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加藤紘一氏が語った戦後日本の安全保障(2005年のインタビュー再掲)

黒井文太郎軍事ジャーナリスト

自民党幹事長や内閣官房長官などを歴任した加藤紘一氏が死去した。一時期の日本の安全保障戦略の中枢にいた人物だが、彼は戦後日本の安全保障の実態をどう見ていたのか。2005年7月刊『日本の防衛 7つの論点』(黒井文太郎・編/宝島社※絶版)に掲載したインタビューを紹介したい。

(以下、記述は出版当時。加藤氏の考えは当時の安全保障環境が前提であることに留意)

「ハト派」からの提言 加藤紘一・元自民党幹事長

日米安保&東アジア安保構想の両立を目指すべきだ

激変する東アジア情勢のなかで、いかに対米追従から脱却するかが問われている!

北朝鮮が日本を射程に収める核ミサイルを持つのも秒読みの段階に入った。海空軍力の増強を急ピッチで進める中国は、いずれ東アジア全体を軍事的に威圧する存在となるだろう。

その一方、冷戦時代に日本を対共産圏の防波堤としてきたアメリカは、グローバルな世界戦略の拠点としての日本に、その位置付けを大きく変更しようとしている。

こうした国際情勢の激流のなか、いま日本の国防の方向性が根底から問われている。これまで通りの対米追従路線でいくのか? 軍事大国・中国との協調を模索すべきか? あるいはより自主防衛の道を突き進むべきなのか?

政府・与党の要職を歴任し、永田町きっての外交・安保問題通としても知られる加藤紘一・元自民党幹事長に直撃した。

(※上は11年前の当時の記事リード文だが、いま読み返すと感慨深い)

安保政策の司令塔は外務省

――まず始めに、加藤さんはもともと外務省出身ですし、政界でも防衛庁長官、内閣官房長官、自民党幹事長などなど、日本の安全保障政策を司る中枢中の中枢ポジションを歴任されている方なので、単刀直入にお聞きします。

これまでの日本の安全保障政策は、実際のところ誰が決めてきたのですか? そして、その仕組み、あるいは力関係は変わってきているのですか? たとえば外務省の発言力が低下しているとか、アメリカの影響力が多少薄れてきたとかいったことはあるのでしょうか?

「基本的には、今でも官邸と外務省が決めていると思います。というのも、やはりこの国の安保政策の基礎は日米同盟・安保条約にあると、みんながそう思っているわけですね。で、日本で日米同盟の主要な部分を担当するのは、それは外務省ですから、それでどうしても外務省が安保政策を主導していくということになるのです。

ところが、外務省は自民党のなかで論争になったりすると、そこに基盤がないのですよ。つまり、政策実現に向けて国会議員に応援してもらうなどというツールがないわけです。だから、どうしてもそのときどきの総理大臣や官房長官に頼るのですね。ただ、最近は防衛庁の力がだいぶ伸びてきましたから、外務省はそれにだいぶ危機感を持っているようです」

――アフガン戦争やイラク戦争での対米協調は、小泉=ブッシュ・ラインというよりは、やはり外務省主導が本筋だったのですか?

「それは外務省です。なかでも今回のブッシュの戦争に対する外務省の異常な協力ぶりは、ワシントンの日本大使館の意向が強く働いています」

――東京の外務本省ではなく、大使館ですか?

「外務省の政策決定プロセスがちょっといびつなものになっていましてね。これは真紀子後遺症なんですよ」

――どういうことですか?

「本来、外務事務次官になるべきであった加藤良三氏が、真紀子騒動のとばっちりで駐米大使に飛ばされたわけです。でも、外務省のなかで加藤良三氏のリーダーとしての力量・指導力は紛れもないものだったから、やはりその発言力は抜きん出たものがあった。だから、実は自衛隊イラク派遣で決定的役割を果たしたのは、ワシントンの日本大使館だったのではと指摘する人もいるくらいです。私もそう思いますよ」

――イラク派遣前後の報道をみると、官邸の福田康夫官房長官の発言力が突出していたような印象も受けるのですが。

「それは、外務省が政策遂行のため、福田官房長官に頼ったということなんです。福田さんは自民党外交部会長を長く務め、政治家としてのそれまでの時間とエネルギーのかなりをかけて外交問題に取り組んできた人ですから。だから、今回のイラク派遣に関しては、まずワシントンの日本大使館で加藤大使の元で決められた戦略が、東京外務省経由で福田官房長官に上げられ、官邸の決済を受けて実施された、という構図だったのではないでしょうか」

――なるほど。日本国としての防衛政策はそういうふうに決められるものなんですか。

「当初は防衛庁もイラク派遣については必ずしも積極的ではなかったでしょう。防衛庁はそうして決定されていった政策にぐいぐい引っ張っていかれたという図式だったと思いますよ」

――外務省とアメリカ政府の強固な関係が最初にあり、その外務省が作戦本部となって日本の防衛政策を決定していくというかたちは、これまでずっと変わりないものだったということですね?

「そう思います」

東アジアの安全保障協定を目指せ!

――加藤さんは『大義なき戦争』には反対だということで、自衛隊のイラク派遣にも反対の立場ですが、やはり今後もアメリカだけに単に同調していくことはもうやめたほうがいいという御意見ですね?

「それはもちろんそうなんですが、私はアメリカの単独行動主義そのものがもう限界に来ていると思うんです。軍事的行動に出る場合、いくらアメリカでも、やはり国連のなんらかのお墨付きがなければなかなか他の国を引っ張っていけない時代に入ったんじゃないでしょうか」

――今の振り子は確かにそちらに触れていますけれど、また1年2年と経ってくればどうなるかわからないのではないですか?

「いや、そうはならないと思います」

――では、日本は日米同盟を基軸としつつも、どこまで軍事的に同調していくかという線を安保理の決議に求めるということですね?

「そうです。日本の国防政策はそれでないと引っ張っていけない時代にもう入ったんじゃないかと思います。小泉さんだって、ブッシュ大統領との良好な関係を背景にかなり強引にアメリカ支持で突っ走っていきましたけれど、それでも常に国連の決議を名目にしてましたものね」

――話は変わりますが、東アジア共同体構想というのが、経済主導で浮上してきています。今後、中国と日本の関係というものがまだどうなるかわからないですが、安保の観点からみて、日本はどういった対中政策をとっていくべきと考えますか?

「アメリカとヨーロッパがNATOを形成しているように、遠い将来の話として、いずれはアジアの安全保障機構ができればいいなとは思っています」

――日中同盟ということですか?

「いや、アジア全体での多国間の安全保障協定のようなものです。

でも、そのとき重要なのは、やはり東アジアの大国である日、中、それに韓だと思うんです。ASEANプラス3の範囲で考えると、日中韓がお互いに安全保障の問題について、猜疑心を持たないようにするということがいちばん重要で、これができたらわれわれもかなり国際的に発言力を持てるようになると思いますね」

――これはアメリカを入れないでということでしょうか?

「この頃は、それがいちばん面白い論点になってきています。

先日、中国の王毅大使が自民党の外交部会に来て、東アジア共同体構想について講演しました。そこで、ある人が『この構想ではアメリカはどうなるのか?』と質問したところ、大使は『経済構想の段階でアメリカを疎外するものではないけれど、アメリカとてEUには参加してないし、NAFTA(北米自由貿易協定)にヨーロッパの国は加わっていない。それと同じように、日中韓の経済構想があってもいいのではないか』というような表現をしていました。

一方、アメリカがその東アジア共同体構想をどうみているかということですが、たとえばアーミテージ前国務副長官などは、今年2月21日付『読売新聞』のインタビューで『北東アジアに多国間の枠組みが生まれても良い時期だ。80年代後半には時期尚早と考えていたが、新思考の時期にきている』と発言したかと思ったら、その後の5月1日付『朝日新聞』では『現在、アメリカ抜きで進められているのは深刻な誤りで、反対だ』とも語っています。いろいろ揺れているのですね。

アメリカはおそらく、自国がこの東アジアの構想から排除されるのをかなり警戒している、というのが本当のところだろうと思います。ただし、そのアメリカにしても、中国と永遠に対立しつづけることはできないと考えているのでしょう。米側要人の発言が揺れているのは、アメリカもその戦略を模索していることの表れなんだと思いますよ」

自衛隊イラク派遣の本質

――ところで、加藤さんといえば、いわゆる“ハト派”政治家の代表格として知られていますが、憲法改正には賛成なんですか?

「社会主義の崩壊などで国際情勢は変わりました。私は過去十数年、憲法9条もそろそろ論議の対象とすべきだと述べてきました。6、7年前に中国に行ったときにも『憲法9条は改正します』と向こうのテレビで話してます。

ただ、諸外国に信用されることも大事だと私は思うんですね。ですから、国内での議論はもちろん、外国への説明も欠かしてはいけないと思います。ちゃんと話せばわかってもらえると思いますし」

――では、集団的自衛権行使は当然、容認という考えですね?

「そこは2点に分けて考えるべきです。2国間の安全保障と、国際社会という枠組みのなかでの集団安全保障ということですが、いずれも集団的自衛権行使を容認しないと正しく機能しないと思います。

たとえば、日本にとっての2国間の安全保障を考えた場合、現実的には日米安保しかあり得ませんが、それを確実なものにするには、集団的自衛権行使を容認するように憲法を改正したうえで、安保条約を双務的なものにしなければならない。このとき大事なことは、それと同時に安保条約に強い事前協議制を導入することです。

他方、国連などを中心とする国際警察活動に参加するケースも考えなければなりません。私は、国連中心のコンセプトでの集団的安全保障への参加は構わないと思っています」

――小沢一郎さんの持論ですよね。

「そうですね」

――とすれば、今の憲法解釈のままでも、国連軍あるいは国連決議に基く多国籍軍なら、集団的自衛権行使ではなく集団的安全保障あるいは国際警察活動というまったくべつの概念のものとして参加できませんか?

「それも理屈だなとは思いますけれども、今の憲法というのは、『わが国は2度と海外では戦闘行為を行ないません』と決めてあるものだと思うのですよ。ですから仮に警察軍だとしても、どうしてもそれに派遣しなきゃならんとなったら、憲法改正しなきゃならないと私は考えています。

私は約10年前から、憲法改正が必要になる局面が3つあると指摘しています。

ひとつは、日米安保条約でアメリカが双務性を要求し、それでなければ安保条約を破棄すると通告してきたとき。2番目は、国連に常備軍ができたとき。3番目は、アジア安全保障構想ができて、韓国や中国が日本に警察部隊の提供を要求してきたときです。

今回のイラク派遣は、ある意味でこの1番目の事態に近いのではないか。つまり、アメリカが『ブーツ・オン・ザ・グラウンド』と言って自衛隊地上部隊の派遣を要求してきたことは、日米同盟の双務性を要求してきたことだったのではないか。これが今回の自衛隊派遣の本質だったんじゃないかと思うのです」

――アーミテージ氏をはじめアメリカの国防当局者は、小出しに『日本は憲法改正すべき』だの、『いや、そういうことを言ったわけじゃない』だのと日本に揺さぶりをかけていますが、アメリカとしてはだんだん日本をそういう方向に引き込んでいこうということなんでしょうね。

「たとえば97年の新日米防衛協力ガイドラインといったものも、実はそうした狙いだったと思うんですよね。それに『日本の平和と安全に重大な影響を及ぼす場合に限る』というタガをはめたのが、当時の自民党執行部なんです。具体的に言えば、政調会長の山崎拓さんと幹事長の私でした」

――アメリカから『それはやめてくれ』と言ってきませんでしたか?

「それは抵抗は強かったですが、当時は自社さ政権でしたし、そうでないと通りませんでしたからね」

対米カードだった憲法9条と社会党

――まもなく日米防衛協力の共同文書が発表されますが、その内容がすでに報道されています。それによると、いよいよこれまでの日本防衛という枠を取り払い、対国際テロや大量破壊兵器拡散などのいわゆる “新しい脅威”に対処するために協力していこうということと、極東の枠を超えた世界の平和と安全のために日米で協力していこうということが合意される見通しですね。

これは結局、アメリカの要求する通りに日本が進んでいるといっていいと思うのですが。

「そこですよね」

――テレビでよく浜田幸一さんが『日本はアメリカの植民地なんだ』と発言してますが、戦後の占領期から現在に至るまで、ずっと日本はアメリカの言うなりになるしかなかったということでしょうか? 

「ノーと言おうと思えば言えた部分もあったと思いますよ」

――それは条件闘争のような部分に留まるのか、それとも日本の独自の戦略でアメリカに対することが本当に可能だったのか。その点はいかがですか?

「まず、実際に日本が必ずしもアメリカの言うなりにはならないようにしてきたこともあったと私は思います。

たとえば、そもそも日本がサンフランシスコ講和条約で事実上独立したとき、当時の吉田茂首相が日米安保条約を戦略的に使おうとしたんですね。軽武装で経済を発展させる道を進もうということです。その後、岸信介首相は安保条約にしっかり事前協議を入れようとしたんですが、国内左翼の力が大きい時代で、なかなかうまくいかなかった。でも、吉田さんにしても岸さんにしても、日本の独自の戦略というものをどう実現化するかということを模索しつつ、現実の日米関係に対応していたんだと思います。

ところが、その後、その日米安保体制の路線がごく自然なもの、あたりまえのものになり、しかもそれが日本にも好都合なシステムであったから、国民はみんなそれを享受したわけです。

しかし、ある一点以上のことをアメリカに要求されると、そのときにはタテマエを使ったんですよ。それが憲法9条であり、社会党の存在ということだったのです。

ところが、冷戦構造の終結とともに、冷戦構造の国内版たる自社対立路線が崩れたのですね。ちょっとタイムラグはあったけれども。そうなると、もはや『社会党がうるさくて』という方便がもう使えなくなってきたわけです。まして自社さ政権のときには社会党も政権与党になったから、対米的に口実に使えなくりました。それでだんだんとアメリカの要求をタテマエでかわすということができにくくなっていったのは事実ですね」

――政権を運営する側は、同時に2つの相手に気を遣わなければならなかったということですね。ひとつは日本国内の左翼の存在をネタに、アメリカといわばバーゲニング交渉をしなければならなかった。もうひとつは、日米同盟という基軸を揺るがせずに国内の左翼と渡り合い、国内をまとめなければならなかった。そういうことですね?

「その通りですよ」

――それにしても、つい最近まで、日米同盟で実際に軍事協力が機能していた現実と、左右陣営が言葉尻をつつき合う論争で紛糾していた日本国内での議論は、なにかものすごく温度差があったなという感じもあります。

「そうですね。今でもその名残を感じるのは、国民の中に、いまだに自衛隊を強力な軍隊だと認識していない人が多いことです」

――自衛隊は軍隊ではないという言葉を、字句通り受け止めれば無理もないことでしょう。

「政治集会などで、いまだによく日本と北朝鮮が戦争したらどちらが勝つのか?という質問を受けるんですよ。『それは力の差は歴然としてますから、北朝鮮が勝つなどということはあり得ない。あっという間に日本勝利で決着がつくでしょう』と私が言うと、『エッ、まさか!』という反応なんですね。

彼らは、日本が瞬時のうちに打ち負かされると思っているのです。『いや、米軍に助けてもらわなくたって、自衛隊だけでも北朝鮮軍なんかに負けませんよ』と言っても、信じない人がけっこう多いんです。『北朝鮮はGNP全体でも3兆円弱。日本の防衛予算の半分しかありません。防衛費に至ってはわずか2500億円程度で、日本の20分の1なんです』というようなことを言っても、そうした集会で会う普通の人にはなかなか信じてもらえないですね」

日米安保条約も絶対ではない

――これから日米同盟をどうしていくかという点ですが、今の流れというのは先ほども言ったように、とにかくアメリカの描く構図に従いましょうということですね。

それに対して、加藤さんが目指すところは、完全な対米同調のイギリス型ではなくて、アメリカの友好国でありながら場合によってはモノ申すというドイツやフランス型の立場ということだと思うのですが 実際に日本がそちらに舵を切ることは現実に可能だと思いますか?

「でも、それを目指さないとプライドのない国作りになると思いますよ。自国の防衛を全部お願いしているから、アメリカに対しては一切モノを言わない国でいいということでは」

――そこから脱却するためにはどうすべきですか?

「ひとつには、先ほども言ったように、やはり安保条約を改訂して双務性のものにするということです。つまり、ただ日本はアメリカに一方的に守ってもらうのではなく、相互に集団的自衛権を行使する関係になるわけですね。これで少なくとも形式上は対等な関係になります。

ですが、長期的な視野に立つと、そもそも2国間の安全保障条約そのものが難しくなっていくと私はみています。日本でも今はまだ憲法の枷があるから、自衛隊がアメリカ支援のために海外の戦場に派遣されても、どうにか比較的安全な場所で比較的安全な任務に就き、なんとか犠牲も出さずに来ていますが、双務的安保条約ということで自衛隊員が遠いイラクやアフガンでアメリカのために血を流す状況になれば、それを政府が国民に納得させることは難しいと思うんですね。

同じように、アメリカの若者が日本の有事のためにどうして血を流さなければならないのかということを、たとえばアメリカの下院議員あたりが自分の選挙区のタウンミーティングで住民に説明したとしても、おそらく納得してもらうことはできないでしょう。つまり、2国間安保条約というのは今の時代においてはそもそも難しいものなのです」

――日米安保の見直しとなれば、自主防衛という議論も出てくることになります。

「それをいちばん警戒しているのはアメリカでしょうね。当然、中国も韓国も警戒します。そんな誰からも歓迎されない自主防衛路線はとるべきではないと私は考えます。

そのためにも、北東アジア安全保障の話し合いの場というのは非常に重要で、そこにアメリカが入ってもいいと私は思うのです。それは中国は嫌がるでしょうけれども、それでも東アジアの安全保障を考えるときには、日米中の3カ国がちゃんと絡んでないと、私はうまくいかないと思います」

――日米同盟論の主張の核心というのは、『しょせん共産党独裁の中国など信用できない。となれば、やっぱり日米同盟だ!』ということですね。中国を話し合いのパートナーとして認めるというのは、やはり中国をどれだけ『ムチャをする国じゃない』と認識するかということになると思うのですが。

「そこにかかってますね。私は、今の中国政府は十分、話が通じる相手だろうと思っています」

――台湾を恫喝する国家分裂法制定などのニュースを聞くと、やはり中国って怖い国だなということになりませんか? それに話し合いしようとしても、気がついたら東シナ海の海底天然ガスは強引に持っていかれる、日本領海内に潜水艦を侵入させるといったことでは、なかなか難しいのかなという気もしますが。

「私はですね、日本にとっての中国の怖さより、中国にとっての日本の怖さのほうがはるかに大きいのではないかと思っているのです」

――日本が怖いというのは、どのあたりがですか?

「実力があるということですよ。最近はちょっと力が落ちてきたけれども、それでもこれだけ経済を成長させてきたし、国民は優秀ですしね。向こうは人口13億でもGNPはまだ日本の4分の1しかありません。核兵器だって持とうと思えばいつでも持てる技術力が日本にはある。たしかに今の日本は防衛力を制限しているけれども、日本という国はやる気になったらあっという間にものすごい軍事力を構築できるだろうと思っているわけですよ、中国は」

――日本が中国や北朝鮮を怖がってアメリカにすがりついている構図というのは、日本自身が自分たちを過小評価しているということですか?

「そう思います」

――もっと大国の自覚を持って中国と向き合えば、安全保障上もそれほど問題が起こるとは考えづらいということですか?

「日本外交の最大の問題は、自分たちの持っている力を過小評価し、相手を過大評価することです。そして過小評価の結果、自分たちがアジア外交を動かすという自信がなさすぎることです。

たとえば金正日なんていうのは、自分がサダム・フセインみたいな末路になってしまうんじゃないかと戦々恐々としているんだと思いますよ。それを糊塗するために弱者の脅迫をやっているわけです。それに日本はまんまと乗せられているのです」

米国のホンネは日本の安保理常任理事国入りに反対

――日本が大国の自覚を持てということに関連し、国連安保理常任理事国入り問題についてお聞きします。常任理事国入りには賛成ですか?

「それは入ったほうがいいと思います」

――それはどれほど重要なことなんですか?

「やはりこれから国連がかなり重要な役割を担っていくことになると思います。アメリカはそれに抵抗していますが、そのアメリカにしても、イラク戦争では最終的に国連決議を名目に使わなければならなかったですね。

国連には強制力はないですが、これからの価値の多元化した国際政治のなかで、やはり唯一の権威ある組織となるべきなんです。そのなかで重要な地位を求めることは、日本が国際社会で正当な発言力を保持するためにも有効なことです」

――仮に日本が常任理事国入りしたとして、それは単にアメリカ票が1票増えるだけのことを意味するのか、それとも日本は独自の外交戦略でその票を生かせるようになるのか、という点はどうみていますか? 日本がこれまで通りの対米追随でいくなら、単にアメリカ票が増えるだけのことですよね。これまではイギリスが対米完全同調でしたから、安保理でアメリカは実質的に2票を持っていた。それが3票になるというだけのことにはならないですか?

「そうはならないと思います。そうならないということをアメリカも知っているから、アメリカもなんだかんだと言いながら、ホンネでは日本の常任理事国入りに反対してるんですね。信じてないわけですよ。ある国が常にある国と同じ判断をするなんてあり得ないです」

――でも、日本は実際にこれまではそうでしたし、イギリスもそうです。

「イギリスのケースでいえば、ブレア首相はそれで傷つきましたから、もうそういうわけにはいかなくなってくると思います」

――アメリカは常任理事国拡大に基本的に賛成していませんが、『日本だけならまあいいや』というようなことを言ってますが。

「私はまったく信じていませんね」

(了)

軍事ジャーナリスト

1963年、福島県いわき市生まれ。横浜市立大学卒業後、(株)講談社入社。週刊誌編集者を経て退職。フォトジャーナリスト(紛争地域専門)、月刊『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て軍事ジャーナリスト。ニューヨーク、モスクワ、カイロを拠点に海外取材多数。専門分野はインテリジェンス、テロ、国際紛争、日本の安全保障、北朝鮮情勢、中東情勢、サイバー戦、旧軍特務機関など。著書多数。

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