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萩本欽一の「タモリ嫌い」発言を検証する

ラリー遠田作家・お笑い評論家

2月14日、『笑っていいとも!』(フジテレビ)の「テレフォンショッキング」にゲスト出演したのは、「欽ちゃん」こと萩本欽一さんでした。欽ちゃんがこの番組に出るのは初めてのこと。萩本欽一とタモリ、めったに共演しないお笑い界の大物同士が2人きりで語り合う歴史的な対談となりました。

いろいろと興味深い話は尽きなかったのですが、のちにネットニュースにも取り上げられたのが、欽ちゃんの「タモリ嫌い」発言。欽ちゃんがタモリを「嫌い」だと言った、という表面的な事実だけを見ると何やらぶっそうな感じがしますが、実際に番組を見た限りではちっともそんな雰囲気はありませんでした。そこで語られていたのはこんな思い出話です。

30年以上前、欽ちゃんとタモリさんは近所に住んでいました。あるとき、欽ちゃんが自宅で大勢の若手放送作家たちと打ち合わせをしていると、突然、タモリさんが訪ねてきたそうです。家に上がりこんだ彼は、そこで急に芸を披露し始めたのです。若い作家たちと欽ちゃんは、次々に繰り出されるタモリさんの珠玉のネタとギャグの数々に爆笑、また爆笑。あっという間に時間が過ぎていきました。

タモリさんが立ち去った後も、作家たちは口々に「タモリさんはすごいね」と大合唱。欽ちゃんは、自分がかわいがっていた作家たちがタモリさんばかりを褒めたたえるのを聞いて、いてもたってもいられなくなりました。ここまで話したところで例の発言が飛び出したのです。

「俺、あれからタモリが嫌いになったんだ」

もちろん、これはタモリ批判ではないでしょう。むしろ、ユーモアを交えた表現で、芸人としてのタモリさんの腕を絶賛しているのです。

「タモリ嫌い」が欽ちゃんの本意ではない、という証拠がもうひとつあります。欽ちゃんはこの場面で、よく聞くと正確にはこう言っているのです。

「俺、あれからタモリがす……嫌いになったんだ」

そう、実は欽ちゃんは「嫌い」の前に「好き」と言おうとしているのです。「す」まで言いかけたところで、あわてて言葉を換えて「嫌い」を選んだだけ。

つまり、欽ちゃんはこの出来事をきっかけにタモリさんのことが好きになったのです。でも、ここで素直に「好きになった」と言うのは当たり前すぎるから、冗談にするつもりで「嫌いになった」とすねてみせただけなのです。

1月29日に出版された萩本欽一さんと作家の小林信彦さんの対談本『小林信彦 萩本欽一 ふたりの笑(ショウ)タイム』(集英社)の中でも、このときのことが語られています。

萩本 (……)「ちょっとお邪魔します」なんてかしこまって入ってくるんじゃなく、冗談ぽくスルッと入ってきて、作家集団を3時間以上笑わせっぱなし。もうシャレとしては最高! ぼくもパジャマ党のみんなも、いっぺんにタモリさんのこと大好きになっちゃった。感覚的にすごく優れてますね。

(小林信彦・萩本欽一著『小林信彦 萩本欽一 ふたりの笑(ショウ)タイム』集英社)

ここまで言っている欽ちゃんが、タモリさんを嫌いだったはずはありません。欽ちゃんはタモリさんを認めていた。だからこそ、「す……」という1文字が思わず発せられたのでしょう。

深読みするならば、ここでストレートに「好きになった」と言うことで、自分がいい人だと思われるのを避けたかったのかもしれません。また、「嫌い」のほうが言葉として強いので、スポーツ新聞やネットニュースの見出しになる可能性は高いということもあります。

とっさの判断できちんとその言葉を選んでいるあたりに、かつて笑いで天下を取った男の底力を感じます。やはり「視聴率100%男」の異名は伊達ではありません。欽ちゃんをうならせたタモリさんの器用さと、それを素直に認める欽ちゃんの器の大きさ。お笑い界の大御所2人の歴史的対談は、それぞれの才能の片鱗を見せつける結果となりました。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行っている。主な著書に『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『この芸人を見よ! 1・2』(サイゾー)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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