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北東アジアの平和に向けて、課題解決の意思を持つ世論を喚起し、政府間外交が動き出すための基礎づくりを

工藤泰志言論NPO代表

言論NPOの15年間の取り組み

今日はこのような機会をいただき、ありがとうございます。

一言だけ自己紹介させていただくと、私たちのシンクタンク、言論NPOは、日本の民主主義を強く機能させることと、アジアの平和を実現することを目的に行動しています。

今、世界で激しいチャレンジを受けている自由と民主主義を擁護すること、そしてアジアにおける平和を実現することを目的として真正面に掲げ、市民側に立って活動している組織は、日本では私たちしか存在していません。

昨年の暮れに私たちは、200人近い日本の専門家と一緒に、日本の安倍政権の政策実行の評価を公表しました。これは毎年行っていることであり、日本の市民に判断材料を提供するための作業です。

また、中国と韓国との間で、北東アジアに平和を実現するための対話を毎年行っています。特に、日中関係は、この15年間の中で5年近く政府外交が実質的に停止していましたが、私たちの対話はこの間一度も中断することなく行われてきました。

2006年に日本と中国が政府外交を回復させ、戦略的互恵関係を結ぶことになったのも、私たちの対話を舞台として話が動いたからですし、2013年に尖閣諸島で日中対立が極めて深刻化したときにも、私たちは、民間ベースですが中国側との間で「不戦の誓い」を合意しています。

こうした市民外交のチャネルが北東アジアに存在しているということを、まずご理解いただけたらと思います。

日中韓における相互認識形成のメディア依存とその特殊性

今日、皆さんにお話しするのは、私たちが毎年行っている北東アジアの世論調査の分析結果についてです。皆さんのお手元にも、簡単な資料を配布させていただいていますので、参考にしていただけたらと思います。

私たちは毎年、日中共同世論調査日韓共同世論調査、そして、日中韓3カ国共同世論調査という3つの世論調査を行っています。

中国とは12年間、韓国とは4年間実施しており、毎年、同じ質問を繰り返し聞いています。中国では10大都市の標本をランダムに選び、調査員が面談で行っています。これは統計学的にも正しい手法ですが、その際、対象となった中国人が本当のことを言ってくれるのか、という問題はあります。しかし、12年間、同じ方法論と同じ設問を聞くことによって、経年変化から中国国民の意識はかなり正確に分析できます。

まず、皆さんにご理解していただきたいのは、相手国に対する認識はどのように形成されるのかということです。

ここでは2つだけ指摘します。まず、日本と中国、韓国は、ともに国民間の直接交流は少なく、相手国に対する認識は自国のメディア報道に強く依存しているということです。特にテレビの影響が強く表れています。

こうした構造はたぶん、日米間でも同様にみられる傾向だと思いますが、北東アジアでは少し構造が異なります。日本と韓国では自国メディアの報道を、公平で客観的だと思っているのはわずか2割程度です。ところが、中国では7割もの人が自国メディアの報道が公平で客観的だと信頼しているのです。どちらが望ましい市民の認識なのか、その判断は皆さんにお任せします。ただ、中国ではメディア報道は政府によって規制されており、政府を公然と批判するメディアは基本的に存在しません。にもかかわらず、その報道が強い信頼を集めている。その構造には注意が必要です。

この1年間、3カ国調査で見られた2つの変化

こうした世論の構造を理解した上で、北東アジアの未来や平和をこの3カ国の国民はどうみているのか。最新の調査結果からいくつかの特徴を説明します。

この1年間、2つの変化を軸に3カ国の国民の意識は動いています。

1つは中国の影響力に対する意識です。10年後のアジアは、中国の台頭を軸に変化が進みますが、アメリカの影響力の増大はあまり期待できないというのが3カ国の国民の基本的な意識です。この基本構造は今も変わっていませんが、この1年間、中国の影響力の拡大を予想する人は、3カ国のいずれの国民も昨年よりも減少しています。背景には中国経済の構造調整の苦しい現実があります。中国人でも自国の影響力の拡大を予測する人が昨年よりも16%減少しています。

そしてもう1つは、日米と中国との地政学的な対立が、国民間の意識の変化や大きな不安を作り出しているということです。

政府間関係の改善と国民感情の改善の歩調が合わなくなっている日中関係

これらの点は、北東アジアの現状を理解する上で極めて重要です。その中でも私が注目するいくつかの変化を説明したいと思います。

まず、日本と中国との2国関係に対する国民の意識の動向です。日中の首脳会談は2014年から再開され、昨年まで3年連続で開催されています。通常は政府間関係が改善すると、国民間の意識も改善します。実際、2014年まで両国の国民感情は最悪でしたが、その後、改善を続けてきました。ところが、最新の調査、つまり昨年2016年の9月の調査では、特に中国国民の中に現状の日中関係を「悪い」と考える人が再び増加したのです。

また、今後の日中関係がさらに悪くなると考える人は、日本人と中国人の双方で10ポイント程度増えています。

調査では、その原因も双方に聞いています。すると、中国人は、南シナ海に関する仲裁裁判の判決をめぐって日本と米国が共同歩調をとって中国を攻撃していることに反発を強め、日本人は、日本が領土と主張する尖閣諸島周辺への中国の領海侵犯が相次いでいることや、南シナ海などで中国の強引な行動に不安を高めていることが浮き彫りとなっています。背景には、そうしたメディア報道が双方に相次いでいるということがあります。

また現在、両国が抱えている問題を日米と中国という国家間の対立と受け止めている人も中国国内に増えていますが、首脳間の対話はこうした国民間の反発や不安を解消できる力を現時点では持っていないのです。

中国人の中で高まる安全保障面の行き過ぎた意識

私たちが心配しているのは、こうした見方が、特に中国の国民の中で行き過ぎた危険な意識を高めているということです。

日本人の8割は、「北朝鮮」に軍事的な脅威を感じ、7割強が「中国」に軍事的な脅威を感じています。ところが、中国人の7割は「日本」と「米国」に最も脅威を感じています。その最も多い理由は、「日米が連携して中国を包囲している」との回答です。

私たちが、特に驚いたのは、日本の領土である尖閣周辺で、将来、あるいは数年以内に軍事紛争が起きるとみている中国人は6割を超えており、この1年で20ポイントも増加したことです。これに対して、日本人で尖閣での紛争の危険性を感じているのはその半分に過ぎず、この1年でも増加していません。

国民感情の現状を懸念する声が日中韓でそれぞれ6割。しかし、日中では解決が困難であるとの見方が増えている

この点をより冷静にみるために、この3カ国の国民感情の状況に少し踏み込みたいと思います。

ご存知のように、この地域では深刻な国民感情の対立があります。世界はその状況だけに注目しますが、実はこの3カ国の国民の多くは、こうした状況を心配し、改善できないかと内心は思っているのです。

私たちの世論調査でもこの深刻な国民感情に関しては、「問題であり改善する必要がある」、「望ましくなく状況であり心配している」という声が、日本と中国と韓国の国民の間にそれぞれ6割以上存在しています。これこそが、この3カ国内に存在する多数派の声です。

ただ、この1年でみると、その中身が変わってきています。特に、日中で変化がみられます。両国民ともに「心配している」が大きく増加した反面、「改善すべき」が減少しています。多くの国民が今の日中間の問題は国家の対立であり、その解決が難しい局面であることを自覚し始めているのです。

直接交流や情報源の多様化が国民感情の改善に寄与している

しかし、もう1つの特徴があります。日本と中国との国民間の意識は、2005年当時のようなナショナリスティックな国民感情の対立にはなってはいないということです。

北東アジアでは、政府間の対立を不安視する見方は強いものの、むしろ国民の目は対立よりも交流に向かっています。それも、今回の調査結果で明らかになっている特徴の1つです。

そこには、いくつかの要因が考えられます。まず昨年、G20が中国で開催されたことや、経済改革での日本との協力関係を進めるために、中国のメディア報道は日本に対する報道姿勢が抑制的だったことは1つの要因だと思います。

ただ、最も大きな要因は、中国人の日中の政府関係への認識が悪化している反面、日本自体に対する印象は改善を続けていることです。この背景には日本への中国人の観光客が急増していることもあります。2016年には、中国人の日本への観光客が600万人を超え、1年間で200万人以上増えています。

この点では、世論調査結果の中に興味深い数字があります。日本への渡航経験があると答えた中国人(前年の7.9%から13.5%に増加)に限ってその意識の動向をみてみると、実に58.8%と6割近くが、日本に「良い」印象を持っています。これに対して、中国人の全体では約8割(76.7%)が日本にマイナスの印象を持っています。これは昨年(78.3%)よりも1.6%改善しています。

また、インターネットを通じて日本発のメディアにアクセスする傾向がみられる中国の20歳未満の人も日本に対する印象は一般の傾向よりも改善しています。

これらの数字は、相手国への感情で、国民の直接交流や情報源の多様化の持つ意味の重要性を浮き彫りにしています。

一方、残念なことに、日本から中国に向かう観光客はむしろ減少しており、日本人の中国への、印象は改善していません。

ロシアへの傾斜が強まる中国

次に注目すべきなのは、こうした地政学的な対立の中で中国人の意識に、ロシアへの高い期待がみられることです。

中国人の8割もがロシアを信頼できるパートナーだと考えており、6割近くが米国は信頼できないと回答しています。

また、中国人の46.8%と半数近くが、アジアでロシアの影響力が今後10年で高まるとみているのに対して、米国の影響力を今後10年で増大するとみる中国人は、27.5%と3割に届きません。

そして、中国人の7割がロシアは世界の課題に「責任ある行動をとる」と信頼しています。米国への信頼は約5割です。

こうした中国人の突出した意識を皆さんはどのように判断されるでしょうか。

中国人の対韓感情はこの1年で激しく悪化

さらに、この1年で中国人の意識に生じた大きな変化として、韓国に対する意識があります。これがこの1年で一方的に悪化しています。

最新の調査では、韓国人を信頼できないと考える中国人は6割を超えました。ところが、1年前には、逆に6割近くの中国人は韓国を信頼できると答えていたのです。

この他、すべての設問で、中国国民の韓国に対する印象が悪化しています。この背景は、明らかに中国のメディア報道があります。韓国が、北朝鮮に対する米軍のミサイル防衛システムへの参加を決断したことに、中国では反韓キャンペーンが行われ、中国人の対韓感情はこの1年で激しく悪化したのです。

中国との関係が揺らぐ中、韓国人の意識も大きく揺らいでいる

次に韓国人の意識です。韓国人の意識を理解するためにはいくつか解説が必要です。

韓国人は経済や貿易の面で中国との関係がきわめて強いこと、さらに隣国の北朝鮮の行動に不安を抱えているため、中国との関係を重視しています。

しかし、北朝鮮の核開発を軸として朝鮮半島の不安は高まっており、安全保障面では米国との同盟関係で私たち日本とも同じ側に立っています。この構造が、韓国人の複雑な意識構造を作り出しているのです。

例えば、韓国国民は日本国民と同様に、世論調査ではその8割が米国を信頼できるパートナーだと思っています。

しかし、自国の未来にとって最も重要な国を一つだけ挙げてもらうと、日本人の7割近く(65.9%)は米国を選んでいますが、韓国では米国が一番ではありません。中国が47.1%で最も多く、米国は39.8%でその次となります。そして、米国の不参加要請にも関わらず、中国が主導するAIIBへ参加を決めた韓国政府の判断を64.8%の韓国人が支持しています。

さらに、この1年の中国からのプレッシャーは韓国人の意識に影響を与えています。例えば、自国の影響力がこの1年で増大するとみている韓国人はこの1年で昨年の半分になりました。自信の喪失です。2015年の調査では韓国人のほぼ半数(45.6%)が、今後の10年間で韓国の影響力は増大すると回答していましたが、その1年後にはこれが24.2%と半分になったのです。

その韓国では大統領が失職し、今年選挙が行われます。結果によっては再び中国との関係回復を模索することになると思います。

慰安婦合意を機に一旦は改善に向かった日韓世論だが、再び悪化を始めている

本来、自由と民主主義の同じ側に立つべき日本人と韓国人と間に十分な信頼がいまだ確立していないことも北東アジアの世論の特徴です。

この1年間でみると、日本と韓国政府の様々な努力を反映し、国民感情にも改善の傾向ははっきりとみえます。2015年の年末には、懸案の従軍慰安婦問題で合意がなされました。この評価は昨年の調査では分かれていますが、少なくとも韓国人の約3割がこうした政府間の動きを評価していました。(評価する28.1%、評価しない37.6%)

ところが、最近になって状況が一変しています。その「最終的かつ不可逆的解決」を確認した合意を反故にしたかのような韓国政府の対応をめぐって、日本政府は大使を一時帰国させると同時に、韓国にドルを融通する通貨スワップの協議を中断させる騒ぎになっています。

たぶん今、同じ調査を行えば、合意に対する評価は大きく崩れていると思います。

日韓は安全保障をめぐる認識のギャップも大きい

私たちの昨年の調査では、日本人で韓国を信頼できるパートナーだと思っているのは2割程度しかなく、7割近くが信頼できないと思っています。

これに対して、韓国人は2割が日本を信頼できると思っているが、75%は日本を信頼できないと思っています。

日韓関係に対する国民感情が複雑なのは、歴史問題に対する根深い不振だけが要因ではありません。韓国国民に、日本の安全保障政策への十分な理解がないことも要因です。

韓国人は、「北朝鮮」(83.4%)に続いて、4割近くが「日本」にも脅威を感じています。この数字はこの一年で大幅に減少したとはいえ、日本国民には考えられないことです。しかも、今の日本と韓国間に軍事紛争の可能性を感じている韓国人が、4割近くも存在するのです。

これに対して、日本人で「韓国」に軍事的な脅威を感じているのはわずか16.9%しかなく、軍事紛争を予想する人は1割もいません。

2015年、日本は米国との集団的な自衛権の行使を可能とした憲法解釈の変更や法制度を確立しました。日本と米国の同盟の強化の目的が、同じ側に立つはずの韓国国民に十分に理解されず、かつての日本の歴史問題とつながって理解されているのです。

日米韓の3カ国の同盟関係の重要性は、軍関係者の間では理解されていますが、一般の国民にはまだ十分な理解は得られていないのです。

また、トランプ次期米大統領が、選挙期間中に日本と韓国の核武装に言及したことが話題となりましたが、日本人は日韓いずれの核武装にも8割以上が反対です。これに対し、韓国人の6割は自国の核武装に賛成していることも付け加えたいと思います。

現在の不安を背景として、強く「平和」を望む3カ国の国民

北東アジアの平和の可能性に関して、3カ国の国民はどうみているのかです。これが私の最後の説明となります。

まず、この地域に、平和秩序の実現の可能性についてです。将来、この地域に、米国や中国も参加する、平和秩序が実現するのかを私たちは聞いています。

韓国人の約半数(48.5%)は、「実現しない」と答えており、日本人は、6割(57.5%)は、「わからない」と回答しています。ちなみに、日本人を対象とした世論調査では、「わからない」という回答が多いのも特徴です。

これに対して中国では48.7%と半数近くが、「実現する」と答えているのです。たぶん、これは現在の対立の構造の中での願望だとも判断できます。

さらに調査では、北東アジアで目指すべき理念や目標を国民に直接聞いています。

私は当初、3カ国の国民の対立感情の中で、共通の希望はないのではないかと思いましたが、それは見事に裏切られました。うれしいことです。

目指すべき理念として、3か国の国民は「平和」を挙げており、韓国人には特にその願望が強く出ています。つまり、「平和」は、この3カ国間の国民の希望である同時に、現在、国民間が抱える不安だということです。

以上が、私たちが最近、私たちが行った世論調査の主な中身となります。

課題解決の意思を持つ世論を喚起し、平和の実現に向かって政府を動かすことが言論NPOの役割

北東アジアの平和にとって世論の動向は極めて大事です。国民感情の動向が、この地域の政府間の行動を制約し、この地域の不安を高めてしまうからです。逆に言えば、この地域に課題解決の意思を持つ世論を喚起することで、この地域の平和の実現に向けて、政府が大きく動き出すことできる可能性があるのです。私たち、言論NPOの役割もそこにあると考えています。

少し長くなりましたが、今日の討議に私たちのデータが貢献できればと思っております。ありがとうございました。

⇒笹川平和財団米国での講演報告記事はこちら

言論NPO代表

1958年生まれ。横浜市立大学大学院経済学修士課程卒。東洋経済新報社で『論争東洋経済』編集長等を歴任。2001年11月、特定非営利活動法人言論NPOを立ち上げ、代表に就任。その後、選挙時のマニフェスト評価や政権の実績評価、東アジアでの民間外交に取り組む他、世界の有識者層と連携した国際秩序の未来や民主主義の修復等、日本や世界が直面する課題に挑む議論を行っている。2012年3月には米国の外交問題評議会(CFR)が設立した世界23カ国のシンクタンク会議「カウンシル・オブ・カウンシルズ(CoC)」に日本から唯一選ばれた。

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