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「アジアの未来と日韓関係の役割」 ~「第4回日韓未来対話」第2セッション~

工藤泰志言論NPO代表

続いて行われた第2セッションでは、国立外交院際法センター所長で、元駐日本大使のシン・ガクス氏と、国際交流基金顧問で、元駐韓国大使の小倉和夫氏による司会の下、「アジアの未来と日韓関係の役割」をテーマに議論が行われました。

「日米韓」の枠組みを機能させるために

韓国側基調報告として、延世大学校教授の孫洌氏はまず、「アジアの未来を考えていく上で、11月のアメリカ大統領選挙が重要な鍵となる」と語りました。

孫氏は、これまでアメリカが中心となって進めてきた「新自由主義の世界化」は、世界経済の規模を飛躍的に拡大させた一方で国家間、あるいは各国国内において格差を増大させたと指摘。それは、経済的には中間層を減少させるとともに、政治的には二極化を招き、ドナルド・トランプ氏に代表されるようなポピュリスト政治家の躍進を生み出すことにつながったと分析しました。そして、ヒラリー・クリントン氏が大統領になったとしても内向きで孤立主義的な傾向や保護貿易主義の伸長は避けられないし、それに伴いアメリカ国内で対中国強硬論が増大していくことや、これまで同盟国として、アメリカの様々な力による恩恵を受けてきた日本と韓国が、共に新たな責任や負担を担うことを要求されるようになることなどを予想しました。

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孫氏は続けて、アジア地域の安定のために求められる視点として、「分離」を挙げました。まず、かつてのニクソン、キッシンジャー両大統領のような勢力均衡論は現在の対中国戦略としては不適当であり、日米韓による安保協力によって対応すべきだとした上で、そのためにも日韓関係改善は不可欠であると主張。その際、歴史認識問題と協力課題を分離して考える発想が必要だと説きました。

さらに、中国に対する場合には、その経済的影響力の大きさから対立が経済の領域にまで及ばないように安保の問題と経済の問題を分離させるべきと述べました。

最後に孫氏は、日韓2か国の協力課題として、アメリカでこれ以上孤立主義、保護貿易主義を拡大しないよう一致して働きかけるべきと提案し、そういう機会を通じて日韓協力の可能性が生まれると語りました。

アメリカのプレゼンスを支える上で、日韓は構造的に一体となっていくべき

政策研究大学院大学政策研究院シニア・フェローで、元防衛審議官の徳地秀士氏は、孫氏が指摘した日本と韓国が担うべき安全保障上の新たな責任に関して、「日本には3万8千人くらい、韓国には2万8千人くらいの米軍がいる。在韓米軍は陸軍が主体だが、逆に在日米軍は海軍とか空軍、あるいは海兵隊が主力になっている。したがってこの北東アジア地域においてアメリカがきちんとした作戦能力を維持していくためには、日韓双方が一体となってアメリカのプレゼンスを支えていくことが重要だ」とコメントしました。

また、伝統的安全保障の手法である勢力均衡論については、「それほどネガティブに考える必要はない」としつつも、人道支援・災害救援(HADR)に係る活動を始めとする非伝統的安全保障分野など中国を引き込める協力課題も同時並行して進める必要があると語りました。

中国に対しては、日韓の認識差の「中間点」を探りつつ、市民社会の役割を重視すべき

日本側基調報告に登壇した慶應義塾大学教授の添谷芳秀氏は、「アジアの未来と中国と日韓」をテーマとしてまず、世論調査結果に表れた日韓両国の対中認識のギャップに言及。そして、その差を埋めるというよりも、「日韓の中間点を定めて、双方から中間点に近づく努力をすべき」と訴えました。

そして、その「中間点」を探る際には、長期的な視点から、中国とどう共存するかという問題意識に立脚すべきと語った上で、中国の一国主義的傾向は日本だけでは抑えられないため、東アジア全体の連携が不可欠と指摘し、「そこにこそ日韓協力の潜在的な可能性がある」と述べました。

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添谷氏は最後に、中国に対して共存を呼びかけたとしても共産党政権中枢にはその声はなかなか届かないとする一方で、「中国でも市民社会に対しては我々の声も届く」とし、日韓の市民社会がアジアの未来に向けたビジョンを共有し、協力して中国の市民社会に未来に向けた共存を呼びかけることが、終局的には中国の民主化など望ましい変化を促すことになると居並ぶ聴衆に語りかけました。

市民社会の目線が大事

この添谷氏の基調報告を受けて小倉氏は、日中韓のいずれの国においても少子高齢化が加速度的に進行しているという共通課題を指摘し、「外交・安保や経済だけでなく、こうした共通する市民社会の課題について共に考えることがアジアの共存の未来につながっていくのではないか」と所感を述べました。

慶応義塾大学教授の西野純也氏も、民主主義国家の外交では国民世論が不可欠であるため、市民目線を意識することの重要性を指摘。また、世論調査では国民感情は改善しているものの、この3年間の日韓関係の停滞によって、双方の国民が相手に対して「疲労感」を抱えたままであると分析。そして、その解消のためには、市民レベルでの「心と心の交流」が必要であり、その積み重ねが、やがては国家間の戦略的、包括的な関係に発展していくと説きました。

続いて、ディスカッションに入ると、日本側からは経済協力の可能性についての発言が相次ぎました。

いずれ中韓も「日本化」に直面。そこに協力の好機がある

まず、東京大学公共政策大学院特任教授で、元アジア開発銀行研究所所長の河合正弘氏は、日本が直面している長期的な低成長について言及した上で、韓国や中国でもこうした「日本化」はいずれ起こる指摘。そこで、それを切り抜けるためにどういう改革が必要なのか、高度経済成長後に成熟した経済を目指すために何をすべきかなどは、東アジア全体で一緒に考えることができる共通の課題だと語りました。その上で河合氏は、共存・共栄関係を確実なものにするために、「TPPを足掛かりとして、そこに中韓を引き込むような形で、日中韓FTAを目指し、貿易圏の拡大を目指すべき」と主張しました

誰と一緒に自由貿易体制を守っていくのか

早稲田大学教授の深川由起子氏は、世界に保護貿易主義が広がり、さらに中国を「非市場経済国」として規定した中国の世界貿易機関(WTO)加盟議定書の条項が12月に失効することに伴う混乱から、自由貿易体制が危機を迎えていると説明した上で、「日韓合意できる一番大きな利益は自由貿易体制を守ることだ」と語り、韓国側に対して「誰と一緒に自由貿易体制を守っていくのかよく考えて欲しい」と迫りました。

また、産業構造をダイナミズムのあるものに転換できなかったという点で、日韓両国は共に失敗していると指摘し、これも共通の課題として「互いに規制緩和などで競争しながら取り組んでいくべき」と提言しました。

都市間協力という視点

森ビル株式会社特別顧問の山本和彦氏は、東京とソウルの双方での都市開発コンサルタントとしての経験から、「世界では国家間の競争だけでなく、都市間の競争も熾烈になってきているが、東京もソウルも一極集中型都市として共通した課題を抱えている」と指摘。そして、「日本全体では『失われた20年』と言われているが、東京に関してはこの間も成長しているし、2020年の五輪を控えてさらに成長が加速している」と語り、この東京の経験をソウルと共有していくことを、協力関係の進展につなげていくべきとの認識を示しました。

韓国側からは、日韓の和解に向けた提案が相次ぎました。

若い世代の交流が増えれば、問題は解決していく

SBSのLee Byung Hee氏は、「歴史認識問題を解決できないのであれば、問題の順序を変えて、可能な協力課題から優先的に始めるべきだ」と問題の棚上げを主張。そして、世論調査結果では、相手国への訪問経験がある若い世代ほど、相手国に対する印象が良いことに着目し、「若い世代の交流を増やせば、あとは時間が問題を解決してくれる」と述べました。

独仏と同様に日韓の和解も長期的なプロセスで

高麗大学のLee Jae Seung氏は、「ドイツとフランスの良好な関係も1963年のエリゼ条約締結以降、50年かけてようやく築き上げたものだ」と語り、日韓の和解と協力関係構築にも長期的なプロセスが必要との認識を示しました。そして、2国間だけでなく地域全体を巻き込んだ形での協力のプラットフォームをつくるためにも対話を最優先すべきと主張しました。

日韓協調のために必要なこと

これに対し日本側から上智大学国際関係研究所代表で、元駐米国大使の藤崎一郎氏は、北朝鮮の非核化から並進路線への転換、中国の海洋軍事大国化と南シナ海における日韓のシーレーンへの影響、アメリカの内向きな新孤立主義という3つの要素からなる「北東アジアの地殻変動」を指摘。その上で、日韓がこうした変動の中を生き抜くためには両国の協調が不可欠と語りました。

そして藤崎氏は、韓国世論の6割が日本の軍国主義化を懸念しているという世論調査結果を引用しつつ、そうした協調のための前提条件として、「現実と認識のギャップを埋めることが必要」と語りました。そして、そのために必要なこととして社会の中でヘイトスピーチなど排外的なナショナリズムを抑えることや、若い世代の交流を増やすことなどを挙げました。

添谷氏は、孫氏が冒頭で指摘したように、2トラックの仕組みをつくり、歴史認識問題と協力課題を切り離した上で、協力を積み重ねればいずれは和解に収斂していくと語りました。

一方で、韓国側からは日本の安全保障政策の行方に対する懸念の声も寄せられました。

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日本の軍国主義は復活するのか

朝鮮日報の鮮于鉦氏が、日本の安全保障法制について、現状のままであれば心配していないと前置きしつつ、「憲法9条を改正した場合にはこれがどのように変容するのか」と問いかけると、慶熙大学校のChin Mi Kyung氏も、19世紀以降の日本が、軍国主義的に勢力拡大を志向する「アジア派」から、人権・民主・平和などの価値を標榜する「ヨーロッパ派」へと変遷してきたという歴史を振り返りつつ、「安倍政権が憲法9条を改正し、日本が再び『アジア派』へと回帰するのではないかと多くの韓国国民は懸念しているが、実際はどうか」と続きました。

安保法制は軍国主義とは真逆の発想

これに対し、自由民主党所属の衆議院議員である山口壯氏が、「9条改正イコール軍国主義化ではない」と回答すると、添谷氏もその補足として、「日本の政治家には、米軍の活動に対して日本から遠く離れた地域まで付き合うつもりはなく、あくまでも自国の防衛にしか関心がないというのが本音だ」とした上で、安全保障法制の集団的自衛権限定行使容認によってその自国の防衛には十分な体制が整ったため、「そもそも9条改正の必要性はもうなくなっている」と説明しました。そしてさらに、9条を改正し、国連憲章第51条に規定された集団的自衛権をフル活用できるようにしたとしても、「それは世界平和実現により積極的に貢献していくためであり、軍国主義とは真逆の発想である」と述べました。

安全保障よりも、まず優先されるべきは平和協力

西野氏は、安全保障はあくまでも「最後の砦」であり、まず優先されるべきは平和協力であると語りました。その上で、「日米、米韓などの同盟関係強化も重要であるが、これまで進めてきた日中韓の様々な協力の枠組みを今後も着実に進めていくことを忘れてはならないと注意を促しました。

新しい議論の段階に向けて良いスタートとなった今回の対話

その後、会場からの質疑応答を経て、最後に総括として言論NPO代表の工藤泰志は、「世論だけでなく有識者層でも日韓間で認識の差が大きいことが分かった」とした上で、日本と中国の対話である「東京―北京フォーラム」から得た経験として、「相互の基本理解が全くできていないことの危険性を互いに認識すれば、議論がかみ合うようになる」と語りました。そして、「日中間ではそうした危機意識から課題解決に向けた議論ができるようになっている。日韓間でもそうした方向に向うための良いスタートとなったのではないか」と今回の対話の成功を強調し、白熱した議論を締めくくりました。

言論NPO代表

1958年生まれ。横浜市立大学大学院経済学修士課程卒。東洋経済新報社で『論争東洋経済』編集長等を歴任。2001年11月、特定非営利活動法人言論NPOを立ち上げ、代表に就任。その後、選挙時のマニフェスト評価や政権の実績評価、東アジアでの民間外交に取り組む他、世界の有識者層と連携した国際秩序の未来や民主主義の修復等、日本や世界が直面する課題に挑む議論を行っている。2012年3月には米国の外交問題評議会(CFR)が設立した世界23カ国のシンクタンク会議「カウンシル・オブ・カウンシルズ(CoC)」に日本から唯一選ばれた。

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