Yahoo!ニュース

Wikileaksが暴露した大筋合意版TPP条文(著作権関連)を分析する

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授
(写真:ロイター/アフロ)

ようやくTPP(環太平洋パートナーシップ協定)が大筋合意となりました(参考ニュース記事)。どのような条文案で大筋合意になったのかは相変わらず非公開ですが、内閣官房が概要を公開しています。

上記資料での著作権関係の内容は以下のようになっています。

○著作権

著作権に関しては次のルール等が規定されている。

- 著作物(映画を含む)、実演又はレコードの保護期間を以下の通りとする。

●自然人の生存期間に基づき計算される場合には、著作者の生存期間及び著作者の死から少なくとも70年

●自然人の生存期間に基づき計算されない場合には、次のいずれかの期間

(i)当該著作物、実演又はレコードの権利者の許諾を得た最初の公表の年 の終わりから少なくとも70年

(ii)当該著作物、実演又はレコードの創作から一定期間内に権利者の許諾 を得た公表が行われない場合には、当該著作物、実演又はレコードの創作の年の終わりから少なくとも70年

- 故意による商業的規模の著作物の違法な複製等を非親告罪とする。ただし、市場における原著作物等の収益性に大きな影響を与えない場合はこの限りではない。

- 著作権等の侵害について、法定損害賠償制度又は追加的損害賠償制度を設ける。

基本的に今まで予想されていたことと大きな違いはありません。注目すべきは以前にWikileaksが暴露した条文案から予測されたように、著作権侵害罪の非親告罪化に関して「商業的規模」という条件、および、「市場における原著作物等の収益性に大きな影響を与えない場合はこの限りではない」という条件がちゃんと入った点です(参照過去記事)。コミケ等で流通している良質なパロディ作品は非親告罪化の対象にしなくてもよいという点が一応担保されたのは喜ばしい限りです。

この概要資料だけでははっきりしない点もあるのですが、例によってWikileaksが10月5時点での条文案を公開しているので条文レベルでも検討してみましょう。以下、上記の概要資料に追加すべき点について書きます。

1)著作権保護期間の延長について

基本的に上記の概要資料に書いてあるとおりです(著作権保護期間延長についての過去の分析記事)。

なお、Article QQ.G.8において、ベルヌ条約の18条に従うことを求められており、ベルヌ条約18条には「従来認められていた保護期間の満了により保護が要求される同盟国において公共のものとなった著作物は、その国において新たに保護されることはない」と規定されていますので。いったん日本においてパブリックドメインとなった著作物が保護期間延長により、また保護対象になる(パブリックドメインではなくなる)ということはないと思われます。

2)著作権侵害罪の非親告罪化について

刑事罰の要件についてはArticle QQ.H.7(1)等に規定されています。「商業的規模」または「権利者の市場での利益に大きな影響を与える場合」には刑事罰を規定せよと書いてあります。

1. Each Party shall provide for criminal procedures and penalties to be applied at least in cases of willful trademark counterfeiting or copyright or related rights piracy on a commercial scale. In respect of willful copyright or related rights piracy, “on a commercial scale” includes at least

(a) acts carried out for commercial advantage or financial gain;and

(b) significant acts, not carried out for commercial advantage or financial gain, that have a substantial prejudicial impact on the interests of the copyright or related rights owner in relation to the marketplace.

(日本で言うところの)非親告罪化についてはArticle QQ.H.7(6)(g)に規定されています。上記の刑事罰については、権利者や私人の告訴なしでも訴追できるようにしなければならないと書いてあります。

(g)that its competent authorities may act upon their own initiative to initiate a legal action without the need for a formal complaint by a private party or right holder 注144

さらに注144において、この非親告罪化は「商業的規模でかつ権利者の市場での収益性に影響を与える場合に限る」とすることができると念押しされています(このあたりは日本サイドががんばって交渉してくれた結果ではないかと思います)。

144 With regard to copyright and related rights piracy provided for by QQ.H.7.1 (Commercial Scale), a Party may limit application of subparagraph (h) to the cases where there is an impact on the right holder’s ability to exploit the work in the market.

なお、細かい話ですが、TPP上は商業的規模または市場における原著作物等の収益性に大きな影響を与えない場合は刑事罰を適用しなければならず、そして、その刑事罰は非親告罪でなければならないと書いています。なので、商業的規模でもなく、原著作物等の収益性に大きな影響を与えない時には刑事罰を適用しない(つまり、軽微な著作権侵害はそもそも刑事罰を適用しない)という国内法を作ってもTPPには違反しません(米国の著作権法はそういう規定です)。もちろん、だからといって日本が著作権法の(元々の親告罪の)刑事罰規定を改正することは考えにくいですが。

長くなったので法定損害賠償制度についてはまた後日。

もちろん、上記は大筋合意ですから、これから発効までの間に変更される可能性は十分にあり得ます(米国大統領選の流れ次第では仕切り直しになる可能性もないわけではないでしょう)。また、国内法は協定の強行規定に反しない限り自由に決められますから、日本の著作権法をどうするかは今後の重要課題です。特に、上記の「市場における原著作物等の収益性に大きな影響を与る場合」(the cases where there is an impact on the right holder’s ability to exploit the work in the market)という条件を国内の著作権法でどう規定するかは非常に重要な論点です。

弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

栗原潔のIT特許分析レポート

税込880円/月初月無料投稿頻度:週1回程度(不定期)

日米の情報通信技術関連の要注目特許を原則毎週1件ピックアップし、エンジニア、IT業界アナリストの経験を持つ弁理士が解説します。知財専門家だけでなく一般技術者の方にとってもわかりやすい解説を心がけます。特に、訴訟に関連した特許やGAFA等の米国ビッグプレイヤーによる特許を中心に取り上げていく予定です。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

栗原潔の最近の記事