女がどうなったのかが気になっていた。学校に通うことのできない、手首に傷のある少女はナガオカが訪れるごとに「私が見えている?」と質問をする。ナガオカは「見えている」と言うが、その少女はパニックと共に自らの手首を噛みつけ、ナガオカは子どもたちの抱えている問題に対し、(軽率に扱ったわけではないが)何もわかってなかったと学校設立の熱意が冷めるほどの現実に直面する。

Twitterなどを眺めていると、ナガオカの夢に向かう力や他者への優しさと投げかける言葉、そして仲間の存在への感動が目立つ。まだ試写会と公開初日が終わったばかりであるため、映画館に足を運ばれる方はこれから増えてくるだろうが、長岡氏が目指したエンターテイメントによる問題の社会化。映画を通じて本当に訴えたい子どもたち、若者たちの置かれた現状に社会が気がつくこと。映画館で質問された男性のように、映画鑑賞の理由は何でもよいと思う。しかし、映画が終わった後、どれだけの方々が、映画で映し出された母子家庭や少女の置かれた社会的な状況、問題の構造にまで目を向けられるだろうか。

同じ子ども、若者支援分野で活動させていただく身として、長岡氏の言うエンターテイメントの力を信じたい。

映画は長岡氏の生い立ちから学校設立までを描いているが、サムガクについて触れられていない部分を少し補足しておく。

1. 通所型・宿泊型を持つ支援団体である

サムガクが、学校というスタイルを取る支援団体である。10代から40代前半までがいまは通っている。通所型支援とは、学生が自宅などから学校に通って来るスタイルであるが、サムガクでは寮を完備しているため、通所ができない地域に在住されていてもサムガクに入学は可能である。

2. サムガクを応援するには二冊の書籍を読もう

サムガクは「製作委員会」に入っていないと長岡氏は言う。そのため同法人を直接的に応援するには会員になるか、寄付をするという他に、本映画の原作となっている「ダッセン」「サムライフ」を読むことでサムガクの活動を応援することができる。

3. サムガクは見に行ける、長岡氏には会いに行ける

映画に登場する少女は本屋でナガオカの書籍に出会い、ナガオカにカウンセリングを依頼する。サムガクはいまも支援活動を行っており、相談希望があれば直接連絡をすればよい。直近では、長岡氏の話、サムガク卒業生の声などを盛り込んだイベント「卒業フォーラム」が組まれている。イベント終了後は入学相談会も開催されるようだ。

映画は学校設立までを映しているが、その後、サムガクは火災により炎上している。長岡氏やスタッフの尽力、つながりの強さにより、新たな校舎でいまは活動をしている。半身不随から学校設立までも苦難の連続であるが、学校設立後も長岡氏には苦難が付きまとう。それでもサムガクが継続しているのは、映画で見られるナガオカ、本物の長岡氏の情熱や行動力、関係者、知人、友人らの支えの強さなのだろう。

認定特定非営利活動法人育て上げネット 理事長

1977年、東京都生まれ。成城大学中退後、渡米。Bellevue Community Colleage卒業。「すべての若者が社会的所属を獲得し、働くと働き続けるを実現できる社会」を目指し、2004年NPO法人育て上げネット設立、現在に至る。内閣府、厚労省、文科省など委員歴任。著書に『NPOで働く』(東洋経済新報社)、『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『若年無業者白書-その実態と社会経済構造分析』(バリューブックス)『無業社会-働くことができない若者たちの未来』(朝日新書)など。

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