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現場から見たソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)実施報告

工藤啓認定特定非営利活動法人育て上げネット 理事長
ソーシャル・インパクト・ボンド(写真:アフロ)

2017年3月31日を持って、尼崎市で実施している「尼崎市SIBパイロット事業」が終了します。先日、尼崎市で報告会を実施してきましたので、ソーシャル・インパクト・ボンド(以下SIB)という枠組みを運用するにあたって、現場サイドから見られたSIBを報告したいと思います。

SIBの簡単な枠組みについては、タスクフォース G8インパクト投資が作成した動画「官民連携の社会的投資モデル ソーシャル・インパクト・ボンド」を参照ください。

当事業の座組は以下のようになっています。投資家の役割として日本財団、中間支援組織として日本ファンドレイズ協会、第三者評価を武蔵大学が担っています。パイロット事業なので、成果に連動した報酬の発生はありません。

座組
座組

私たちが取り組んだSIB事業の概要は下記になります。

事業概要
事業概要

尼崎市内の生活保護世帯のうち就労が可能と思われる若者(15歳から39歳)を対象にしたアウトリーチ(訪問支援)を通じて、既存の就労支援プログラムにつなげるものです。特に、現在就労支援を受けていない若者で、社会的に孤立状態になっていることが想定されています。

事業領域/支援範囲
事業領域/支援範囲

事業領域/支援範囲が上記の図になります。対象者およびご家族に尼崎市役所保護課のケースワーカーが説明を行い、私たちの訪問を受け入れる同意があった場合、ケースワーカーと支援員が同行訪問。その後、継続訪問に同意があれば支援員のみで訪問します。情報は随時保護課と共有されます。

ステップアップの判断基準
ステップアップの判断基準

SIBに詳しい方は、成果・評価の判断基準についてご関心があるかもしれません。上図は現状から就労までの変化(ステップアップ)の判断基準を簡易化したものです。今回は現場視点ですので、成果・評価の詳細については、こちら「ソーシャルインパクトボンドパイロット事業(尼崎市におけるアウトリーチ事業)成果報告と提言」をご参照ください。

こちらは2015年9月から2016年6月末までの部分を評価しています。実際、実施期間が短く、訪問支援においてここで区切らず継続をさせてほしいというこちら側の提案に対して、各ステークスホルダーからの承認を得て、2017年3月31日まで延長をしていただきました。事業結果について示したものが下図となります。

結果報告
結果報告

20名の若者(およびご家族)が私たちの訪問を受け入れてくださり、12名に変化が見られました。就業に至った若者、求職活動をしている若者、就労支援機関につながった若者がいます。しかし、当初設定した目標には届きませんでした。関係者の皆様からのご期待に沿えず大変申し訳なかったと感じています。

結果は申し訳ないものでしたが、総訪問回数350回(キャンセル除く)、平均訪問回数17.5回/一人、最大訪問回数36回という訪問支援を通じて得られた知見や経験がありましたので、以下で報告させていただきます。

支援員からの観点としては三点あります。

1. 家族の理解と応援体制があった

訪問させていただくにあたり、若者およびご家族の同意を事前にいただけた家庭に伺いました。その意味で、家族の同意があったのは訪問支援をする上で有用でした。そもそも本人の同意なく家庭訪問することは一般的な訪問支援ではあり得ません。ただし、どれだけご本人が望まれても、家族の理解が得られなければ、やはり訪問をすることはできません。その意味で、いきなりNPOから訪問支援を呼びかけるのではなく、ケースワーカーを通じた呼びかけが先行したのは、当事業の座組である官民共同の大きな大きなメリットです。行政が先、同意を前提にNPOが訪問支援という順番は当事者にとって心理的負担(断ることもできる)は小さかったと思います。

2. 外部のかかわりにポジティブであった

今回は、完全に自宅(自室)から出て来られない若者が圧倒的に多く、多少外出していても社会的なつながりが喪失している状態でした。そのため、日常的には家族のみ、または、誰ともかかわりのない(ケースワーカーの訪問を除く)若者であったため、支援員の訪問を楽しみにしてくれていたり、外出を喜んでくださったりと、家族とケースワーカー以外の人間とのかかわりをポジティブに捉えてくださいました。ほぼ自宅や自室から出て来られない若者に出会えたのも、行政が持つ彼らへのアクセシビリティがあったからこそです。民間だけでは通常お会いできる可能性は非常に少ないと思います。

3. 相性が合うケースが多かった(偶然性)

こちらの支援員は5名でチームを組み、二人一組で訪問させていただく体制にしました。ひとには誰でも相性が存在しますので、5名中2名での訪問は、相性が合わないケースが増える可能性が危惧されましたが、偶然にも比較的相性のよいことが多くありました。相性の問題を鑑みると、支援員チームを幅広く、大人数かかえる必要がありますので、相応のコストなどがかかってきます。

次に、支援員を含むSIB全体が現場サイドからどういうものであったかを報告します。大きく三点あります。

1. 支援の「始まり」までが「終わらない」組成プロセス

今回、SIBを組成するプロセスの頭から参加したわけではなく、組成プロセスの途中から委託先NPO候補団体として入りました。そして、実際に訪問支援がスタートするにあたり、支援の始まりまでが終らない、つまり、案件組成から実行までの期間がかなりかかりました。案件組成にあたり、前例の乏しい新しい取り組みであるとともに、ステークスホルダーが多くなるため、SIBそのもの理解、支援プロセス、情報管理、予算使途、成果と評価といったものをひとつずつ合意していくプロセスに時間がかかりました。

また、案件組成のプロセスでSIBについて理解が進んでいくわけですが、ケースワーカーや訪問支援員などは結論としてSIBの話が来やすく、そもそもSIBとは何かという前提理解、また、まったく新しい協働のため、こちら側が何者で、どういったかかわりを若者としようとしているのかを知っていただくことに数か月を要しました。もともとケースワーカーが多忙のため、コミュニケーションのための時間を確保することも難しいなか、すべてのケースワーカーとお話をする機会を作ていただきました。時間は要しましたが、この関係性構築の積み上げに時間を使うことができたのは、事業運用の観点から大きな効果がありました。

2. ブラックボックスアプローチの実現

一般的に、行政からの委託事業では、仕様書等の中で「何をするのか」「成果は何か」「予算用途はこれ」と決まっています。特に公金を利用するわけですから、資金の使い道は厳しく制限されています。SIBの資金を出すのは投資家です(今回は日本財団)。そのため、資金の使い道については投資家の考え方が強く影響すると思われます。

今回、SIBの目指す形のひとつである「成果連動型業務委託」を念頭にしていました。成果については合意し、そこに至るための支援は受託者に任される部分が大きくなる。私たちとしては行政との協働事業として過去に例のない「自由度」の高い支援を行うことができました。民間が民間として自由な支援を行うことは当然ですが、行政との協働において自由度が高い案件は多くありません。繰り返しですが公金なので当然の部分はあります。

しかし、行政との協働を前提とするSIBであっても、柔軟な支援が可能となる枠組みでした。もちろん、一定の基準はステークスホルダー間で使いました。いかに若者にとって有用であったとしても、例えば、飲酒や煙草の費用を出すことはありません。また、高額の入園料がかかる遊戯施設もなしとしました。すごく細かく決めたわけではありませんが、日常生活のなかですること、行くことがあり得ることであれば、必要に応じでそこでかかる費用を経費として使うことができます。

訪問支援(アウトリーチ)は、支援施設に来ることができない事情や状態のある方にアクセスするための手段として使われます。しかし、訪問支援=家庭訪問、という狭い意味合いで使われることが多いです。自宅や自室にひとが来ることにすべてのひとがオープンであるとは限りません。むしろ、プライベートな空間に他者を入れるとなれば、それなりに関係性ができたひとに限定するのではないでしょうか。当事業は生活保護世帯で、ほとんど外出をすることのない状態の若者です。

そのため、家庭にあがってもよいということであればいいのですが、自宅の近くであればよいという若者とは、ファミレスや公共空間で待ち合わせなどもしました。缶コーヒーを飲みながらでも、ファミレスで軽食を取りながらでも、その費用はこちらで出させていただきました。ひきこもり状態の若者が就労というゴールに向かうにあたり、外出支援が必須となります。まずは自宅の外に出ることからですが、一緒に食事をしてみたり、若者が行ってみたかった場所へ一緒に出掛けたりしました。移動手段として自転車やバス、電車などを使いますが、長く自宅にいられたので「人酔い」することもあれば、人の多いところに出るとめまいや動機、気持ちが悪くなってしまうことも少なくありません。そういう部分も慣らし運転をしていけば徐々に改善していきます。

ここで伝えたいのは、一般的な官民共同事業では、飲食を共にすること、電車に乗ってでかけること、有料施設に入ることは、「自腹」です。「実費負担の原則」も当たり前ということになっています。しかし、そういうお金がなかったり、何度も資金を拠出できない状況のひとがいます。お金がないひとに対して、どれほど支援の有効性があったとしても、お金を出すことができません。しかし、今回のSIBでは費用を活用することができます。今日が駄目でも、明日チャレンジすることができます。

これに関しては、育て上げネットの訪問支援員だけでなく、尼崎市のケースワーカーも評価をしています。「ここだ!」というタイミングを、ちょっとした資金拠出もできないことで逃した経験があるのかもしれません。行きたいことや、食べたいものの話をした先に、実際にそれを実現させることができることで、余裕を持ったコミュニケーション、投げかけができるというのは、少なくない制限のある事業に携わった経験のある対人支援者であれば、どれほど大きなことがわかるのではないかと思います。

3. 変化を大切にした成果指標

SIBはステークスホルダーが多いため、案件組成の段階で時間がかかりやすいということは前述しました。そのなかで特に時間がかかりそうな項目として成果指標の設計があるのではないかと思います。何を成果とするのか。現場には現場が大切にしたいことがあり、投資家にも譲れないものがある。第三者評価者もできる限り中立または偏りのない客観的なものにしたい、などです。

今回もいろいろと議論がありましたが、ひとつの成果としての「就労」はありながらも、若者の「変化」を大切にし、就労にいたる細かなステップを作り、どの項目がどれだけ変化したらステップを上るのか、ということを決めていきました。ここでのポイントは、毎月の定例会議や、訪問支援における報告書において該当する「変化」があったとき、それを関係者間で喜ぶことができるということです。確かに就労者をいかに出すのかがゴールですが、それだけが成果であれば就労者が出たときだけカウントがあがり、そうでなければ何も起こっていないかのようになってしまいます。これは小さな小さな変化が奇跡的なものであるように感じ、その積み重ねの先に若者の望む姿があると信じている支援者にはつらいものです。

そのような大切な変化は、支援者間では驚き、喜び合えますが、一方でそれは自分たちだけの喜びに留まります。しかし、今回はその変化をステークスホルダー間で合意しています。すると、ちょっとした報告、毎月の報告で誰にどのような変化があったという内容に、皆で喜び、また、後ろ向きな変化には、皆で心配することができます。これは運用面で非常に大きなものでした。

昨日、訪問支援の終了をすべての若者に告げたという連絡がありました。ご本人からだけでなく、ご家族からも、この短い期間の間に起こった変化について感謝の言葉をいただきました。「また会えますよね」と名残惜しんでくれた若者もいれば、ここからは自らの足で進んでいくと御礼をいってくれた若者もいたそうです。

報告会は平日昼間にもかかわらず、会場いっぱいの参加者の方々がいらっしゃいました。東京、横浜、岡山、沖縄などから足を運んでくださった方もおり、こんなに関心を持たれているひとがいらっしゃるのだと驚きを隠せません。報告書の最後に質疑の時間が設けられましたが、最後に印象的であったものを述べたいと思います。

今回のSIBについて、突然民間の支援員と連携をすることになったケースワーカーはどうであったのでしょうか。やっぱり大変だったようです。そもそもSIBが理解しづらい。しかし、そこを理解して、自らの言葉で保護受給者に伝え、活用してもらえるようにしないといけない。質問には答えないといけない。新たな業務の発生は大きな負担であったということは間違いありません。一方、多くのケースワーカーが「うらやましい」という言葉を使っていたという報告には驚きました。「うらやましい」。その本質は、今回、私たちが感じたブラックボックスアプローチという自由度の高い支援のことを指しているものと思われます。つまり、民間だからできる、行政だからできないということではなく、一定の自由度、柔軟性のある支援の運用ができればもっとよいかかわりができるということだと思います。そこには官民の差はなく、差がないことをSIBが明らかにしてくれたのだと思います。

SIBの文脈では、行政コストの削減や民間のノウハウといった話が出てきますが、私あまりそこに注視していません。なぜなら、それらはSIBでなければできないわけでもなく、他の手段でもよいわけです。むしろ、ここで書かせていただいたことに気が付けたこと。こういう気づきが起きやすいのがSIBであるとするならば、これは広く社会に根付いてほしいひとつの手段であると考えます。

そうはいっても、SIBのパイロット事業そのものがほとんどありませんので、ひとつの事例からの感想でしかありません。それでも新しいものにチャレンジをしていく。多くのステークスホルダーで喧々諤々議論して共通の成果指標を作り、課題を解決していくというのは、昨今、よく聞くコレクティブ・インパクトにも通ずるものではないかとも感じます。

今回、稲村尼崎市長をはじめ、尼崎市役所の皆様、日本財団、日本ファンドレイジング協会、武蔵大学で、当該案件をご一緒させていただいた皆様に感謝申し上げます。さまざまなところから報告(会を)してほしいというお声をいただきありがとうございます。こちらがその一助となりましたら幸いです。

認定特定非営利活動法人育て上げネット 理事長

1977年、東京都生まれ。成城大学中退後、渡米。Bellevue Community Colleage卒業。「すべての若者が社会的所属を獲得し、働くと働き続けるを実現できる社会」を目指し、2004年NPO法人育て上げネット設立、現在に至る。内閣府、厚労省、文科省など委員歴任。著書に『NPOで働く』(東洋経済新報社)、『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『若年無業者白書-その実態と社会経済構造分析』(バリューブックス)『無業社会-働くことができない若者たちの未来』(朝日新書)など。

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