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ベルギーの五輪エンブレム裁判の状況について

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授
(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

「リエージュ劇場が訴訟取り下げ=ロゴ制作者は継続の意向―五輪エンブレム問題」というニュースがありました。

ベルギーで行なわれている、IOCを被告としたエンブレムの使用差止めを求める裁判において、ベルギー劇場側は訴訟を取り下げると発表したそうです。「『IOCから提出された証拠を精査した結果や、佐野氏のエンブレムが使用中止となったことから、著作権を侵害されていないと判断した』と声明を出した」そうです。

一方、デザイナーであるドビ氏は「IOCが盗作を認めない限り、どのような状況下でも和解に応じない姿勢を示した」そうです。

この訴訟、劇場とドビ氏の共同訴訟だったのを今知りました。この訴訟については、もともとあまり情報がありませんでした。米国の訴訟であれば裁判資料がネットでほぼリアルタイムで閲覧できるのですが、ベルギーは(日本等と同様に)実際に裁判所に行って閲覧しない限りどうしようもないようです。また、Googleでサーチしても海外ではほとんどニュースになっていないですし、特にベルギー国内ではほとんど騒がれている様子がありません(Googleで捕獲できないソーシャルメディア等で議論されているのかもしれませんが)。

さて、ベルギーの民事訴訟法についてはよく知りませんが「利益なければ訴権なし」の原則は万国共通だと思います。IOCがエンブレムの使用をやめた以上、使用差止めによる利益はありませんので、訴訟として継続されるとは思えません。なので、劇場側の判断は当然です(というか組織委が佐野エンブレム使用を中止した時すぐに訴訟を取り下げるものと思っていました)。

ドビ氏が訴訟を継続する意思であることは理解に苦しみますが、使用差し止め以外に別の請求(損害賠償請求等)もしている(あるいは訴因を変更している)ということなんでしょうか?とは言っても、ベルギー内でIOCが佐野エンブレムを使用したことによるドビ氏の損害とは金額に算定できるレベルのものなのでしょうか?ひょっとすると著作者人格権(moral rights)のうちの(日本でいう)同一性保持権や氏名表示権の侵害による精神的苦痛的な観点でも訴えているのかもしれません(ベルギーの著作権法は日本式で著作者人格権保護に手厚い規定です)。それでも、日本において佐野氏と組織委を相手に訴訟するならまだしも、ベルギーでIOCを訴える意味があるとは思えません(一部掲示板等で「ベルギーの劇場が佐野氏を訴えた」と書いてあったりしますが、この訴訟の被告はIOCです)。

ついでに書いておくと一部掲示板等でベルギー著作権法制定にも貢献した"最強"の弁護士と言われているアラン・ベレンブーム氏(Alain Berenboom)は劇場側の代理人であって、ドビ氏の代理人はまた別の人のようです。

ベルギー時間の22日が裁判の最初の期日だったはずなので、日本では今晩(22日夜)に何らかの追加報道があるかもしれません。

【追記】これもついでに書いておきます。ドビ氏本人が2年前にPinterestにリエージュ劇場のロゴを掲載しています(自分のデザイン事務所の作品をいくつか載せているようです)。ひょっとすると佐野氏がこの画像にアクセスしていたことを裁判の場で立証したい(裁判所からPinterestにアクセスログ開示命令を出させたい)というのがドビ氏の”思い"なのかもしれません(これは私の推測にすぎませんが)。

弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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