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進撃の巨人オーケストラ演奏キャンセルの件を著作権的に検討する

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本劇伴交響楽団によるアニメ楽曲のコンサート「Anime Symphonia」の演奏曲目が公演3日前に変更になり「進撃の巨人」関連楽曲がカットされるという事件がありました。日本劇伴側のサイトでは以下のような説明がされています。

当初、発表しておりました「進撃の巨人」楽曲に関しましては、企画当初より日本音楽著作権協会(JASRAC)から演奏許諾を得、作曲家からの編曲許諾を得、演奏を計画しておりました。しかし、権利保有会社が留保している権利を侵害しているとして楽曲の演奏の差し止め請求を受けました。弊社としては演奏実施のためにギリギリまで交渉を続けましたが、最終的にオーケストラで演奏することが権利侵害にあたるおそれがあると7月15日に判断されました。

このことを受け、大変残念ではございますが今回は進撃の巨人の演奏を見送り、上記の通りの演目変更とさせて頂きます。「進撃の巨人」楽曲の演奏に期待をして頂いていたお客様各位におかれましては、期待を削いでしまう形となってしまい大変心苦しい決断です。しかし、権利侵害を犯してまで演奏することは劇伴音楽の素晴らしさを皆様と共有したいと願う、我々日本劇伴交響楽団の活動趣旨ともそぐわない事になってしまいます。どうぞ、皆様の寛容なご理解を頂戴できれば幸いです。

「進撃の巨人」楽曲を楽しみにしてきたお客様には申し訳ありませんが、両アニメの楽曲とも、素晴らしい演奏をスタッフ一同お約束いたします。今後ともお引き立てのほど宜しくお願い申し上げます。

一般社団法人 日本劇伴交響楽団

平成27年7月17日

「進撃の巨人」楽曲を目当てにチケットを買ってしまった人が返金を請求できるかどうかの議論はありますが、これについては私は専門外なので特に触れません。この点に関する業界関係者の意見としてはこの辺が参考になります。ここでは著作権関連の議論のみします。

JASRACの楽曲データベースJ-WIDで調べると、進撃の巨人関係の楽曲は、作曲家である澤野弘之氏らが音楽出版社であるポニーキャニオン音楽出版に権利を譲渡し、それがJASRACに信託される形になっています(映像コンテンツ関係の音楽では典型的パターンです)。

いずれにせよ演奏権についてはJASRACに所定の料金さえ払えばクリアーされます。問題は、オーケストラアレンジをすることによる編曲権(翻案権)です。JASRACは編曲権の管理はしませんので、編曲を行なう場合には、編曲権を所有する人に直接許諾をもらう必要があります。編曲権の帰属は作曲家と音楽出版社間の契約次第ですが、常識的には音楽出版社に帰属するはずです。上の説明で「権利保有会社」とあるのはポニーキャニオン音楽出版、「権利保有会社が留保している権利」とは翻案権(編曲権)のことでしょう。

実務上、演奏権に加えて編曲権の処理が必要なのはどのようなケースかは明確には判断しがたいですが、少なくともオーケストラや合唱用に編曲して(つまり、元曲のメロディにバリエーションを加えて膨らませるような編曲を行なって)有料のコンサートで演奏する場合には、編曲権の処理を行なうことが通常と思います。私の友人のミュージシャン(JASRACと直接契約)は、自分のオリジナル曲をエレクトーンのコンサートでアレンジ版を演させてくれという許諾のお願いが来たことがあると言っていました。

また、上記の説明における「作曲家からの編曲許諾を得、演奏を計画しておりました」の意味ですが、作曲家からは著作者人格権である同一性保持権の不行使の合意をもらっていたが編曲権の処理はしていなかったのか、そもそも編曲権を持っていない作曲家の合意をもらっていたのか、あるいは、作曲家と口約束レベルでOKをもらってそれで完了と思っていたのか、よくわかりません。いずれにせよ興業会社として音楽出版社に話を通していなかったのだとしたらずいぶん稚拙なお話しです。

なお、実務上、音楽出版社が編曲権許諾の申し出を断ることはほとんどないそうです。しかし、今回は、音楽出版社側は差止請求をちらつかせるほど強硬な態度であったようです(日本劇伴側が正確な情報を出していればという前提でですが)。

金銭面での折り合いが付かなかったか(「進撃の巨人」はアニメ版映画後編が公開中、実写版映画の公開が迫ってますのでそれなりの条件が必要でしょう)、そもそも映画と関係ない団体による現時点でのコンサートはフリーライド行為として許さないのか、あるいは、単に話が突然すぎて交渉時間がなかったのか(映画がらみなのでステークホルダーは多いです)わかりませんが、理由のいかんにかかわらず著作権者がノーと言えば利用できないのが著作権法の仕組みです。

まあ、いずれにせよ、(旬の映画に関連した)権利関係もクリアーすることなく、チケットを売り始めて、ぎりぎりになって楽曲変更という日本劇伴側は非難されて当然でしょう。

弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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