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日中韓共同世論調査にみる北東アジアの未来 -第2回日中韓3カ国の世論調査結果をどう読むか-

工藤泰志言論NPO代表

言論NPOは今年10月末までに中国の零点研究コンサルテーショングループと韓国の東アジア研究院の2つのシンクタンクと共同で、北東アジア地域の将来や安全保障の課題に関して、日中韓の3カ国の国民がどのように考えているのか、世論調査を実施した。

北東アジアでは中国の台頭や、さらには北朝鮮の核開発で不安定化する朝鮮半島情勢など様々な変化が起こっている。一方で、この地域には平和的な秩序のための地域的なガバナンスは存在しておらず、様々な紛争の要因を抱え、国民間の懸念材料となっている。

このような不安定な北東アジア地域において今後、どのような平和秩序を目指すべきなのか、その場合の課題は何か、そして、当事国である日中韓3カ国は、この地域の平和のためにどのように協力すべきなのか、それが私たちの強い問題意識なのである。

言論NPOが、昨年、日中韓3カ国の共同世論調査と、アメリカを加えた4カ国対話を開始したのも、この北東アジアの平和構築のために、周辺国の国民の理解を進めながら、民間レベルの対話を行い、その環境整備に着手したいと考えたからである。

今年の3カ国共同の世論調査は、昨年に続く2回目となり、日中韓3カ国で合わせて4000人以上が調査に協力した。

アジアの将来に対する国民意識はこの一年で大きく変化した

まず、今回の調査結果で説明しなくてはならないのは、アジア地域の今後10年間にわたる変化に対する3カ国の国民の意識である。アジアの変化は、中国の台頭を軸に進み、アメリカはアジア回帰を進めようとしているが、アジアの国民間にはアメリカの行動が十分に理解されていない。それが、昨年の世論調査で浮かび上がった3カ国の国民の意識である。こうした周辺国国民の基本的な認識は今回の調査で大きく変わったわけではない。

今年の調査でも、中国の影響力はアジアでさらに増大するとみる人は、日本でも51.9%と半数を超え、特に韓国民は71.2%と突出している。これに対してアメリカの影響力の拡大を現在と「変わらない」とみる人は、韓国で66.3%,日本で36.5%、中国で43.6%と3カ国のそれぞれの回答で最も多い。

しかし、この一年間で国民間の意識に幾つかの重要な変化がみられる。第一は中国の影響力のアジアでの拡大を予想する人は3カ国でいずれも昨年よりも減少したことである。自国の影響力の拡大に自信を深めていた中国国民の間でその傾向は特に大きく、今回の調査では自国の影響力が増大するとみる中国人は66.4%と昨年の82.5%から大きく減少した。逆に影響力が「減少する」とみる人はわずかではあるが、昨年の1.6%から、今年は5.7%に増えている。

【今後10年間のアジアにおける中国の影響力】

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【今後10年間のアジアにおけるアメリカの影響力】

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もう一つ変化は、この一年で中国人の対韓意識が大きく,一方的に悪化したことである。これは全ての設問での中国人の回答に共通してみられる傾向で、韓国のアジアでの影響力を今後10年間で「減少する」と回答した中国人は30.6%と昨年の8%から大幅に増加した。

【今後10年間のアジアにおける韓国の影響力】

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中国の韓国に対する意識の大きな悪化の背景には、在韓米軍の高高度防衛ミサイル(THAAD)の配備を巡る中国と韓国との対立がある、と考えられる。中国メディアの反韓キャンペーンが中国世論に大きな影響を与えている。

これまで中国経済に強く依存し、中国傾斜を強めていた韓国国民の意識にも、アジアで影響力を強める中国との対立は変化をもたらしている。

昨年まで、韓国人の45.6%と半数近くが自国のアジアでの今後の影響力を「増大する」とみていたが、この自信は崩れ、今年の調査ではわずか一年でそれが24.2%まで減少している。

アジアが直面する課題は「平和」だが、その展望を国民は見出していない

こうした状況を反映して、日本のアジアでの今後の影響力を「増大する」とみる人が3カ国の国民間でわずかだが昨年よりも増加している。特に日本人では昨年の17.8%から、今年の調査では28.5%と10ポイント以上の増加となっている。

【今後10年間のアジアにおける日本の影響力】

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もう一つ、アジアの将来で注目する変化がある。中国国民にロシアへの期待が高まっていることである。中国人の46.8%と半数近くが、アジアで今後、ロシアの影響力がさらに「増大する」とみており、日本と韓国とは全く異なる意識を示している。この傾向は中国人の中にかなり強く浸透している。例えば、中国人の7割は、ロシアが世界の課題に「責任ある行動をとると思う」と信頼しており、半数強がロシアは「責任ある行動をとらない」と考える日本人と対照的な傾向を示している。この北東アジアの地域でロシアをどう位置づけるかは、この3カ国の国民間の認識に差があるが、日本もロシアとの外交を重視し、プーチン大統領の訪日を控えている。ロシアを今後、この地域の参加者としてどのように考えていくかは、国民間も判断を迫られることになろう。

【今後10年間のアジアにおけるロシアの影響力】

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今回の調査では、アジアの今後10年間の姿に関して、3カ国の国民の意識がわずか一年間で大きく変わろうとしている。それほど、この地域の変化が激しいのである。

その背景には、これまで世界経済を牽引してきた中国経済の構造調整の動向がある。ただ、国民の意識を動かしているのは、不安定化するこのアジア地域での安全保障の厳しい環境だと考えられる。影響力を増す中国とアメリカを軸としたハブ・アンド・スポークの安全保障構造との対立があり、それが国民間の平和に関する意識に不安を高めている。

こうした状況下で国民の間には、将来の目指すべきアジアの理念として「平和」という課題がより大きなものとして意識されている。

今回の調査でも、東アジアの目指すべき価値観を3カ国の国民に聞いたが、日本人の64.3%、中国人の41.5%、さらに韓国人の50.3%が、「平和」を挙げている。この傾向は昨年と同じであり、この地域に平和を求める国民間の意識が大きく、それこそが静かな多数派の声だと判断できる。

【東アジアの将来のために目指すべき価値観】

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しかし、その実現に関してはその展望を見出していないのが、現時点での3カ国の国民の意識なのである。

現時点の課題は、三か国間の国民に十分な信頼関係がないこと

そこで今回は、現在、対立関係にある中国とアメリカも入れた平和秩序が将来、東アジアに実現すると思うのかを設問で聞いてみた。「実現する」と回答したのは、日本でわずかに14.0%、韓国で27.8%にすぎない。日本では57.5%が「わからない」と答え、韓国では48.5%とほぼ半数が、「実現はしない」と回答している。

ところが、中国の国民は48.7%が、「実現する」と回答している。ただ、これは実現してほしいという願望を示したものと判断したほうがいい。

言論NPOが、今年の9月末に公表した日本と中国との共同世論調査では、中国人の中に日米の共同体制に軍事的な脅威を感じている人が圧倒的となっており、尖閣諸島での軍事衝突の可能性を考える中国人は6割にもなっていた。こうした厳しい世論を考慮すれば中国とアメリカが参加する平和秩序自体に中国人が期待することは何ら不思議なことではない。むしろ、このことは中国人の半数近くが、アジアの将来の平和秩序に米中が参加することのイメージを持っていること示したという点で興味深い。

【東アジアに平和的な秩序は実現するか】

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北東アジアの「平和」は、3カ国の国民にとっては強く期待するものだが、将来の平和を考える場合、現時点で最も厄介なのは、この3カ国の国民間に十分な信頼関係がいまだに構築できていないということである。

この間、3カ国はなんとか政府間で日中韓首脳サミットを実現するというところまで持ち直し、この12月の東京開催に向けて準備を進めている。ただし、国民間にはまだ相当大きな意識の差がある。今回の設問では、アジア太平洋の国の中で最も信頼できるパートナーを3カ国間の国民に尋ねたが、日本人は81.8%と8割が、「アメリカ」を最も「信頼できる」パートナーとみているが、「中国」に対しては76.1%と7割が「信頼できない」とみている。「韓国」に対しては昨年よりは改善しているが、それでも「信頼できない」が57.6%と半数を超えている。中国人はこれに対して、最も「信頼できる」パートナーとして「ロシア」を挙げる人が80.7%と8割を超えている。「日本」に対しては昨年よりは改善したが、まだ「信頼できない」が78.9%と8割近い。

中国の対韓意識は悪化したが、韓国の対日意識に大きな改善は見られない

今回の調査で最も注目されたのが、前述した中国人の対韓意識の変化である。中国人で「韓国」を「信頼できる」と思っている人は昨年の56.3%から、今年は34.9%に20ポイント以上も減少し、逆に「信頼できない」は、昨年の36.8%から今年は61.1%と大幅に増え、真逆になっている。

これに対して、今年が初めての調査のため昨年とは比較できないが、韓国人の83.2%は最も信頼できる国として「アメリカ」を選び、逆に「日本」については「信頼できない」が75.7%と7割を超えている。ただ、中国に対しては少し複雑で、「信頼できない」が61.0%と6割を超えているが、「信頼できる」ちおう人も36.1%と3割強存在している。

【中国にとって「信頼できるパートナー」はどこか】

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【韓国にとって「信頼できるパートナー」はどこか】

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今年の調査結果では、日本と中国の2国関係に対する意識ではそう大きな変化はみられず、むしろ改善傾向がみられる。

注目されたこの一年の大きな変化は、中国の対韓意識の悪化だが、だからといって安全保障面で同じ側に立つ韓国の対日意識に大きな改善がみえたわけではない。このことがこの地域の平和を考える上での大きな障害になっている。

今回の世論調査では、このアジア地域の紛争の原因として、3カ国の国民が強く感じているのは、「エネルギー資源に関する競争」や「朝鮮半島の状況」、「アジアにおける新たな核保有国の出現」などだが、中国人は紛争の原因として「日本と中国の関係」を選ぶ人が71.6%も存在する。また、韓国人で「日本と韓国の関係」を選ぶ人は49.2%と半数近く存在する。これに対して日本人で「日本と中国の関係」を選ぶ人は45.3%、まして「日本と韓国との関係」は27.3%に過ぎず、明らかに日本と中国、韓国の国民間の認識に大きな深刻な差がみられる。

【日本人が考えるアジア地域で紛争の原因になるもの】

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【韓国人が考えるアジア地域で紛争の原因になるもの】

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【中国人が考えるアジア地域で紛争の原因になるもの】

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こうした状況をどう改善できるかは、それぞれ2国関係の改善に向けた努力次第となる。

今回の調査では、紛争における米軍投入の可能性について、係争中の島(尖閣諸島)で中国が日本と軍事紛争を始めた場合と、日本が中国と軍事紛争を始めた場合で、中国人のそれぞれ64.0%と68.8%が、米軍の「派遣がある」と考えていること、さらに韓国人の59.0%は自国の核武装には「賛成」していることなども明らかになっている。

【中国が係争中の島に関して、日本との軍事紛争を始めた場合、アメリカは米軍を派遣するか】

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【日本が係争中の島に関して、中国との軍事紛争を始めた場合、アメリカは米軍を派遣するか】

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12月に東京で開催予定の日中韓サミットでは何を協議すべきか

北東アジアの平和環境に不安が存在し、それらの解決に向けた対話が不在の中で日中韓の首脳サミットが12月にも東京で開催されようとしている。

日本人の51.2%はここで「北朝鮮の核問題」を協議すべきだと考えているが、韓国では隣国の「北朝鮮の核問題」(38.4%)よりも「歴史認識問題」(44.0%)や「首脳同士の信頼関係の向上」(42.6%)を議論すべきと考える人の方が多い。

また、中国では27.0%が「北朝鮮の核問題」を協議すべきと考えているが、最も多いのは「首脳同士の信頼関係の向上」(30.9%)である。  

北東アジアの平和の実現に向けた展望を描けない中で、まず3カ国はお互いの信頼関係の向上に全力を示す段階だとこの調査結果は教えている。

【日中韓サミットで議論すべき課題】

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⇒「日中韓3カ国共同世論調査」詳細な結果はこちらから(外部サイト)

言論NPO代表

1958年生まれ。横浜市立大学大学院経済学修士課程卒。東洋経済新報社で『論争東洋経済』編集長等を歴任。2001年11月、特定非営利活動法人言論NPOを立ち上げ、代表に就任。その後、選挙時のマニフェスト評価や政権の実績評価、東アジアでの民間外交に取り組む他、世界の有識者層と連携した国際秩序の未来や民主主義の修復等、日本や世界が直面する課題に挑む議論を行っている。2012年3月には米国の外交問題評議会(CFR)が設立した世界23カ国のシンクタンク会議「カウンシル・オブ・カウンシルズ(CoC)」に日本から唯一選ばれた。

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