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フィンランドに「世界最大のログハウス学校」が生まれた理由

靴家さちこフィンランド在住ライター・ジャーナリスト
天に届きそう Arkkitehtitoimisto Lukkaroinen Oy
9700平方mもあるヒルシカンプス(プダスヤルヴィ町/Juha Nyman)
9700平方mもあるヒルシカンプス(プダスヤルヴィ町/Juha Nyman)

住んでみること12年。フィンランドという国はつくづく自己分析が上手い国だと感心する。550万人と小人口なのでコンセンサスが取りやすいのかもしれないし、来年で独立100周年を迎える若い国だから思い切った意見が出しやすいのかもしれない。フィンランド人が誇りに思う国の特性として挙げられるのは、1)美しい自然、2)教育も含む充実した社会保障と、3)優れたデザインや建築などで。その一方で、フィンランド人は自分たちの苦手分野やダメな事象からも目をそらすことはない。この秋、北部オウルからフィンランド全土をわかせた新しい朗報とは、フィンランド全土が共有する一つの大きな悩みが土台にあった。

生徒も先生も楽しみにしていた開校の日(プダスヤルヴィ町/Juha Nyman)
生徒も先生も楽しみにしていた開校の日(プダスヤルヴィ町/Juha Nyman)

室内空気が汚い古い校舎

あまりよく知られていないフィンランドの弱点を教えよう。その名も、「学校施設の室内空気環境」である。フィンランド自治体組合によると、室内空気が悪く、修復工事が必要な学校はフィンランド全土で1000校以上もあり、教員労働組合によれば2000以上もの保育園や学校で早急な対応が必要だといわれている。教育施設のみならず、全般的に老朽化した建物の利用者は全国で60~80万人にも及び、毎日湿気やカビにさらされているといわれている

この問題は1960~70年代に建てられた古い建物に、1990年代に交換した新しい空調設備が合わなかったことが原因とされている。この設備に変えてから、建物の中に湿気や雑菌がこもるようになり、同じく当時の建築基準に合わせて付け替えられた新しい窓が校舎を瓶詰め状態にし、ビニールのカーペットの下の接着剤も人体に様々な症状をもたらした。音楽の先生は喉を痛めて声をからし、生徒たちも耳の感染症や頭痛を訴えるようになった。

この問題に対処するために、フィンランドの小、中学校では朝は始業時間になるまで生徒は校舎の中に入れない。休み時間も生徒は校舎の外で過ごすよう促される。-10℃を超える朝でも校庭で始業を待つ生徒、休み時間に手袋帽子で防寒して外に出る生徒の姿はフィンランドでは珍しくはない。(我が息子たちの校舎も、劣悪な室内空気環境を改善するため、現在修復工事中だ。長男は工事が終わった教室に、次男は臨時で建てられたプレハブ校舎に通っている)

きれいな空気の校舎で食べる美味しい給食(プダスヤルヴィ町/Juha Nyman)
きれいな空気の校舎で食べる美味しい給食(プダスヤルヴィ町/Juha Nyman)

解決策は「温故知新」

そこでこの問題に真っ向から立ち向かったのが、北部オウル市のプダスヤルヴィ町である。同町の古い学校施設では、生徒も先生も悪質な室内空気環境に苦しめられてきたため、2009年から2012年にかけて公共施設の室内空気調査を実施した。 その結果、劣悪な室内空気環境が原因で、町内の高校と2か所の義務教育施設の校舎と保育園などが閉鎖されることになった。

と同時にプダスヤルヴィ町は、町内で最も古い学校の開校140周年をお祝いしたばかりでもあった。そのイベントで、町最古のログハウスの校舎はまさに「フィンランド古来の建築の伝統と素材の優れた機能と耐久性と、最高の室内空気環境を実現している」と、多くの来場者に見直された。フィンランドには木造建築の長い歴史と伝統があり、素材も国産でまかなえる。素材となる国産木材の採用は、国家経済にとっても望ましいことである。

既に新しい施設の建設も始まっていたが、同町は一転して、新しい学校施設は小、中、高校をまとめて「世界最大のログハウス校舎」にすることを決定した。新しいログハウス校舎のヘッドデザイナーには、SAFA建築士であるペッカ・ルッカロイネンが起用され、2014年5月から着工。8月には800人もの生徒が収容できる「ヒルシカンプス教育施設」が開校した。

姿勢正しく座れるILOAチェアも採用(プダスヤルヴィ町/Juha Nyman)
姿勢正しく座れるILOAチェアも採用(プダスヤルヴィ町/Juha Nyman)

ログハウスという古くて新しい伝統

ログハウスでは壁の材木が湿気を吸い、室内空気が乾燥するとその湿気を室内に戻すので、空気が快適に保たれ、素材もエコロジカルで、防音効果にも優れている。建設費は一般のコンクリートや木造の建物より若干高くつくが、ログハウスはライフスパンが長く、将来の修理作業は少ない。ちなみに、この9700平方メートルもある「ヒルシカンプス教育施設」の校舎の利用可能年数はおよそ150年と推定されている。

プダスヤルヴィ町では2013年にも既に「世界最大のログハウス保育園」も開園しているのだが、同町では、今回の「世界最大のログハウス校舎」が、建物の悪質な室内空気環境を過去の歴史に変えることができると確信している。同町では、将来同じ過ちを繰り返さないためにも、「公共施設を建設の際には、原則ログハウスを起用する」という決定を下した。同町では高齢者用の住居型サービス施設としてログマンションの建設も始まっており、完成の暁には54人の利用者が収容できる見込みだ。

プダスヤルヴィ町のログハウスプロジェクトは、建築段階から非常に多くの注目を集め、ヒルシカンプスが開校した今では数多くの自治体から視察の要請を受けている。これに触発されて、現在、近隣の他の自治体でも、ログハウス校舎が建設もしくは建設が予定されている。このように自治体同士が助け合い、全国規模の弱点の克服に向かうというのも、小さな国ならではの特性だろうか。新しくて懐かしい、空気の美しいログハウスの学校が、フィンランド各所で見られるようになる日も、そう遠くはない気がする。

フィンランドの未来を創るログハウス校舎(プダスヤルヴィ町/Juha Nyman)
フィンランドの未来を創るログハウス校舎(プダスヤルヴィ町/Juha Nyman)
フィンランド在住ライター・ジャーナリスト

1974年生まれ。5~7歳までをタイのバンコクに暮らし、高校時代にアメリカ・ノースダコタ州へ留学。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、NOKIA JAPANを経て、2004年よりフィンランドへ。以降、社会福祉、育児、教育、デザインを中心に、フィンランドのライフスタイル全般に関して、取材、執筆活動中。「ニューズウィーク日本版」などの雑誌の他、「ハフィントンポスト日本版」などのWEBサイトにも多数寄稿。 共著に『ニッポンの評判』『お手本の国のウソ』(新潮社)と『住んでみてわかった本当のフィンランド』(グラフ社)などがある。

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