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なぜ後藤ではなく岩尾が「M-1グランプリ」の審査員に選ばれたのか?

ラリー遠田作家・お笑い評論家
「M-1グランプリ2015」決勝戦に挑む芸人たち

漫才の祭典「M-1グランプリ2015」の決勝戦が間近に迫っています。「M-1グランプリ」の名物のひとつに、超豪華な審査員の顔ぶれが挙げられます。2001年から2010年にかけて行われていた過去の大会では、「島田紳助」「松本人志」をはじめ、名実ともにお笑い界のトップに君臨するカリスマ芸人が名を連ねていました。彼らの前で自分たちの漫才を披露して、実力を認められたい、という思いで若手芸人たちは「M-1」に挑んできました。

そして、5年ぶりに復活した今年の「M-1」では、審査員は誰になるのか、ということが注目されていました。かつて大会委員長だった紳助さんはすでに芸能界を引退していますし、松本さんは10月に行われた「キングオブコント2015」で審査員を務めたということもあり、「M-1」にも出てくる可能性は低いのではないか、という説もありました。

そして12月4日、今回の審査員が発表されました。そのメンバーはなんと、過去のM-1チャンピオン9人でした。

中川家・礼二

ますだおかだ・増田英彦

フットボールアワー・岩尾望

ブラックマヨネーズ・吉田敬

チュートリアル・徳井義実

サンドウィッチマン・富澤たけし

NON STYLE・石田明

パンクブーブー・佐藤哲夫

笑い飯・哲夫

5年前と比べると顔ぶれががらっと入れ替わったことになります。なぜこの9人が審査員なのか。それについて、M-1グランプリ事務局から出されたプレスリリースではこのように説明されています。

今も現役漫才師として舞台に立ち、M-1で勝つことの厳しさを知り尽くし、今年出場する9組のファイナリストたちに「この人達に審査してもらいたい」と心から思ってもらえる、漫才界の偉大なレジェンドであるから

出典:M-1グランプリ事務局

つまり、優勝した芸人たちは漫才師として一流であり、審査するのにふさわしい存在だから、ということになります。なるほど、それは確かにそうでしょう。

ただ、10組20人いるチャンピオンの中から、この9人が選ばれたのはどうしてだろう、と疑問に思う人もいるかもしれません。例えば、コンビの片方が選ばれている場合、必ずしも世間で目立っている方や有名な方が選ばれているわけではありません。この選考にはどういう意味があるのでしょうか。

ネタを作る人が審査員に

おそらく、審査される側の芸人の立場に立って、ネタ作りを主に担当している人を選んだから、というのが私の推測です。

漫才のネタの作り方は芸人によって違います。1人で台本を書く人もいれば、2人でアイデアを出し合う人もいるし、1人が作ったものにもう1人が肉付けしていく、という人もいます。ただ、コンビならばどちらか片方が主導してネタ作りを進めている、ということが多いようです。

コンビをボケ担当とツッコミ担当に分けると、ボケを担当する人がネタ作りの中核を担っているケースがほとんどです。いわゆるボケというものは、人を笑わせるための重要なポイントになるため、ボケを発する人のセンスに全面的に委ねられていることが多いのです。一方、ツッコミは「ボケに対する反応」という二次的なものであるため、センスよりも技術が問われる部分があります。だからこそ、ネタを作る段階では、ツッコミよりもボケが主導権を握っていることが多いのです。

今回の顔ぶれを見ると、そのほとんどがコンビの中で頭脳としての役割を持っている人ばかりです。だからこそ、審査される側の芸人としても、この人たちに認められたい、と素直に思えるのではないでしょうか。フットボールアワーから後藤輝基さんではなく岩尾望さんが選ばれたのにはそういった理由があるのです。

●新しい審査員が「M-1」の空気を変える

また、審査員が変わることで、「M-1」の空気も一変するはずです。これまでは、紳助さん、松本さん以外にも「オール巨人」「中田カウス」「立川談志」など、お笑い界の絶対的な権威と呼ばれているような人ばかりが審査員を務めていたことで、すさまじい緊張感が漂っていました。その張り詰めた空気を打ち破るくらい圧倒的に面白い漫才だけが「M-1」では評価されていたのです。

今回は、そういう感じにはならない可能性が高いでしょう。審査員の9人は漫才師であると同時に、テレビタレントとしても活躍している人ばかりなので、出演者や視聴者や観客に過度の緊張を強いることもありません。司会を務める今田耕司さんも、これまでは自分よりはるかにキャリアが上の審査員たちに気を使っているようなところもありましたが、今回はその必要もないので、のびのびした司会ぶりが期待できます。

「M-1グランプリ2015」決勝戦は、12月6日(日)18:30から、テレビ朝日・朝日放送系全国ネットで放送されます。審査員が変わり、生まれ変わった「M-1」の新たな王者となるのはいったい誰なのでしょうか。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行っている。主な著書に『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『この芸人を見よ! 1・2』(サイゾー)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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