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安倍政権の半年をどう評価するか

工藤泰志言論NPO代表

安倍政権の評価は2.8点

田中弥生(言論NPO理事):今日、6月25日は言論NPOの総会の日なので、会場のプレスセンタービルに来ています。その直前に工藤ブログのインタビューをさせていただきたいと思います。

さて、言論NPOは7月21日の参議院選挙の前に安倍政権のマニフェスト評価と実績評価を行ったと伺っていますが、どうでしたか。

工藤:僕たちは、選挙の時は必ず有権者が、その政権がきちんと仕事をしたのか、ということを判断し、日本に問われている課題を整理して、選挙に向かってもらおうと、そのために2004年から評価をやっています。今回も安倍政権が発足して180日余り経ったのですが、それを可能な限り評価して、結果を公表したところです。結果としては、今までと比べてちょっと点数が良いという結果でした。満点は5点なのですが、平均点が2.8点という状況でした。

自民党が去年12月の選挙で出したマニフェストというのは、政策BANKが169項目、J-ファイルという政策集では328項目あったわけですね。合わせると500項目くらいあるのですが、その中でも安倍政権がかなり重要視している政策分野を11分野選びました。アベノミクスももちろんそうですが、外交や復興、農業や教育など11分野。そして、その項目をきちんと見た上で、色々な評価ができるという項目を70項目抽出しました。それで、その一つひとつについてきちんと評価をしたということです。ただ、その場合は、政権が始まったばかりなので、やったかやっていないか、着手したかしていないか、とかそういう話ではなくて、着手したのは当然ですが、着手できなかった場合でもその理由について国民にちゃんと説明したかのか、ということを見ています。それから、着手した場合でもちゃんと政策目的に沿うような実現の方向性を描いているか、形式的だけではなく、実質的な要件も加味して評価した結果が、2.8点。半分が2.5点とすれば、ちょっとそれを上回ったという状況になっています。

田中:例えば、前の野田政権の時は何点くらいだったのですか。

工藤:2.2点ですね。言論NPOの評価基準はかなり厳しいので、どうしても点数が低くなってしまうのです。民主党の場合は、政権が終了間際でしたので、かなり評価の材料も多く、条件が整っていました。なので、2.2点というのは、かなり正確な評価の結果の点数です。今回は、まだ180日余りですから、材料は多くありません。安倍首相は選挙までに成果を出したい、と言っていました。つまり、この前、衆院選で勝ったのは本当の勝利ではない、次の参院選で国民の本当の支持を得たい、ということでかなり成果にこだわったという姿勢が色々なところに見えるのです。そこは評価項目の中でプラスとして寄与しています。ただ、よく見ると色々な問題もあるということも今回分かりました。

安倍政権は実際に成果を出しているのか

田中:それでは、その中身についてちょっと聞いていきたいのですけれど、まず、評価が高かった政策は、おそらく経済政策、アベノミクスではなかったかと思うのですが、この点はどうだったのでしょうか。

工藤:やはり、アベノミクスが一番高い結果でした。後は教育復興というところは3点台を超えています。ただ、それ以外のところ、財政農業は2点台ですから、やはりすごく差が出てしまいました。安倍さんのこの半年の政権運営をよく見ると、やはり経済に集中していたのですね。経済に集中してデフレを脱却していく、というその道筋をどうしても作るということに集中していった以上、僕たちはそこをきちんと評価していかざるを得ないわけです。ただ、経済だけが回復すれば全ての政策項目が改善し、実現に向かうかというとそうではない。

そこで気になったのは、まずはアベノミクスそのものは確かに市場の見方を大きく変えた。異次元の金融緩和、2年で物価上昇2%という目標にかなり市場も驚いたのですね。それで、マーケットも大きく変動したという状況になったのですが、ただ、政策的によく見てみると、アベノミクスは現時点で成功したのか、というとやはり成功しているわけではない。選挙後に結果が出るわけですね。つまり、期待を大きく変えたのかというと、変えたのは海外の投資家の期待を変えたのであって、国内の期待を持続的に大きく変えたという状況には至っていない。そこは、成功していないわけです。お金を流すことによって実質金利を下げるということに関しても、成功はしていない。それから例えば、金融機関が国債を買っていたのを、今度は日銀が買うことによってポートフォリオのリバランスというのですが、お金がどんどん色々な市場へ貸し出しという形で流れているのかというと、それも始まっていない。確かに一部の期待は変えたけれど、それが今度逆転してまた株が下がっているという状況になっているわけです。

ですから、選挙以降、本当にスピード感のある経済成長...例えば、法人税引き下げの問題も出てきましたけれど、それをどれくらい出せるのか、というところにかかってきたところです。成長戦略をうまく出せなければかなり大変な事態になってくる。しかし、この局面に関しては、そこまでの大きな動きを作ったということを考えれば、このように点数が高くなるということになりますね。

田中:少し確認させていただきたいのですが、アベノミクスに関しては今、おっしゃった通りだと思います。先ほどおっしゃった点数が高く出た要因としてはやはり、安倍さんのリーダーシップというものが大きいのでしょうか。

工藤:そうですね。司令官としてかなり成果にこだわっている。僕たちが評価を始めて以来、「成果」という言葉を使う首相は初めてです。これまではあまりいませんでした。ただ、実際には本当は成果はないわけですよ。成果というのはアウトカムであって、実際に大きく変えなければいけないのですが、そこまでには至っていない。

しかし、そのこだわりというのを僕たちはある程度評価せざるを得なかった。ただ逆にいえば、そのこだわりが選挙さえ良ければいいという形になって、選挙自体が目的になって、日本が直面している大きな課題への判断が、全部選挙後に先送りされてしまった。その結果、有権者は今度の選挙で、今の日本の色々な問題について判断することがなかなか難しいということになってしまった。つまり、国民に対して向かい合った政治をしているのか、という点については非常に大きなマイナスになっていると思います。

安倍政権が参院選後に直面する課題

田中:先送りしている課題にはどのようなものがあるのか、具体的にあげていただけますか。

工藤:まず、成長戦略そのものも、マーケットであまり評価はされず、選挙が終わったら第2弾を出すという形になりました。それから、財政再建ということの目標はどうしても、G8など世界の中で言われているように、日本はやはり、財政の規律まで考えてやらなければならないが、それをどうやって実現していくのか。予算の編成だけではなく、道筋も国民に明らかにしていない。多分、これを明らかにすることは非常に難しいとは思うのですが、明らかにしていません。

それから、エネルギーの問題。この前、原子力規制委員会が新たな規制基準を出し、これをベースにしてこれからやるわけですよね。だけど、実際にはエネルギーのベストミックスというのはこれから5年間でやるという話になっています。しかし、ある程度の方向性を出していかないと、秋には環境の問題でCOPが始まり、色々な問題が出てきます。例えば、エネルギーをベースにした環境の動き、原発の問題ということは、確かに時間軸としては選挙後に、と設定されたのですが、しかし、有権者は選挙ではそれを判断できないわけです。社会保障もそうです。社会保障では社会保障制度国民会議ができたのですが、それに対して具体的に何をしたいのか、ということが全く国民に明らかにされないまま選挙を迎えてしまう。そうなってくると、今、日本が直面している財政社会保障少子・高齢化エネルギーとか、そういう大きな問題は今回の選挙では全く判断できないという状況なのですね。

田中:なるほど。では、ここの部分はまだまだ大きな課題だということですね。

工藤:そうですね。だから、経済主導だということは理解しつつも、国民に対する説明が足りない。ただ一つ、付け加えるとすると、ちょっと気になっていることがあります。確かに安倍政権が首相主導でかなり大きな経済の改革に踏み切ろうとしている。しかし、マニフェストを見ると、古い自民党の姿もかなり見え隠れするわけです。例えば、国土強靭化という形で、全国的な公共事業のメニューが、昔の新全国総合開発計画みたいに国土計画を含めた形でいまだに出されている。

農業の問題は、民主党政権時代には戸別所得補償を「バラマキだ」といって批判していたわけですが、結局、直接支払方式もよく見るとバラマキではないのか、と。つまり、日本の農業は、一部はすでに集約化しているところもあるのだろうけれど、どういうふうに変えていくのか、ということの議論がまだできていない。それはやはり、古い自民党です。

それから、行革とか地方分権とか公務員制度改革など色々な分野のところで理念を感じないのですね。つまり、自民党は何をしたいのかがわからない。例えば地方分権推進の一方で、国の出先機関は残す、とマニフェストに書いてあるわけですよ。この前の実績評価の段階でもそういう議論がされています。そうすると、理念がまだまだ党内でも咀嚼されて、一つにまとまるというところまでいっていない。

180日というのは経済を中心に、一つの大きな成果を出して、大きな動きをつくったのだけれど、政党政治、そして政党として国民に向かい合うという点では、宿題は非常にたくさんある、ということがわかりました。

田中:なるほど。それでは、この結果というのはどのような形で公表されますか。

工藤:ウェブサイトにこの点数と、点数の理由について公開します。それで、この一部は毎日新聞と連携して、26日の朝刊に掲載されます。

言論NPOとしての評価結果はインターネットで公表します。それから、今度マニフェストが出たら、マニフェストについても僕たちはある程度の評価を行います。ただ、マニフェストは、単に書かれていることがどうか、ということだけではなくて、政党として本当にそれを実行できる力があるのか。色々な政党が色々な形で動いていますので、党内ガバナンスなどそういうことも含めて、少なくとも国民に向かい合う政治ということを、どの政党がきちんと考えているのか、日本の直面する課題に誰がちゃんと答えを出そうとしているのか、それを有権者が判断できるようにするということが僕たちの評価の意味なので、そういう結果を皆さんに公開していきたいと思っています。

田中:楽しみにしていますので頑張ってください。

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言論NPO代表

1958年生まれ。横浜市立大学大学院経済学修士課程卒。東洋経済新報社で『論争東洋経済』編集長等を歴任。2001年11月、特定非営利活動法人言論NPOを立ち上げ、代表に就任。その後、選挙時のマニフェスト評価や政権の実績評価、東アジアでの民間外交に取り組む他、世界の有識者層と連携した国際秩序の未来や民主主義の修復等、日本や世界が直面する課題に挑む議論を行っている。2012年3月には米国の外交問題評議会(CFR)が設立した世界23カ国のシンクタンク会議「カウンシル・オブ・カウンシルズ(CoC)」に日本から唯一選ばれた。

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