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民間対話を動かすことが、北東アジアの平和構築には重要 ~シュタンツェル前駐日独大使インタビュー~

工藤泰志言論NPO代表

工藤:北東アジアでは現在、平和的な環境ができていません。シュタンツェルさんは、北東アジアは和解ができていないから、こういう状況になっている、という認識でしょうか。それとも、それだけではなく、例えば、中国の台頭により、北東アジアのパワーバランスが大きく変わってきているわけですが、そういった要因も関わってきているのでしょうか。北東アジアで平和的な環境ができていない理由をどう見ていますか。

大国としての新しい要求と、過去の克服の問題が絡み合った北東アジアの現状

シュタンツェル:後者の方ですね。本来であれば、和解というものは、戦争や事件の直後に始めるべきです。そうすれば直接犠牲者、被害者に対しても向き合うことができるからです。終戦直後から和解に向けて動き始めていれば、日本と米国との間がそうであったように、うまくいったはずなのですが、時間が経った現在ではそれはもうできません。そして、現在は過去の克服という課題が、その他の政治問題とリンクしてしまっている。これは韓国もそうですが、中国にはより強くその傾向が見られます。大国への道を歩んでいますし、大国としての新しい要求も出してきている。そうした状況の変化が、過去の克服の問題と絡んできてしまっている、ということはあると思います。

工藤:日本の中には一部、「ドイツの和解の経験に学ぶべきだ」という声があります。ドイツの和解の取り組みを見て、日本は何を教訓にすべきだと思われますか。例えば、ドイツでは、ブラント首相がワルシャワ・ゲットーで跪きながら献花するなど、かなりインパクトの大きい政治によるアクションがありました。日本も1985年から政府レベルで様々な謝罪をしてきました。それでも和解が進まないので、日本の中には「謝罪疲れ」のような雰囲気も出てきているのですが、これまでの日本には何が足りなかったのでしょうか。

シュタンツェル:ブラント首相の頃もそうでしたが、和解はその時々の政治的なテーマに絡んできます。ドイツとポーランドとの和解は、ブラントの跪くポーズだけで成し遂げられたわけではありません。オーデル=ナイセ線を事実上のドイツとポーランドの国境として承認する、という政治的な問題の解決が、道義的な問題と一緒になって、ようやく和解が可能になった、ということが言えると思います。

日本と、中国、韓国との関係も似ていると思います。先程も申し上げた通り、日本の場合も、過去の問題が、今の政治的な問題と絡み合ってしまっている。例えば、韓国とは協力関係をどう進めていくか、という政治的な課題がありますが、今、日本では多くの影響力のある人々から、日本の戦争責任に対して疑問を投げかけるような言説が出てきている。それが政治的な問題解決を進めていく阻害要因になっていると思います。

中国は、自らの台頭に対して、「日本はもっとオープンな態度をとってほしい」と思っている。しかし、日本にとって、中国が世界の中心的なプレーヤーになることへの対応は、政治的な問題の中でも特に難しい。そういう意味では、日中関係を進めていくのは、日韓関係を進めていくよりもはるかに難しいでしょう。

工藤:ドイツが戦後行った、和解のための様々な努力に対して、多くの日本人は非常に尊敬しています。ただ、それをレッスンにして、日本は何をすればいいのか、というのはまだ分かりにくい。日本はこれまで謝罪をしてきましたが、色々な政治家がその謝罪とは相容れない、矛盾するような発言をする、行動をとる、ということによって、今までの謝罪が全部台無しになってしまう、というような状況なのですね。こういう状況では、政治指導者は、絶えず歴史に対して謙虚になり、スタンスを変えずに謝罪をし続けることが必要なのでしょうか。

いかに謝罪の言葉に信頼性を持たせ、両国の共通利益を追求していけるか

シュタンツェル:何十年も前から、日本の政治家、そしてもっと大事なことですが、天皇陛下も日本の象徴として、何度も謝罪の意を表してきました。それ以上のことはできないと思います。大切なのは、いかにしてその謝罪の言葉に信頼性を持たせるかということです。つまり、ただ単に何度でも繰り返せばいいというのではなく、近隣諸国が、「日本の国民全体が、日本の戦争責任をしっかり認識している」と信頼させなければなりません。「本当は戦争責任を受け入れてはいないのでないか」と疑念を生じさせてはいけないわけです。これはまさに道義的な問題ですね。

しかし、先程も申し上げたように道義的な問題だけではなく、政治的な問題も加わってくる。どのようにして、日本と韓国が21世紀の関係づくりをしていくか。将来、一緒になって同じ目的を追求していくのか。それとも、対立を続け、協力し合わないのか、という選択肢があります。しかし、私から見ると、両国は利害を共有していると思います。アジア、そして世界において、この両国が共通利益を追求していくことにより、政治的な側面の阻害要因を、乗り越えていくことは簡単だと思います。

工藤:和解そのものを目的にするのではなく、和解を前提にしながら、将来のこの地域のビジョンなり、共通利益のために、共に作業をすることを急ぐべきだ、ということでしょうか。

シュタンツェル:両方です。両方を相互補完的に、です。道義的な問題に対する答えというのは、当然要求されますので、天皇陛下の謝罪のおことばを国民全体で支えているのだ、ということが明確に分かるようにする。それと同時に、政治的に見解が異なる点について、調整を図り、解決していく、ということだと思います。そして、両者がともに、共存するプレーヤーとして、共通の目標を追求していくべきです。

フランスとの和解の際、決定的な役割を果たした市民社会の力

工藤:今のお話を聞いていると、やはり、政治だけではなくて、民間レベルでも、そういう交流というものを進めて、政治的な環境づくりをしていかなければならない、と感じました。ドイツとフランス・ポーランドの間の和解の背景にも、そういう民間レベルの大きな動きがあったのでしょうか。

シュタンツェル:フランスとの和解の場合、本当に市民社会が決定的な役割を果たしました。政治家たちが和解のためにどうすればいいのか、ということについて明確な方向性を描けていないうちに、市民社会が動きました。日本と韓国の場合でも、言論NPOのような民間の団体が、この問題の解決にエネルギーを注ぐと非常に大きな力になると思います。道義的にも政治的にもそうです。

工藤:最後の質問です。今の国際的な平和秩序というものを、核保有国である大国が壊し始めているのではないでしょうか。例えば、ドイツの近隣国であるウクライナに対して、ロシアが侵攻して、主権を侵害しています。アジアでも、例えば、中国が南シナ海でやっている行為というのはまさにそう見られているわけですね。大国が、これまでつくられてきた平和的な秩序とはそぐわない行動をしている、という状況の中、ドイツも日本もこれにどう対応していかなければならないのでしょうか。

これまでの平和的な秩序とそぐわない行動をする大国に、どう向き合うか

シュタンツェル:過去の問題のウエイトが小さくなり、政治的な問題のウエイトが大きくなってきている。それは欧州では新たな問題、つまり、ロシアとどう向き合うかという問題です。西ヨーロッパの中でも、全く新しい考え方が求められ、新たな解決策が必要とされています。東アジアにおいてもそうでしょう。もちろん、過去の問題は依然として重要です。しかし今、新たな現象、つまり、中国が台頭してきたという問題のウエイトが大きくなってきています。この台頭する中国に対して、どうすれば適切に対応していけるのか。自国の自由、そして、国際社会の自由のために、さらに、同盟国、つまり、自分たちと同じような考え方、価値観を持っている国々とともに、どのように対応していけばいいのか、という問題があるわけです。これは、たとえ和解がうまくいったとしても、答えていかなければならない問題だと思います。

工藤:ただ、そういう状況の中で、過去の歴史的な問題を利用して、ナショナリズムが高まってしまう、ということは避けていかないといけないので、未来の危機を救うためにもやはり、過去の問題について、ある程度民間も含めて解決していかなければならない、と今のお話を伺って思いました。そういう理解でよろしいでしょうか。

シュタンツェル:そうですね。ただ、それができるかはパートナーにもよると思います。韓国の場合は、民主主義国家です。非常に市民社会も強い。ですから、うまく理性的に、道義的な問題と政治的な問題の両方について、議論できると思います。ところが、道義的な問題を政治的な手段として悪用する中国の場合は、それは難しいと思います。市民社会的なアプローチも、韓国よりもはるかに弱いということもあります。中国自身のためにも、そういう市民社会的な要素を、未来志向の形で強くしていかなければならない。それができれば中国との間でも過去の問題の解決ができると思います。ただ現状の中国は、民主主義国家ではないので、市民社会的なアプローチは、難しいと思います。ここで直面する課題の大きさは、対中の方が対韓よりもはるかに大きいと思います。

工藤:2週間後、私たちは韓国との間でも大きな未来対話をやります。今のお話にもあったように、色々な形で、民間レベルの対話を動かそうと思います。今日はどうもありがとうございました。

⇒戦後70年における平和と民間外交の役割

⇒日本とドイツが目指す民主主義のあり方と課題

言論NPO代表

1958年生まれ。横浜市立大学大学院経済学修士課程卒。東洋経済新報社で『論争東洋経済』編集長等を歴任。2001年11月、特定非営利活動法人言論NPOを立ち上げ、代表に就任。その後、選挙時のマニフェスト評価や政権の実績評価、東アジアでの民間外交に取り組む他、世界の有識者層と連携した国際秩序の未来や民主主義の修復等、日本や世界が直面する課題に挑む議論を行っている。2012年3月には米国の外交問題評議会(CFR)が設立した世界23カ国のシンクタンク会議「カウンシル・オブ・カウンシルズ(CoC)」に日本から唯一選ばれた。

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