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新五輪エンブレムのファイナリスト公表上の大問題について

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授
(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

五輪新エンブレム、最終候補数点の公表を検討 組織委」という記事を読みました。エンブレムの再公募において「最終候補に残った数点を公表し、国民の意見を聞いたうえで最終決定する選考方法を検討している」そうです。これは、私を含め多くの人が望んでいることでしょう。

以前も書いたように、エンブレムの応募作を発表する前には、少なくとも先に商標登録出願をしておき、出願日を押さえておくことが不可欠です。出願日を押さえておかないと、不正の目的を持つ第三者に「抜け駆け出願」(専門用語で言えば冒認出願)を行なわれ商標登録を妨害される可能性を排除できないからです。

オリンピックエンブレムの場合、すべての類似群をカバーするように商品・役務を指定しなければいけないので、一出願に特許庁料金だけでも約40万円かかります。ゆえに、いくらオープンに審査をするとは言え応募作をすべて公表するわけにはいきません。仮に1,000件の応募があれば公表前の出願料金だけで4億円かかってしまいます。応募者に出願料金を負担させる手もあるかと思いますが、応募料が40万円ということでは学生さん等にはちょっと荷が重く、公募条件の緩和というそもそもの目的にそぐわないことになるでしょう。特別立法で出願料を免除・軽減・猶予するという手もあるかもしれないですが、時間的に間に合わない気もします。

ということで、クローズドな審査でファイナリストを3~5作選んだ後に出願手続をしてから公表し、後は広く国民の投票で最優秀作を選択というのは現実的解決策かと思います。公表することで、権利関係、特に著作権関係の問題がないかを多くの人がチェックできるという利点もあります(これでも後になって文句を言い出す輩を完全には排除できませんが)。ここまでは前回書いたとおりです。

しかし、上記記事には以下の記載があります。

国際オリンピック委員会(IOC)は、公表までに国際商標登録が可能かどうかの商標調査を済ませることを条件としており、1点あたり5千万円程度が見込まれる調査費用を複数案にかけることに慎重な意見も組織委内部にはある。

商標調査に5,000万円ということはおそらく海外も含めて全類の調査を行なっているのだと思いますが、本当に発表前に行なう必要があるのでしょうか?選定後に商標調査を行ない、万一商標登録できない可能性があった場合には、次点の作品を繰り上げ当選させるやり方でも良いのではないかと思います。

ついでに、2016年リオ五輪のオリンピックエンブレムの国際商標登録の状況について調べてみました。IOCがスイスでの国内出願を行ない、それを基礎として57カ国を指定した国際登録出願(マドプロ出願)を行なっています(国際登録番号1116068)。これ以外にも直接出願している国もあります(少なくともアメリカには出願しています)。出願料金だけで2,000万円くらいかかりますね(オリンピック全体で動く金に比べれば微々たるものでしょうが)。

画像

ただ、上図を見ればわかるように国際商標登録出願はマーク単独ではなく、開催地+年号に五輪マークを付けた状態で行なわれますので、先登録と類似、あるいは、識別力欠如により登録できないということはちょっと考えにくいです。とは言え、じゃあ絶対大丈夫か、お前が保証できるのかということになると、やはり念には念を入れて商標調査ということになってしまうのでしょう。それでも公表前に全作品の商標調査までする必要はなく、最優秀作として選考された作品のみを調査すれば十分ではないかと思います。

弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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