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北朝鮮の狙いは「パキスタンのように核武装国として認められたい!」

黒井文太郎軍事ジャーナリスト
3月29日午前0時半、戦略ロケット軍に「射撃待機状態」を指示する金正恩

外交カードではない核開発

金正恩政権はなぜ核開発を進めるのか? なぜアメリカを相手に挑発的な言動を続けるのか? なぜ核施設の再稼働を宣言したのか?

金正恩の心中は誰にもわからないが、一連の経緯を振り返ると、その理由はいたってシンプルなものに思えてくる。つまり、「北朝鮮は核武装することで対米抑止力を得たい」ということで、そう考えれば、いま現在の常軌を逸したように見える挑発も、「核武装国としての抑止力のアピール」として論理的に説明がつく。要するに、北朝鮮はいつの間にかなし崩しに核武装国として定着した「パキスタン」のようなポジションを狙っているのだ。

それほど複雑な話ではないので、以下に整理してみる。

1)北朝鮮は軍事的に脆弱であり、全面戦争はできない。指導部が正常な判断をするなら、戦争をする気はないはず

北朝鮮軍と米韓軍の戦力には圧倒的な差があり、全面戦争は金正恩政権の消滅を意味する。表面的に威勢のいいことを言っていても、それは虚勢である。

2)金王朝三代は、独裁体制の存続を最優先しており、そのために核武装と国内の恐怖支配徹底に努めている

独裁体制は脆弱な権力システムで、常に内外から政権転覆の圧力を受けている。より重要なのは国内で、そこは徹底的な監視・統制による恐怖支配で不満分子を押さえているが、対外的にも、敵国であるアメリカの脅威が常に存在する。いつイラクのサダム・フセインやリビアのカダフィのように攻め滅ぼされるかわからないから、独裁政権は米韓軍に対する抑止力を何としても確保しなければならない。それが核武装で、金王朝三代は初代の金日成の時代から、それは一貫して追及してきている。

善し悪しは別にして、独裁体制の維持という究極目標からすれば、それ自体は理に適っており、決して非合理的な戦略ではない。

3)過去に交渉に応じるふりをしたのは、核ミサイル開発の時間を稼ぐため

90年代の枠組み合意も、2000年代の6カ国協議も、核開発を止めることはできなかった。最初から交渉で放棄する気などなかったのだろう。

94年の再処理凍結は、米軍の軍事攻撃を防止するための妥協だったが、再処理凍結の間にせっせと起爆装置開発とミサイル開発に邁進した。2007年の核施設停止措置は経済制裁一部解除のためだったが、すでにプルトニウムを備蓄した後だったので、その後もやはり起爆装置やミサイル開発に邁進していた。また、ウラン濃縮まで新たに手を広げていた。

北朝鮮は単に開発の順番を効率よく変えただけのこと。要するに、交渉を餌に時間稼ぎをする北朝鮮に、国際社会は騙されていたわけである。

北朝鮮は密かに進める核開発が露呈し、国際社会の圧力で妥協を強いられることになった際、老獪な瀬戸際外交でしばしば巨額の経済援助をせしめたため、「核開発は援助を得るための外交カードだ」との見方もあったが、北朝鮮はそれを逆手に着々と核武装を実現化していった。結果的には、北朝鮮の思惑を甘く見ていたのではないかといわざるをえないだろう。

狙いは核抑止力の既成事実化

4)今年2月の核実験で、中距離核ミサイル武装を実現した可能性がきわめて高い

北朝鮮は2006年の核実験で初歩的なプルトニウム型核爆弾の起爆装置を作動させ、2009年の核実験で信頼性の高い起爆装置を完成させた。しかし、その重量が大きく、弾道ミサイルの弾頭に搭載できなかったとみられる。

核爆弾は、敵に投射できてはじめて有効な兵器となる。つまり、その時点で北朝鮮は核保有国ではあるが、核武装国とはいえなかった。3度目の核実験は、プルトニウム型であれば小型化の実験でなければ意味がないし、濃縮ウラン型であれば、起爆装置の精度の違いから、これもミサイルに搭載できるものであることになる。実験が成功したということは、どちらにせよミサイル搭載が可能になった可能性がきわめて高い。

5)現在の金正恩政権の目標は、パキスタンのように核武装国であることを既成事実化し、今後の核戦力増強の道を開くこと

核実験後の国連安保理で採択された制裁決議では、北朝鮮が今後も核実験を強行した場合、「重大な措置をとる」とされた。このままでは北朝鮮は核保有国としては中途半端な扱いのまま、国際社会で孤立して身動きがとれなくなる。

そんな国際社会の圧力をかわして、なんとかパキスタンのような地位に上るというのが、北朝鮮の安全保障にとって必要な方針である。

6)現在の一連の挑発行為は核武装国としての振る舞いであり、アメリカに攻められないための抑止力のアピールである

3月上旬からの北朝鮮の挑発行為を振り返ると、毎年恒例の米韓軍事演習に今年は急に食って掛かっており、それもアメリカが動くたびに過剰に反応していることがわかる。北朝鮮としては、「アメリカの敵対的行為」に対し、核戦力による抑止力をアピールし、あくまで核武装国として振る舞う実績を積む意図があるとみるべきだ。

もっとも、実際には軍事的な戦争準備に動いている形跡はなく、口先が先行していることは、北朝鮮が本格的な全面戦争を考えていないことを裏づけている。たとえば「核による先制攻撃」まで言い出しているが、必ず「アメリカがさらに理不尽な脅迫を続けるなら」と言っており、あくまで「アメリカに対抗するため」という部分、つまり抑止力であることを強調している。

ちなみに、北朝鮮はいまだICBMを開発できていないと思われるため、アメリカ本土への攻撃云々はおそらく虚勢だが、少なくとも在韓米軍や在日米軍を攻撃できるミサイルは保有しているため、実際にそれなりの抑止力は実現しているとみるべきである。北朝鮮もおそらくその部分は多少は自信を持っているのだろう。

国内引き締めが主目的ではない

7)他方、核施設再稼働は交渉カードではなく、核武装既成事実化の政策。アメリカの敵対的姿勢を口実に、いずれ核・ミサイル実験も必ず再開する

北朝鮮の目的は核武装国として抑止力を確立することだから、核戦力の増強は本気で狙っている。核施設再稼働はプルトニウムや兵器級高濃縮ウランの大量生産のための措置で、口先だけの一連の挑発とは別種のものである。

米韓連合軍の演習は4月末まで続くが、それ以降は国連安保理を中心に北朝鮮包囲網が強化される。しかし、北朝鮮はあくまでインドやパキスタンと同様の核武装国として振る舞い、アメリカに届く核ICBMを手にするまで突っ走ることが予想される。

8)北朝鮮はアメリカを交渉に引き出したいのではなく、アメリカには手を引いて欲しい。今後の核ミサイル強化を放っておいてほしい

平和条約を締結して体制保証を得るとともに、経済制裁を解除してもらうため、北朝鮮はアメリカと直接交渉を望んでいる。しかし、それは北朝鮮が充分な対米抑止力、つまりアメリカを射程に収める核ICBMを保有した後の話だ。北朝鮮が優先しているのは、対米交渉ではなく、あくまで核武装である。

核ミサイル開発も、きわめて戦闘的な挑発も、核施設の再稼働も、アメリカと交渉するためのカードではない。むしろ充分な対米抑止力を手にするまで、アメリカにも国際社会にも放置ないし黙認してもらうのが北朝鮮にとってはもっとも有利である。

9)核武装はあくまで対米抑止力のためで、国内の引き締めが主な目的ではない

年若い金正恩の新体制は、金日成・金正日政権ほどの権力基盤はないかもしれないが、それでも軍部の最高幹部を次々と粛清していることなどから、絶対的な恐怖支配はまだまだ充分に強固であると推測できる。

政権が国内で存続の危機に立たされているような状況であれば、苦し紛れに対外的緊張を創出する策をとるかもしれないが、国内権力基盤が揺るぎない段階で、対米戦争を誘発しかねない危険な賭けに出る必然性はない。

対外的な対立を国内の引き締めに利用するのは、金王朝三代の常套手段だが、それが核武装や対米挑発の最大の目的とはいえない。

さらなる危機は避けられない

以上を踏まえれば、一連の核開発、ミサイル開発、対外挑発などの流れがほぼすべて説明できる。

こうした北朝鮮側の思惑に対し、対応する側としては以下のポイントに注目すべきだろう。

10)アメリカは自国の安全保障にはシビアなので、脅威が高まれば、いずれ力で対応する

これまでイランやアフガニスタンの問題を優先してきたアメリカだが、ここに来てようやく北朝鮮の核戦力による将来的な脅威に目を向け始めた。オバマ政権は防衛予算の大規模な削減と、国外への軍事的なコミットを大幅に縮小する方向だが、それはあくまで自国の安全を危険に晒さない範囲でということだ。アメリカも北朝鮮も本格的な戦争を望んではいないが、さらなる北朝鮮の挑発行為の内容によっては、アメリカが北朝鮮の読みを越えて反応し、限定的な衝突も起こり得る。

また、このままであれば、いずれ北朝鮮は本当に核ICBMを開発するだろうが、それをアメリカは座視しないだろう。将来的な軍事衝突の可能性はますます高まっていくだろう。

11)2月の核実験で、日本の安全保障は激変した

北朝鮮の核ミサイルは基本的には対米抑止力であり、金正恩政権が安泰なうちは、日本に撃ち込まれる可能性はきわめて低い。

だが、今回の一連の流れとは別にしても、これだけの独裁体制が未来永劫に続くとは限らない。いずれは崩壊する可能性がきわめて高いが、その瞬間、無秩序な状況に陥ることも充分に考えられる。そうした国に、日本を射程に収める核ミサイルがあるというのは、日本にとってはたいへんな脅威である。

2月の核実験によって北朝鮮が中距離核ミサイルを手にした可能性が高いということは、日本の安全保障がたいへんな危機に陥ったことを意味する。

実際のところ、これまでの国際社会による対北朝鮮包囲網は甘く、結果的に核ミサイル武装を許してしまった。今後も北朝鮮は、核武装国として振る舞うことを推し進めるだろう。中途半端な圧力程度では、それを止めることはできない。

軍事ジャーナリスト

1963年、福島県いわき市生まれ。横浜市立大学卒業後、(株)講談社入社。週刊誌編集者を経て退職。フォトジャーナリスト(紛争地域専門)、月刊『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て軍事ジャーナリスト。ニューヨーク、モスクワ、カイロを拠点に海外取材多数。専門分野はインテリジェンス、テロ、国際紛争、日本の安全保障、北朝鮮情勢、中東情勢、サイバー戦、旧軍特務機関など。著書多数。

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